「……何処が?」

「アレンが言った通り、ルビス様や精霊達と深い関わりを持っていた勇者ロトが生きていた当時に出来た場所ばかりに──ばかりに、じゃなくて、だけに、と言い換えてもいいですが──、精霊と関わりのある品が納められていても、不思議なことでも気になることでもない、と受け止める為には、最低でも条件を一つ足さないと駄目です。雷の塔は兎も角ですが、風の塔、大灯台、建国されたばかりのデルコンダル、その全てに、何らかの形で勇者ロトが関わっていたから、と言う条件を」

「………………え? いや、でも……」

「二つの塔も大灯台もデルコンダルも、『勇者ロトが大魔王ゾーマを討ち倒して暫くが経った頃に造られた』んです。勇者ロトがゾーマを討った時には、世界の何処にも存在してなかったんです。ゾーマを討つ為の旅の最中に、ロトが、それらを訪れた筈無いんですよ。そもそも、勇者ロトの一行は、伝説通りなら、この世界にやって来てからゾーマを討つまで、アレフガルド大陸を出ていないんです。勇者ロトが生きていた時代に出来た場所、と言うだけで、ロトは精霊達と……、と繋げるのは変です。『勇者ロトが』と始まるものは全て、彼同様、精霊達と関わりがある、と言う思い込みでしかないです」

「アーサー。そうは言うけれど、二つの塔と大灯台は、当時のムーンブルク王家が関わっているのよ。ムーンブルクは、古の頃から『世界一の魔法使いの国』とも呼ばれてきた国でもあって、精霊──特に風の精霊と雷の精霊とは縁も深いわ。今更、貴方には言うまでもないことでしょうに。そこに、勇者ロトのことを出さなくともいいのではなくて?」

アレンの意見を否定したアーサーに、今度はローザが反論したが。

「ええ。二つの塔と、大灯台だけなら。でも、デルコンダルは違います。大昔の話ですから確かなことは言えませんが、デルコンダルの建国にムーンブルクが関わった記録はありません。それに、デルコンダルは、『力』こそが正義である、と言う気風の、神や精霊への信仰も薄い国です。……なのに、どうして、そんなデルコンダルに月の紋章があったんでしょうか。しかも、代々伝わる家宝の一つとして」

「それ、は……。……建国当時のデルコンダルは、精霊と関わりがあったとか、信仰が篤い国だったとか……。……一寸、有り得る気がしないが。……あ、当時のデルコンダル王が、精霊の何かにまつわる品だと知って手に入れた、とかなら有り得るか……?」

彼女の言い分も、アーサーはさらりと躱したので、深く腕組みしたアレンは、立ててみた仮説で言い返しを試みたけれども。

それは、彼自身、苦しいな……、と思えるものにしかならなかった。

「んー…………。可能性は無くもないとは思いますけども。──アレンなら知ってますよね。デルコンダルの建国物語の中に一寸だけ出てくる、伝説未満の、それこそお伽噺を。デルコンダルの初代国王は、勇者ロトと同じ、空の彼方からこの世界に降り立った、異世界人だった、と言う話」

「ああ。母上の生家のことだ、知ってはいる。初代デルコンダル王は、異世界では、カンダタと名乗っていた大盗賊だった、と言う話も、二度に亘って勇者ロトに成敗され、改心し、この世界に王国を築いた、と言う話も。…………アーサー。君は何が言いたいんだ? デルコンダルの建国にも、二つの塔や大灯台の建造にも、歴史の裏側で、勇者ロトが関わっていたと? だから、その何れにも、勇者ロトを介しての精霊達との関わりが生まれた、とでも?」

「はい。その通りですよ」

アレンの苦しい言い返しも、その後、彼が辿るだろう想像も、全て予想していたのか、アーサーは、ひょい、と口の中に茶菓を放り込みながら、又もや、さらり、と。

「……本当に、初代デルコンダル王が、ロト伝説にも登場するカンダタだったなら、デルコンダルの建国にはロトが関わっていたかも知れない。大魔王ゾーマをも倒したロトと再会したカンダタは、以降、彼を甚く慕った、とも言われているから。でも……だけど…………。だったら、勇者ロトは何で?」

「曾お祖父様と、似たような理由です。……ロト伝説は、勇者ロトに討ち取られた大魔王ゾーマは、滅びを迎える寸前、不吉な予言を残した、と語っています。再び、何者かが闇から現れるのが自分には見える、だが、その時、勇者ロトは年老いて生きてはいない、と。その後、ラダトームに戻った勇者ロトは、その夜の内に、生死を共にした仲間達にも一言も告げず、何処いずこへと姿を消した、と伝説は続きますよね」

