「手を? どんな?」

「大したことじゃない。明日になって、何日か、この祠に留まらせて貰おう、と僕が言い出したら、賛成してくれるだけでいい」

「……ああ、貴方の意見に味方をして、アーサーを言い包めればいいのね? 判ったわ。けれど……、アレン、貴方、何をする気なの?」

「それこそ、大したことじゃないから心配しないで。君も一緒に、ハーゴンの神殿に乗り込む為の英気を養う、くらいのつもりで、のんびりしてくれたら有り難いかな」

「…………無茶なことは絶対にしないと、約束してくれるなら、いいわ」

アレンの頼みは、彼の言葉通り些細ではあったので、その程度のことなら、と引き受けつつも、祠に留まり何をするつもりなのかは打ち明けなかった彼に不安を覚えたローザは、縋るように約束を迫った。

「大丈夫。無茶はしない。君やアーサーに心配を掛けるような真似もしない」

「……本当?」

約束は簡単に交わされ、アレンは笑みながら頷いてみせたけれども、ローザは、何処か疑っている風に。

「本当。嘘じゃないから」

「…………私、貴方のことを、ずっと、嘘や誤魔化しの下手な人だと思っていたけれど。最近になって、貴方はもしかしたら、案外嘘が上手いのかも知れないって思い直したの。アーサーが、『特別』以外を二の次にしがちなのと同じで、貴方も、特別な者や大切な者の為なら、平気で嘘を吐くし、自分がどうなろうと厭わない人だ、って」

「ローザ。それは酷いな。だから、今の約束も嘘かもって? ……うん、まあ、自分にだけは酷く無頓着だったり、自分を軽んじたりすることがあるのは否定出来ないかも知れないし、君達にも能く言われることだけれど。本当に、心配は掛けない。…………君が、僕を庇ってザラキを浴びて倒れた時、色々、思い知ったから」

だけれども、アレンは笑みを深めつつ言った。そっと、ローザの手を取りながら。

「アレン……。…………御免なさい、私、あの──

──ローザ。誤解しないでくれ。責めてるんじゃない。……あの時。君が目を開いてくれた後、もう二度と、こんな想いはしたくないと思った。だから、心配を掛けるような無茶なんかしない。君にもアーサーにも、あんな想いはして欲しくない。…………それこそ、いざとなれば僕は、この先も、もっと自分を大事にしろと、君達に叱られるようなことばかりしてしまうかも知れないけれど。僕は唯。守りたいだけなんだ。君を守りたくて、アーサーも守りたくて、だけど、あんな想いはさせないから。……信じて」

「………………判ったわ。信じるし、信じてるわ。でも、私だって、私の大切な者を守りたいと、もう二度と誰も失いたくないと、そう思っていることだけは、忘れないで」

己が手を取った彼の手を、ローザは握り返した。

「……うん」

「約束よ? お願いよ? 決して、忘れたりしないで」

そのまま、互い口を閉ざした二人は、手と手を繋ぎ合ったまま、長らく見詰め合い、

「…………ご、御免。こんな寒い所に何時までもっ」

「えっ? わ、私こそ御免なさい、こんな所で何時までもっ」

強くなり始めたらしい風が祭壇の間の窓を揺らした音を切っ掛けに、揃って気恥ずかしさを覚えたらしい二人は、わたわたと慌てふためき何故か詫び合い始め、かと思いきや、今度は、どうしたらいいのか判らなくなってしまった風に、揃って口籠り。

「あ、あの、その、ええとね、アレン。あの……」

結び合った手だけは離さず、長らくの沈黙を続けたのち、つっかえつっかえ、ローザがアレンを呼んだ。

「ん? 何?」

「……その…………。……ご、御免なさい。何でもないのっ。……そろそろ、寝ましょう? ねっ?」

けれども彼女は直ぐさま俯き、ごにょごにょと言い訳を告げてから、自分達も休もう、とだけ言って立ち上がって、

「え? あ、ああ。うん。そうしようか」

変なローザ、と思いながらも、繋いでいた手と手がするりと離れてしまったことだけを内心で惜しみつつ、アレンも腰を上げた。

────翌朝。

ローザにラリホーを掛けられたとは露知らず、「寝床に横になるや否や寝落ちてしまったけれど、お陰で良く眠れた」と朗らかに笑うアーサーを横目で盗み見たアレンは、三人で囲んだ朝食の席で、

