「さて、と。次は何処に行く? 船長達が、テパの村の大体の場所を知っていたから、以前に話し合った通り、先に、水門の鍵を返しに行くか?」

「私は、それは後回しにして、太陽の紋章を探しに行くのがいいと思うわ。テパの村の人達には申し訳なく思うけれど、ローレシアからロンダルキア西部へ行くとなると時間が掛かるし、やっぱり今は、そちらを優先しなくてはならないとも思うの」

「そうだなあ……。地下牢の男が言っていたみたいに、本当に、邪神教団の連中が命の紋章を『お宝』扱いしているなら、急いだ方が良さそうだ」

「……あの。アレン、ローザ。その話を進めるのは、一寸待って貰えませんか?」

次の目的地を決めよう、と言い始めて直ぐ、少しばかり冷える指先を暖めてくれる熱い茶を注いだ茶器を、揃って両手で掴み上げたアレンとローザは、ここはやはり、太陽の紋章のあると言う炎の祠探しから、と意見を合わせたけれども、アーサーが、それに待ったを掛けた。

「あら。アーサーは、反対なの?」

「いいえ。次に炎の祠を探しに行くこと自体には、反対じゃないです。僕も、それが一番いいと思います。但、具体的にどうすればいいか判らないながらも、僕達に出来ることや、しなくちゃならないことなんかが、一寸混乱しそうなくらい増えてきてる気もするんで、今の内に、少し整理しちゃいません? 整理してから、旅程を決めませんか?」

「ああ、確かに。ペルポイを発つ時に、似たような話をした覚えがあるけれど、あの時も、少し訳が判らなくなりそうだったしな」

「そうね。私も、咄嗟には、全てを思い出せる自信が無くなってきてるわ」

彼が言い出したのは、先ずは『整理整頓』から、との主張で、言えてる……、とアレンとローザも頷く。

「でしょう? 僕も、何が何だか……、になりそうなんで、昨日の内に少し纏めてみたんですよー」

こくこくと二人が首を振ったのを見て、アーサーは軽く笑むと、昨日一日振り回していた、趣味の書き物帳を取り出した。

「え?」

「多過ぎないかしら」

テラステーブルの中央に広げられた書き物帳は、持ち主の筆跡で隅々まで埋め尽くされており、「こんなにあったっけ?」と、アレンとローザは思わず身を乗り出す。

「あ、全部が全部、僕達の旅程に絡むことじゃないですよ? この間、ここで話し合ったこと──結局、ハーゴンは何をしようとしてるのかとか、アレンから教えて貰った、ここの神官長様がローレシア王にされた進言のこととかも、忘れないように一緒に書いてしまっただけなので」

「…………あ、あれね? お父様が知られた何かは、ハーゴン達が世界の破滅を……、と言う以外の何かなんじゃないか、って」

「あ……。え、ええ。その…………」

「……アーサー」

そんな二人に、アーサーは、他にも色々と書き込んでしまったのだと告げてから、今のローザには刺激が強い物を披露して、うっかり口を滑らせてしまったかも知れない、と秘かに慌て、テーブルの下から腕を伸ばしたアレンは、ギュムっと彼の脇腹辺りを抓った。

「二人共、もう私は大丈夫だと言ったでしょう。本当に平気よ。気遣ってくれて有り難う。────でも、それよりも。……実はね、その件で、二人に話したいことがあったの」

しかし、ローザは、気にし過ぎ、と僅かに二人を睨んでから、気遣いへの感謝の笑みを湛え、次には真摯な面になった。

「思い出すのも恥ずかしいのだけれど……、あの魔物が雷の杖を持っていた所為で、私、あんなに取り乱す夢を見てしまったでしょう? ……あの時、もう一つ、夢を見たの」

「…………どんな? と、訊いてもいいのか……?」

「ええ。でなければ、話したりしないわ。でも、夢と言うよりは、忘れていたことを夢の形で思い出した、と言った方が、きっと正しいわね。──私にも、どうして今まで忘れてしまっていたのか判らないのだけれど、王都が襲われた夜の少し前から、お父様の様子が変だったのを思い出したのよ」

「変って、どういう風にです?」

「お父様は、高位の魔術師でもいらっしゃったから、昔から、暇さえあれば図書室に籠って文献に目を通されていたのだけれど、確か……『あれ』の一月くらい前からだったかしら。図書室に籠る時間が長くなり始めたの。それまでは、そんなこと一度も無かったのに、執務すら後回しにされたり、図書室で夜明かしされたりもし始めて、お母様も私も、お父様に何か遭ったんじゃないかしら、と心配になったくらい。けれど、お父様は、少し気になることがあるだけだ、としか仰らなくて。それで…………」