「……ああ、そうだ」

「…………もしも、ですよ。もしも、ロトの武具が必要とされる日など二度とは訪れぬようにと祈りつつも、何時かの日の為に、ザハンに金の鍵や聖なる織り機を託された曾お祖父様のように、勇者ロトが一人きりで姿を消した理由が、自身がこの世を去った後、何者かが闇から現れるかも知れない日を見据えて、恩返しを約束してくれたルビス様の加護が賜われる紋章や、精霊に関わる品や神具を、世界中に託す、若しくは隠す旅に出る為だったとしたら、どうなると思います? 『勇者ロトが大魔王ゾーマを討ち倒して暫くが経った頃に造られた』各地が、彼の意思で造られた物だとしたら。それらに、品々や紋章達があった理由の説明が付くんです。そして、そのことを、どうしてかハーゴン達が知ったなら、大灯台でグレムリンが僕達を待ち構えていた理由も説明出来るんです」

コクン、と菓子を飲み込んだアーサーは、ひたすら、さらさらと己が想像と仮説を語って、

「ねえ…………。そうだとしたら、あの魔物の神官が、雷の杖を奪った理由にもならない? 雷の杖をムーンブルクに伝えたのが、勇者ロトだったとしたら。それに、お父様のことも。お父様が知ったのも、それなのかも知れない。何時か闇から現れる何者かに備えて、ロトが様々な品々を後世に伝えようとしたのが公になるのは、ハーゴンにとっては都合が悪い筈よ。そんな物達を、崇める邪神の生け贄にしようとしている私達が手にしたら、厄介だもの」

ローザも、披露された彼の仮説に同意し始めた。

「ですね。その辺りのことを調べていれば、必然的に、ハーゴン達が世界の破滅を望んでいるのも知れると思うんです。結局、ハーゴンは、自分達が世界の破滅を望んでいるのを隠していないんですから。…………で。本当に、全部が全部この説通りだとすると、太陽の紋章がある炎の祠も、水の紋章がある何処かの街も、当時の建造物ってことになりますから、それに該当する街や祠を、片っ端から訪ね歩けばいいってことにもなりませんか?」

「あ、そうね! かなりの手掛かりだわ。……そうよ。竜王討伐に出られた曾お祖父様が最初に向かった場所は、ラダトームの都近くにあった『ロトの洞窟』だったのを、私達は早くに思い出すべきだったんだわ。ロトの洞窟には、勇者ロトが自身の子孫に宛てて残した、魔の島に渡る為の術が書かれていたのだもの。『魔の島に、再び悪が甦った時には』と。洞窟の石碑の他にも、ロトは、後世の為になる品を残したんだわ」

そのまま、アーサーとローザのやり取りは、俄然盛り上がったけれど。

「……………………っっ…………」

声高にもなった二人を他所に、アレンは、我知らず持ち上げた左手で、服に強い皺が寄る程に己が胸を握り締めた。

…………何故だか、胸が鋭く痛んだ。

たった今披露されたばかりのアーサーの仮説にも、それに乗ったローザの想像にも、続いている二人のやり取りにも、素直に頷けたのに。

反論などする気も無く、「確かに、その通りかも……」と掛け値無しに思えたのに。

どうしてか、体中の血が凍り付いたような錯覚まで起こした。

酷く大きな何かが、胸につかえたような錯覚も。

……でも、彼は。

それを、秋が遠退き始めたこの季節に、こんなテラスなどで長らく話し込んでいるからだ、と思い込もうとした。

気付かぬ内に、体が冷えてしまったのだ、と。

右手で掴んだままだった茶器の中身を、飲み干してしまおうともした。

冷えた体を暖めようと。紅茶は、疾っくに冷めてしまっているのも忘れて。

だけれども、持ち上げ直された白磁の茶器は、彼の思い通りには動いてくれなかった指先から零れ、ガシャリと、耳障りな音を立てて受け皿に落ち、割れた。

「あ。大丈夫ですか、アレン」

「アレン、どうしたの」

「……何でもない。一寸、手が滑っただけだ。話に水を差して、御免」

辺りに飴色の紅茶を撒き散らしながら割れたカップと、胸許を握り締めたままの彼を見比べ、アーサーとローザは、ん? と眉を顰め、アレンは咄嗟に取り繕う。

「でも、顔色が良くないですよ。具合悪いですか?」

「そうなら、我慢しないで言って頂戴。風邪……かしら」

「………………いや。本当に、何でもないんだ。少し……、……うん、少し、寒いだけで……」

「なら、談話室に行きませんか? 城内は暖かいですから」

「そうね。風の当たらない所に移りましょう」

辿々しく告げられた言い訳を、アーサーもローザも頭からは信じていない様子だったが、アレンが存外頑固な一面を隠し持つと承知している二人は、それ以上は問わず、彼を促し立ち上がった。

「……ああ。そうだな…………。寒い、し……」

寒いからだと、風の当たる場所に居続けたからだと、小さな小さな呟きで以て己へと言い聞かせながら、アレンも、彼等に続き腰を上げた。

────何かが、何処かが、決定的に違う。

……そんなことを、漠然と思いつつ。