「なあ、アーサー。ローザ。夕べ、一寸考えたんだが……、少しの間、この祠に厄介にならないか?」

と、しれっと言った。

「え? 何でです? 一日二日なら兎も角、何日もこちらに留まらせて頂く必要なんてあります?」

「あら、アーサーは反対? 私は賛成よ。この先は、こんな風にゆっくり出来る場所なんて皆無でしょうから、ここに御厄介になって、体調とか整えてからハーゴンの神殿に乗り込んだ方がいいと思うの。最後の機会ですもの」

唐突な彼の主張に、アーサーは、何で? ときょんとしたが、ローザは、昨夜打ち合わせた通り、少々だけ捲し立てる風にアレンの肩を持つ。

「あー、まあ、そういう考え方もあると思います、けど……?」

常よりも若干早口だった彼女を、アーサーは何処となく訝し気に見遣り、

「ローザの科白じゃないが、ここが最後の機会だから、少し、のんびりしたい気持ちが無いと言ったら嘘になるんだ。息抜きと言う訳じゃないけれど、今の内に、ロンダルキアの洞窟や雪原を抜けて来た疲れは完全に取ってしまいたいし、一寸試してみたいこともあるから」

そんな彼の意識を己へ向けさせるべく、アレンは、すっと僅かだけ眼差しを落とした。言うまでもなく、演技で。

「試してみたいことって、何です?」

「ロトの剣」

「…………あ、成程」

「正直、ロトの剣のことは、もう見切りを付けた方がいいと思い始めてる。だけど、今のままでは、どうしても納得いかないんだ。と言うか、かつては勇者ロトや曾お祖父様の所有だった伝説の剣だから、やはり、諦め切れない気持ちもあって。多少なりとも試してみれば、踏ん切れるかな、と」

「確かに、どう転んでもロトの剣はロトの剣ですもんねえ……。──判りました。じゃあ、ロトの剣絡みのアレンの踏ん切りが付くまで、この祠に逗留させて頂きましょう。僕も、本音では、多少はゆっくりしたいと思ってましたから」

「うん。足留めを喰らわせてしまって、すまないと思うけど」

更に、わざとらしくならぬよう、苦笑も拵えながらアレンがロトの剣を引き合いに出したら、気持ちは判ります、とアーサーは幾度か頷き、漸く、ロンダルキア北の祠にての『暫しの休息』に賛成した。

アレンとローザが秘かに結託しているとも、アレンの態度の全てが演技だとも、疑いもせず。

だから、その朝より、アレン曰くの『少しの間』、三人は、ロンダルキア北の祠に滞在させて貰うことになった。

どうにも、ロトの末裔である彼等を待ち構えていたとしか思えぬ、その正体は精霊なのだろう守人達が、暫しの間、この祠に……、との彼等の頼みを無碍にする筈など無く、守人の彼も尼僧も、好きなだけ居続けてくれて構わないと言ってくれたので、『暫しの休息』を取りたいと言い出したアレンの言葉を疑わなかったアーサーは、守人達の厚意に素直に甘え、暖かい客室でのんびり寛いだり、地下の一室に一人籠って、古代の謎技術に関する研究に没頭しながら謎な雄叫びを上げたり……として、アレンが某かを企んでいるのは知っているローザも、彼は何をするつもりなのだろう、と内心で訝しがりつつも、昼寝をしてみたり、菓子を拵えてみたりと、羽を伸ばした。

そして、アレンは。

アーサーに告げた言い訳通り、ロトの剣が使い物になってくれるよう試しがてら、祠の裏庭で『色々』してくると、軽い調子で二人に言い置いて『鍛錬』に出て行く、とのそれを、連日、繰り返した。