「…………本当に、腹立たしい奴だな……」

「アレン。竜ちゃんをぶん殴るのは最後にしましょう。話は、未だ途中ですから。──何で、勇者ロトが、そんな物をこの城に?」

甚く子供染みた、それでいて、明らかにこちらを馬鹿にしている竜王の曾孫の態度に、ギリッとアレンは握り拳を固めたが、まあまあ、とアーサーは彼を宥めつつ言って、

「知れたこと。ロトの洞窟に、魔の島へ渡る術を書き残したことからも判るじゃろうが、アレクは、再び闇から現れるかも知れぬ何者かも、ゾーマに倣い、ここを根城とするだろうと見立てた。ならば、『勇者の運命』を背負った己が子孫も、この城を訪れるだろうと考えた故にじゃな。アレクにしてみれば、この城こそが、どうしても子孫に伝えたいと思ったことを隠しておくに、最も相応しい場所だったのじゃろ」

その理由は単純明快、と『竜ちゃん』はケロリと答えた。

「子孫へ宛てた物を隠す先は、ロトの洞窟でも構わなかった筈ですし、何処かに隠したりせずに、自身の子に託した方が、遥かに簡単で確実だった筈ですよね」

「ロトの洞窟なんぞに隠しておいたら、子孫以外の誰かの目にも触れてしまうかもじゃろが。──其方達がアレクだったら、何処に隠す? 決して人共の目には触れぬように、されど、『勇者の運命』を背負った子孫にだけは見付けられるように、何かを隠すとしたら。子から子へ、も同様じゃな。アレクは、『勇者の運命』を背負う者以外には、それを伝えたくなかったのだから」

「…………じゃあ、そこは兎も角として。彼が、神に対して、そこまでの不審を抱いた理由は何ですか?」

あっさりとした答えが返された後も、アーサーは暫し粘ったが、反論の余地は少なく、彼は問いを変える。

「その切っ掛けとなった、アレクが見掛けた一匹の魔物は、魔術を使役する魔物じゃった。……それとて、取り立てて珍しい話ではない。そのようなモノは、今の世にも幾らでも転がっとる。アレクとて、始めは唯何となく、見掛けた魔物を眺めていただけだったそうな。しかし、その在り来たりの光景に、アレクは唐突に違和感を覚えた。何故、魔物が魔術を操れるのだろうか、と。まるで、天啓の如く。然もなければ、『悪魔の囁き』の如く」

「…………? それは、どういう意味です?」

「魔術を操る為に、必要とされるモノは二つ。一つは、生まれ持った力。魔力を持って生まれなければ、何者だろうと魔術には関われぬ。そして、もう一つは精霊の加護。精霊達の加護を受け、契約を交わし、初めて魔術の使役が叶う」

「……そうね。貴方に、改めて言われるまでもないわ。それが、どうしたと言うの?」

「アーサー。そして、ローザ。自ら魔術を使役する、其方達二人に問おうか。『魔術は、精霊達の加護を受け、契約を交わし、初めて使役出来るモノ』であるにも拘らず。何故、魔物達にもそれが叶うのか、とな」

「…………あ」

「……え…………」

アーサーの二つ目の問いに返された竜王の曾孫よりの答えは、次いで問い掛けられたことは、彼とローザの声を詰まらせた。

「それまで、アレクを含めた人共の全てが、魔物が操る魔術や魔力は、精霊達でなく、闇の力を源としていると考えていた。今尚、人共はそう考えておるのだろう。だが。アレクが、闇の力の源であるゾーマ──魔物達の『魔』の源でもある筈のそれを討ち倒して後も、魔物達は当然のように魔術を操った。……それは何故かの答えは、一つしかない。魔物は、闇から生まれ出たのではなく、この世の全てを遍く司りし神より生まれ出たモノだ、との答えしか。精霊達とて神に仕えしモノ、神が創りしモノ以外に加護など授けぬ。…………その手記に綴られた、その後のアレクの煩悶を、今ここで全て語るのは余りにも時を要するが故、勇者ロトと呼ばれた彼の者が、最後に辿り着いた答えのみを言うならば。────何も彼も。そう、全て。魔物も、ゾーマも、闇そのものも、全て。生み出し、この世に齎したのは、神自身に他ならぬ。……そんな答えだった。故に、アレクは神に不審を抱いた。神が果たして何を望んでいるのか、そのようなことには思い至れなかったが、奴は、神を疑い始めた」