「ローザ?」

「…………それで、あの日。私、我慢出来なくなって、部屋を抜け出して図書室へ行ったの。……………………その時のことを、夢で見たのよ。図書室に入った私に、お父様は直ぐに気付かれて、でも、叱ったり為さらずに、手にしていた本を近くの文机に置かれて。中庭の薔薇園を愛でに行こうと仰ったわ。……王都が襲われたのは、その直ぐ後だった。お父様と二人、薔薇を眺めていた時」

「…………ローザ。もしも、辛いなら──

──いいえ。辛くなんか……。…………御免なさい、話が逸れてしまったわね。私が話したいのは、そこではなくて。あの時、お父様が手にしていた本や、文机に積まれていた本達のことなの」

二日前の早朝、酷い悪夢に魘されたあの時に見たと言う『もう一つの夢』の内容を、ローザは、時折声を詰まらせつつも語り、

「本?」

「本……ですか?」

辛かろうとも苦しかろうとも最後まで語り切る、との意思を崩さない彼女の様子を秘かに窺いながら、本とだけ言われても、とアレンとアーサーは、揃って訝しんだが。

「ええ。文献は、全て歴史書だったの。それも、勇者ロトが生きていた当時の物だ、と言われていた、年代物にも程がある本や、曾お祖父様が竜王討伐を為された頃の物ばかり。…………勇者ロトに関わる歴史も、勇者アレフに関わる歴史も、真偽は兎も角、誰もが知っている有名過ぎる正史よ。ロト伝説に至っては、お伽噺と言う人達もいる。調べ直すこと自体、今更ね。でも、もしも、『誰もが知っている有名過ぎる正史』の中に、私達の知らない──いいえ、気付けない何かが隠されているとしたら。お父様が掴んだことが、その『何か』だったとしたら」

「……そして、その『何か』が、ハーゴン達にとっては──、だったとしたら。…………有り得るな」

「充分、有り得ますね。曾お祖父様ですら、正史の影に幾つも秘密を隠されていたんです」

何故、夢に思い出さされた本達が気になるのか、ローザは語り切り、少年達も、少々顔色を変えた。

「但、夢で思い出したことだし、今となっては確かめる術もないから、この話の何処にも間違いはないと言い切れないの。こんな話を始めたのは私なのに、御免なさい」

「いえ。確証には繋がりませんけど、今の話や想像の『味方』になることなら、一つありますよ」

そうしてアーサーは、一転自信無さ気になったローザを励ます風に言ってから、広げたままだった書き物帳へ視線を落とす。

「昨日、これを書いていた時、気付いたことがあったんです。星の紋章と月の紋章、それに風のマントと雷の杖。……今までに僕達が手に入れた、その四つの品には、一つ、共通点がある、と」

「共通点? 四つ共、精霊が関わっている品、と言う以外にか?」

「はい。それ以外で」

「そんなもの、あるかしら?」

「それが、あるんです。その四つの品があった場所は、全て、勇者ロトが大魔王ゾーマを討ち倒して暫くが経った頃に造られた場所なんです」

「…………それは、こんな風に敢えて話題に出すことか? 不思議なことでも、気になることでもないじゃないか。ロト伝説には、大魔王ゾーマに石像とされてしまった精霊神ルビスを救った勇者ロトに、ルビスが、感謝の証として『聖なる守り』──今で言うロトの印を授け、ゾーマを討ち滅ぼした暁には、必ず恩返しをすると誓ったと言う逸話だってある。それだけでも、勇者ロトと、ルビスや精霊達との関わりは深いと判るんだ、ロトが生きていた当時に出来た場所ばかりに、精霊と関わりのある品があったって、おかしくも何ともない。それに、雷の杖は、端からロト達一行が持っていた品だ」

紙面を見詰めながらのアーサーの言うことに、言われてみれば……、と同意しつつも、アレンは、それがどうした? と眉根を寄せた。

「そうですか? でも、それって、やっぱりおかしいですよ? 勇者ロトの存在と、勇者ロトと言う言葉に対する、思い込みがありますよね」

しかし、アーサーは、きっぱりとした声で彼の言葉を否定した。