「どうして、ムーンブルク王がそれをご存知だったのかは、幾ら考えても僕には判らない。判らないが、王がそれをご存知だったから、ムーンブルクは……、と思ってしまって……」

「お父様が、それをご存知だったから…………?」

「……御免、ローザ。その…………」

「違うわ。怒った訳ではないの。……貴方のそれは、変ではなくて、正しい想像かも知れない。理由は判らないけれど、お父様がそれをご存知だったから。お父様に知られているとハーゴンが気付いたから。だから、ムーンブルク王都は。……そう考えると、少なくとも、ムーンブルクのことに関しては筋が通り始めない? 神への供物を捧げると言う目的も兼ねていたのかも知れないけれど、ロトの血がとか、生け贄がとかは二の次で、真っ先にムーンブルク王都を襲った最大の理由は、自分達の目的をお父様に知られたから。そして、それを絶対に外に漏らさせない為に、街毎滅ぼした。…………そうやって考えた方が、話がすっきりするわ」

「そうか…………! うん、きっとそうだ! 凄いです、アレン! アレンがした想像は、多分、殆どが正しいんですよ。──第一にムーンブルク王都が襲撃されたのも、壊滅させられたのも、今、ローザが言った通りの理由なんですよ、きっと。で、呪いの類いが別だった理由までは判りませんが、ローザや僕が呪われたり、ローレシアに教団の神官が現れたりしたのは、ロトの血を引く者こそが生け贄に相応しいから云々が理由で、ペルポイが呪いに脅かされているのは、その辺りのこととは全く関係ない、別の理由なんですよ。その全て、何処かで繋がってはいるんでしょうけど、表面上は、別々の出来事として考えなきゃいけなかったんです」

「一旦、何も彼もを異なった出来事として捉えて、そこから、繋ぎ直さなくてはいけなかったのね」

アレンが小声で語ったのは、前置いた通り『変な想像』としか思えない、自信も乏しいそれだったからなのだが、聞くや否や、ローザとアーサーは、「それこそが正解かも!」と、少々興奮気味になった。

「……………………一寸待ってくれ、二人共。そうだとしても──と言うか、多分、そういうことなんだろうと僕も思うが。なら、結局ハーゴンは、一体何がやりたいんだ……?」

しかし、アレンは表情も変えず、彼等の興奮に水を差す。

「え? 何が、と言われても…………。……そこから、もう一度考え直すことかしら?」

「でも…………、考えれば考える程、三人で話せば話す程、ハーゴンが何をしようとしているのか判らなくなってきたんだ」

「そこは、禍々しい神を呼び出し、世界を破滅させること、って『正解』が出てるじゃないですか、既に。それをムーンブルク王に知られたから、ハーゴンは……、って言い出したのは、アレン自身ですよ?」

「うん。そうなんだが……。……言い出したのは僕だし、こんな風に言っている今でも、ムーンブルクが襲われたのは、王がハーゴンの望みを掴んだから、と言うのが一番筋が通ると思っているけれど、やっぱり、一寸変じゃないか? 連中の望みが何なのかは、結局、ローレシアに伝えられた。自分達の目的がローレシアに知られてしまったのは、ハーゴンにとっては計算外だったのかも知れない。でも、教団の奴等は、少なくとも今は、自分達の望みを隠してなんかいない。それ処か、『世界の滅びを企むハーゴンを討伐しようとしている僕達』が、ハーゴンの許へ辿り着く為の手掛かりを、自ら与えるような真似までしてみせてる。…………な? 変だろう?」

「あ………………。……そうね、変ね……」

「ええ。変……ですね。うーーん……?」

────もしも、全てが己達の想像通りだとしたら、ハーゴンが、本当は何を企んでいるのか見えなくなる。

世界の破滅を望んでいるとムーンブルク王に知られた故に、彼の王都を滅ぼしたなら、そうまでして隠し通そうとした彼等の望みを知ってしまった己達を、自らの許へいざなうような真似をするのは辻褄が合わなくないか。

……そうアレンに言われ、一転、ローザもアーサーも、んー……? と首を捻った。

「隠しておきたかったけれど、ローレシアに知られてしまったから、開き直った、とかなんじゃないですかね……?」

「開き直って、だったら、生け贄に最も相応しいロトの血を引く私達を、自分の許へ誘い込んでしまえ、と考えた……とか?」

「…………あのな……。ハーゴンの肩なんか持ちたくもないが、二人共、その発想は、幾ら何でも酷くないか……?」

「なら、アレン。貴方はどう思うの?」

「それは……、判らない、としか言い様がない。多分、色々を考えるには、未だ、手掛かりが足りないんだと思う。…………まあ、ハーゴンは、単に世界を滅ぼそうとしている訳ではないかも知れない、と言うのが、朧げにでも見えてきただけ良しとしたい気分かな」

