宿の少々薄い枕の下に、布で包み直したラーの鏡の破片を入れて、アレンはその夜の眠りに挑んだ。

『お約束』通り、三人揃って眠るべく、瞬く間に作り上げられるようになった『即席巨大寝台』の真ん中に横たわった彼は、左右の二人に枕を提供してから、そっと瞼を閉ざす。

窓辺も隙なく布で覆われ、燭台の火も落とされた暗い部屋は、やはり疲れていた体に、あっと言う間に眠りを齎し。

────夢を見た。

けれど、何時もの夢とは少しばかり違った。

それまでは、声はすれども、と言う奴で、景色すら碌に無かったのに、靄らしき白い物が掛かった『場所』が見えた。

『誰か達』──二人の先祖の声は聞こえず、これは、あの夢ではないのか? と訝しんでいたら、靄の向こうに人影が浮かんだ。

人影は、思った通り二つあって、一つは、ツンと逆立つ黒髪に碧色の石が飾られた冠を被った、光の加減によって青にも紫にも見える色のマントと、こちらははっきりとした青色の旅人の服を身に着けた、自身と余り変わらぬ年頃の少年の姿を取り、もう一つは、一目でラダトーム王国兵のそれと判る黒っぽい色した鎧兜と、赤っぽい色のマントに身を包んだ、己よりは少々年上らしい青年の姿を取った。

……そんな二人に目を釘付けにされ、ああ、伝承通りの、アリアハンやラダトームを旅立たれた際の、ロト様と曾お祖父様だ……と、唯々、感じ入ったのに。

揃ってくるりと振り返り、近付いて来た先祖達──伝説の二人の勇者は、何時しか己と彼等の間に浮かんでいたロトの剣相手に、呆気に取られたまでの勢いで、謝り倒し始めた。

彼等が何を言っているのかは全く聞こえなかったけれども、拗ねてしまった恋人の機嫌を取る如く、御免なさい、と頭を下げ続けているらしいのは雰囲気で悟れて。

胸の片隅で、不変だと信じていた何かがガラガラと音を立てて崩れていっている気がする……、と項垂れ掛ければ、にゅう……と、眼前に先祖達が迫って来た。

故に、思わず仰け反れば、アレクだろう彼も、アレフだろう彼も、何やら訴えている風にパクパクと忙しなく口を動かしたが、どうしても声は聞こえず。

ちょっぴり申し訳なさそうな顔になったアレクとアレフに、微笑みを返して首を横に振った処で。

────そこで、アレンの目は覚めた。

「あ"ーーー……………………」

目覚めて直ぐ、彼は、妙な声を出しながら、理想が粉々に打ち砕かれたような……、と落ち込む。

「…………おはようございます、アレン……」

「……おはよう、アレン。アーサー…………」

彼の唸り声は決して大きくなかったが、アーサーとローザも相次いで目覚め、

「おはよう、二人共。……御免、起こしてしまったかな」

「いいえ。アレンの所為じゃないですよ。僕も、丁度今、目が覚めたんです。…………それよりも、アレン? 今まで、ずっと、あんな夢を見てたんですか……?」

「私も、目が覚めた処だったの。────……伝説の勇者、なのよね。大魔王ゾーマや竜王を討ち取った、ロト様と曾お祖父様なのよね……。私、悪夢を見た訳じゃないわよね…………」

彼等の眠りの邪魔をしてしまったかと詫びたアレンに、アーサーもローザも、げっそりした顔で訴えてきた。

「…………もしかして、二人も、あの夢を見たのか? ロト様と曾お祖父様が出て来た……」

「ええ……。お二人が、ロトの剣相手に、バッタみたいに頭を下げてた夢ですよね…………」

「私も見たわ……。見られなかった方が、いっそ幸せだった気がしてならないけれど……」

「ちょっぴりだけ、僕もアレンが見るのと同じ夢を見てみたい、と思ったこともあったんですけどねぇぇぇ」

「そうよね……。夢の中でとは言え、お二人にお目に掛かってみたいと思ったことは、私にもあったのだけれど……。…………夕べの私は、どうして、試してみましょう、なんて言ってしまったのかしら……」