「…………待ってくれ。理解が追い付かない……」

「断る。覚悟を以て全てを識る、そう申したのは其方達だ。────だが、アレクは終わりの見えない旅を続けた。さりながら、その後のアレクの旅は、己が末達の為に出来得る限り伝えようとした品々を、隠し直す旅へと変わった。一度は諦めと共に受け入れた、『己が血』が背負う運命さだめに抗おうとアレクは決めた。己が血を受け継ぐ者達を、『勇者の運命』から救ってみせる、と。自身の想いの全てを綴り、この城に隠しもした。足掻き足りず、子孫達を救い出せなかった際に備えて。…………それより、時過ぎること数百年。ゾーマの『有り得ぬ予言』通り、神によって異世界より齎された『竜王』が現れた。そして、古き言い伝えの通り、ロトの血を引く勇者が現れた。……結局。勇者ロトは。アレクは。自らの血を引く者を、『勇者の運命』から救い出すことだけは叶えられなかった。真の勇者のみに与えられる、ロトの称号をも授かった彼の者が、この世を去った後ですらも望み続けた唯一の願いは。叶わなかった」

魔物の側から見遣れば、『自身達と同じように魔術を使役する』アーサーとローザが呻きに似た声を洩らすだけになっても、アレンが、話を飲み込む時間をくれと乞うても、竜王の曾孫の『昔語り』は無慈悲に続いた。

「…………だが。彼の者がこの城に残した『思いの丈』だけは、子孫の手に渡った。『勇者の運命』から逃れられなかった子孫──竜王を討ち果たしたアレフに。竜王の子に託される形で。……竜王の子──儂の爺様が、アレクの手記をアレフに託したのは、それが、奴よりも先にアレクの『思いの丈』を見付けていた曾爺様の頼みだったから。何故、曾爺様がそんなことを望んだのかも語れば長い話だが、一言で言えば、曾爺様自身、神を恨んでおったから。…………神の眷属だった筈の曾爺様が、『悪魔の化身たる竜王』と化したのは、己を異世界に降ろした神を恨んだ故にだったのか、それとも、竜王と化さざるを得なかった故に神を恨んだのか、それは、曾爺様にしか判らん。儂には、曾爺様は神を恨んでおった、としか言えぬ。そして、曾爺様がラダトーム王城よりローラ姫を連れ去ったのは、やはり、神を恨んでおったから」

「本気で、理解が追い付かないんだが……、どうして、神を恨むと曾お祖母様を攫うことに繋がるんだ。無茶苦茶じゃないのか」

「……そうじゃな。其方達にしてみれば、理解及ばぬことじゃろうが。アレクが、自らの血に課せられた『勇者の運命』を、決して逃れられぬ呪いと感じたように、曾爺様も、神が与えし自らの運命を呪いと感じた。神の呪いだと。故に、曾爺様は、ローラ姫を連れ去った。…………アレン。其方なら覚えておるだろう。アレフの竜王討伐物語の一節に、奴が、そうと知らず呪物に触れてしまった際の逸話があるのを」

「…………ああ。それが、呪われた武具だと知らず触れてしまった勇者アレフは、呪いを解くべくラダトーム城に帰還した。だが、城の者達は、呪われし者は出て行けと、追い出そうとした。けれども、既に城下へ向かい直す力も失っていた勇者を救っ……。…………え……?」

「その続きは? 魔具に呪われ、立ち上がる力すら失い掛けていた勇者を救ったのは、誰であったか?」

「……………………ローラ姫だ。曾お祖父様へ贈られた魔法具を介し、曾お祖父様の窮地を知った曾お祖母様は、自ら城門まで駆け付けて、曾お祖父様に掛けられた呪いを、ご自身の手で解かれた。信心深い方だったからか、曾お祖母様は、僧侶や神父のような力をお持ちだったと伝えられている。サマルトリアが、『信仰と技の国』と呼ばれる切っ掛けになった程、初代サマルトリア国王が信心深かったのも、そんな曾お祖母様の気質を最も受け継がれた方だったからだとも、話には聞いているけれども……」

唐突に、話の途中で何を、とは思ったが、竜王の曾孫に言われるがまま、アレフの竜王討伐物語の中に綴られている逸話の一つを告げたアレンは、「それが『答え』なのか?」と目を見開き、

「もう一つ。その手記に綴られていたことを、其方達に教えてやろう。ムーンブルク王家の血筋に、アレクの仲間だった女賢者の血が流れているように。ラダトーム王家には、同じくアレクの仲間だった、もう一人の賢者の血が受け継がれている。彼の王家の者も、疾っくの昔に忘れ去って久しいことじゃろうがな。────まあ、それは兎も角。アレクと共にアリアハンを旅立った時は神職者だったその賢者の血故にか、ローラ姫には逸話通り、僧侶や神父の如く、呪いを解く力があった。呪いを封じる力もが。……曾爺様が、彼の姫を連れ去ったのは。彼の姫に求めようとしたのは。神の呪いとしか思えぬモノより、自らを解き放って欲しかったから。…………それが、答えだ」

そう、それこそが、正史に隠された謎の答えの一つ、と竜王の曾孫は頷いてみせた。