「確かに、手掛かりは足りない感じがしますねえ……。今は、これ以上考えても仕方無いのかなあ……。…………って、あああ。物凄くズレちゃいましたけど、話、元に戻しませんか。──結局、ローレシア王には、地下牢に立ち入るお許しを頂けなかった処か釘まで刺されちゃいましたけど。どうします、アレン?」

「あ、そうそう。そうよ。私達、それを話そうとしていたのよね。陛下に注進をお伝えしたら、地下牢に入る許可を頂いて、神官だと名乗る彼に直接対面してみるつもりだったのに……。……どうすればいいかしら。ねえ、アレン?」

が、悩んでみても、今はもう絞る知恵も無いかも知れない、と話を打ち切った三人は、漸く話題を元に戻し、

「そんな目で見なくともいいだろう…………。……判ってる。『牢獄の鍵』に働いて貰おう」

この件も悩ましい……、と口先では言いながら、チラ……と流し目を寄越したアーサーとローザに、どうするか、腹の中では決まっているだろうに、とアレンは苦笑してみせ、二人が望む答えを口にした。

「あは。アレンなら、言わなくても判ってくれると思ってたんですよー」

「他に、方法なんか無いものね。でも、ほら、ねえ? アレンは、ここの王太子でもあるから。貴方から言い出して貰うのが一番かしら、って」

「でも、本当にいいんですか?」

「胃の臓を痛めるくらいなら、止めてね」

「もう、父上にぶん殴られる処では済まないだろう程度の覚悟は決まっているし、胃も痛んでいないから大丈夫。……だと思う。多分。────今夜の内に、牢に忍び込もう。少し手間だろうけれど、真夜中になったら、何とかして僕の部屋まで来てくれないか。僕の部屋からなら、衛兵や爺や達の目を盗んで地下に潜り込める道が『開拓』してあるから。実際に使ったことはないけれど」

「あ、そう言えば、アレンも子供の頃は、城内のあちこちに潜り込んで遊んだり、城下まで一人で抜け出しちゃったりしてたって言ってましたよね。なら、アレンの部屋まで行ければ後は大丈夫ですね」

「判ったわ。なら、真夜中になったら、貴方の部屋に行くわ」

王の許しが貰えぬなら、貰えずとも立ち入るまでだ、そこに用がある以上、忍び込まなくてどうする。……と、今宵、ローレシア王城にて地下牢破りを決行する腹を括っていた三人は、ひそひそこそこそ、額突き合わせて密談し、甚く簡単に手筈を打ち合わせると、遠くから注がれてくる女官達の訝し気な眼差しを逸らすべく、空っ惚けて『優雅な茶の一時ひととき』に戻った。

それより数刻後の夜半。

ローレシア王城内が、真夜中の静けさに包まれ切った頃。

先ず、こっそり支度を整えて、こっそり客間の寝所を抜け出したローザが、テラス伝いに隣の客間へ向かい、待っていた支度済みのアーサーと合流した。

落ち合った二人は、更にテラスを伝って向かった、その階の最奥の客間の窓辺の施錠を銀の鍵で開け、無人の室内を抜けて廊下に出ると、直ぐそこで不寝番に立っていた衛兵をローザのラリホーで眠らせてから、二つばかり階段を昇り、再び、王族の自室が並ぶその階にて不寝番をしていた衛兵にラリホーを掛け、アレンの部屋に忍び込んだ。

そこから、やはり支度を済ませて待っていたアレンと、アーサーとローザの三人は、アレンの先導で上手く兵達の目を盗んで階下まで下り、ひたすら、深夜の王城を守る者達の監視を掠めつつ、目的の区画への侵入を果たす。

以前、宝物庫へ向かった時には右に折れた通路を、その夜は左へと折れ、ローザに曰く、以前よりも嫌な寒気が強くなっているそこを、出来る限り気配を殺しながら進んで、突き当たりにあった鍵の掛かった扉を牢獄の鍵で開け放つと、その直ぐ先に見えた、薄暗くて狭い石段を、最下層目指して下りて。

………………漸く。

三人は、ローレシア城下で捕らえられた、邪神教団の神官と名乗る者と、彼が従えていた信徒が繋がれている、地下牢の入り口前に並び立った。