だから、全員、同一の夢を見たのだと知った彼等は、何処より朝の光が忍び込んで来ている、薄闇になった部屋の寝台の上で見詰め合い、肩を落とす。

「……ロト様と曾お祖父様だから、肩を持つ訳じゃないけれど。夕べの夢こそ『ああ』だったが、何時もはもっと、うん、尊敬に値する雰囲気だった、と言うか、だったのに、と言うか、えーと……」

「大丈夫です。アレンの言いたいことも、気持ちも判ります。…………多分」

「ま、まあ、何がどうあろうと、ロト様はロト様で、曾お祖父様は曾お祖父様よね。──ねえ。お二人の様子は兎も角、あの夢には、何の意味があったのかしら?」

何て言うか、もう……、とブツブツ零し、自分達はルビスを恨むべきか、ラーの鏡を恨むべきか、やっぱり先祖達を恨むべきか、と嘆きもしてから、何とか気を取り直し、三人は、見た、若しくは見させられた夢の意味を考え始めた。

「意味……ですか…………」

「……考えたくない」

「駄目よ、二人共。そんなこと言わないで頂戴。私まで挫けてしまうわ」

「だって……、なあ?」

「ええ。洒落でも冗談でもなく、お二人に置き去りにされた所為で、ロトの剣が拗ねてしまっているかも知れない、だなんて」

「その所為で僕達が困っているから、何とかしようと試みて下さった結果があれだった、とは思いたくない。夢は何処までも夢だと、今だけは思っていたい」

「……アレンもアーサーも、判ってはいるのね。でも、判りたくないのね。私もそうだけれど、大事なことでもあるのだから、お願い、めげないで。────ロトの剣は、機嫌を直してくれたと思う?」

「さあ…………。試してみないことには何とも言えないが、ここから見た限りでは変わった様子はないし、夢の終わりの方で、ロト様も曾お祖父様も、御免、みたいな顔をしていたから、駄目だったのかも知れない」

が、少し夢を振り返っただけで、「そういうことなんだろうなあ……」との当たりは付いてしまって、再び、彼等は落ち込みそうになったけれど。

「仕方無い…………。────アーサー。サマルトリアも、ルーラの契約印を置いてあるよな?」

「ええ、ありますよ。でも、サマルトリアに何の用です?」

「この件だけで、何時までも足を止めていられないから、あの破片を手鏡に仕立て直して貰いたいんだ。破片のままでは何かの拍子に痛めてしまうかも知れないけれど、きちんとしておけば、何がどうなっているか判らないロンダルキアにも持ち込めるだろう? 持って歩いていれば、その内に色々判ってくるかも知れない」

「あ、成程。……そうですねえ。今は、それしか方法が無さそうですから……サマルトリアに行きましょうか。急がば回れとも言いますし」

「うん。元々、落ち着いたら、君にその手の職人を紹介して貰おうと思ってたんだ。サマルトリアには、細工仕事が得意な職人が多いと聞いていたから」

「はい。その辺は、僕の国の自慢の一つですねー。とても腕のいい職人が数人、城に出入りしてますから、彼等に託せば、上手くやってくれると思います」

出来ることからコツコツと、とアレンは自身に言い聞かせ、サマルトリアに行ってみようと決める。

「サマルトリアは、ロトの盾を取りに行って以来ね。今頃は、かなり寒いの?」

「それ程でもない、と僕は思いますけど、ローレシアの王都やムーンブルクに比べれば寒いでしょうから、暖かくして行って下さい。あ、でも、雪深くはならないですよ」

「冬のサマルトリアは初めてだな。……少し、楽しみかも」

──そうして、もそもそと寝台から這い出た彼等は、毎朝の日課その他の為の支度を始めた。