案内された部屋で少しばかり寛いでから、湯浴みをして、身支度も整えて、夕刻から開かれた国王主催の歓迎の宴に、三人は──特にアレンは決死の覚悟で──挑んだ。

デルコンダルではそれが当たり前なのか、王族の衣装も薄手の作りで、男二人は「一寸落ち着かないな」程度で済んだが、女官達に寄って集って飾り立てられた挙げ句、肩や腕や腰が透け見えてしまうドレス姿にされてしまったローザは、酷く恥ずかしがって中々部屋から出て来ようとせず、理由を知ったアレンが、「折角の麗しいお姿なのに」と渋る女官達を拝み倒して借り受けた、大判で厚手のショールをしっかりと羽織り、アレンの後ろに隠れるようにして、やっと。

「さて、我が甥殿。そろそろ、訳を訊かせて貰おうか。────ムーンブルク王都の件は、儂の耳にも届いておる。義兄上──ローレシア国王より、正式な書状も受け取った。…………痛ましいことだ。ローザ殿、心中お察しする」

────衣装と同じく、挑んだ宴の席の仕立ても三人には馴染みの無いそれで、脚のない、クッションだけで出来ているような大層低い椅子に踞るように座り、敷物の上に直接置かれた幾つもの脚付き盆から料理や飲み物を好きに取り上げるやり方に、漸く彼等が慣れ始めた頃。

強い酒で満たされた杯片手に、デルコンダル王が、アレン達へと身を乗り出した。

「先程もちらりと言ったが。ローレシアからは、公式書簡だけでなく、姉上からの私的な文も届いていてな。お前が、ムーンブルクへ行くと義兄上に言い残して城を出た切り戻らぬとか、サマルトリアでも、アーサー殿が戻らぬと頭を抱えているらしいとか、ムーンブルクのローザ姫を見付け出し、三人で旅をしている様子なのは掴めたが、行方が判らないとか。様々書いてあったぞ」

「……そうですか。母上が、そんな文を」

「ま、何方かと言えば、儂相手に愚痴垂れたいだけのそれだったがな。我が姉ながら、芯はキツい王妃殿下だ、放っておいてもその内には帰って来るだろうと構えているようだから、余り気に掛けるな。そういう文が届いた、と言うだけの話だ。それに、どうしてお前達が城に戻らぬのか、旅を続けているのは何故か、薄々の察しは付く。少なくとも儂にはな。だから、それはいいとして。何故、このデルコンダルに?」

「理由はありますが。この場では…………」

公的な文も私的な文もローレシアから送られてきた為、何となくの事情は汲めるが、国にも戻らぬお前達が、ここを訪れた理由が判らない、と首捻る叔父王に、アレンは、ちらりと辺りへ目を走らせ、言葉を濁す。

只でさえ、臣下や女官や踊り子達の出入りが激しい騒々しい宴なのに、義叔母でもある王妃や、彼女の実子である第一王子以外にも、幾人もの側室や、庶出の王子王女がずらりと居並んでいるこの席で、馬鹿正直にこちらの事情は打ち明けられぬと、彼は秘かに眉根を寄せた。

「…………ああ。気にするな。ほれ、言え」

「あのですね、叔父上……。…………その、色々とありまして、今、私達は尋ね物をしている最中なのです。その一つが、叔父上のお手許にあるのではないかと思い、目通りに上がりました」

「尋ね物? どのような?」

「あー、その。酷く説明が難しい物なのですが……。何と申し上げれば良いか……」

「……陛下。陛下がお持ちの品の中に、何か、月に関わるそれはございませんか?」

が、とっとと白状しろと、叔父王にうりうり脇腹を小突かれ、言葉を選びつつ語り出した彼は、多くを打ち明けずに自分達の『尋ね物』のことを伝えるにはどうしたら良いやら、と悩み、そこでアーサーが助け舟を出した。

「月、なあ……。月…………。…………ああ、あれかも知れん。我が王家に代々伝わる品の一つに、三日月そっくりの形をしている物がある。代々伝わる、とは言っても、単なる石ころだから、すっかり忘れておったが」

「石ころ、ですか?」

「そうだ。貴石でもないのに何故か時折光る、三日月形をした、少々だけ珍しくもあり不思議でもある石だが、それ以上の価値はなさそうな石ころだ。……それのことか?」

すれば、腕組みしながら暫し悩んだ王は、ああ、と当たりを告げ、

「かも知れません。……叔父上、その石を、私共にお譲り下さいませんか」

アレンは叔父王へと向き直り、我知らず迫った。

腹まで括って『愉快な個性』の叔父に会いに来たのは、このデルコンダルにあると山彦の笛が教えてきた精霊に関わる何かは、竜王の曾孫に教えられた『月は城に』の言葉の通り、月の紋章のことかも知れない、と想像したからだ。

その想像が現実となりそうな、期待出来る成り行きに、彼は少しばかり前のめりになる。

「他ならぬ我が甥の頼みだ、譲るのは吝かでないが。只でと言うのもつまらんな。…………アレン。お前、明日の闘技大会に出場しろ。そこで、先日生け捕りにしたキラータイガーを見事倒してみせたら、あれを譲ってやる」

と、可愛い甥のこの上無い真顔に何を思ったのか、デルコンダル王は、にやぁ……、と笑うと、キラータイガーと言う、凶悪で有名な魔物を討ち取ったら、石ころの一つや二つ、幾らでもくれてやる、と言い出した。

「叔父上……。又、そういうお戯れを…………」

「何を言うか。少々不思議なだけの石ころでも、我が王家に代々伝わる品。欲しければ、力でもぎ取れ。ここは、『力』こそが正義の国。お前に流れる血の半分は『それ』で、もう半分は、伝説の勇者の血を引く『武』の国ローレシアのもの。それくらいのこと、して見せられんでどうする。キラータイガーを生け捕りにしたのも、儂だぞ?」

「どうする、と言われましてもですね」

「四の五の言うな。やるのか、やらんのか。どっちだ」

「………………承知致しました。叔父上のお望み通り、キラータイガーを討ち取ってご覧に入れます」

どうやら、自分の態度が叔父の道楽癖を煽ってしまったらしい、と気付いた時には後の祭り、言い出したら聞かない叔父王の望みを叶えなければ、月の紋章かも知れない石は絶対に手に入らない、無益な殺生はしたくないが致し方ない……、とアレンは嫌々、首を縦に振った。

「うむ、よし。それでこそ、儂の甥だ」

「恐れながら、陛下。アーサー殿下とわたくしに、アレン殿下と共に戦うお許しを賜われますでしょうか」

「それは、ならん。アレンのみでだ。……何、案ずるな、ローザ殿。儂に生け捕りに出来た魔物、討ち取る程度、我が甥には容易い筈」

酔狂にも程がある王の望みに頷かざるを得なかった彼を見て、ならばせめて、と今度はローザが申し出たが、デルコンダル王は、駄目、と茶目っ気たっぷりに言いながら、豪快に笑うのみで。

「大丈夫ですか? アレン」

「アレン、何なら別の方法を考えても……」

「有り難う、二人共。でも、これも鍛錬か何かだと思えばいいから。叔父上の道楽に付き合うのは、本音では気乗りしないけれど」

各々、杯を手ににっこり笑顔を拵えつつも、三人は肩寄せ合って、小声で言い合う。

「アレン? 何か言ったか?」

「いえ。別に何も」

「そうか? ────それにしても。噂に聞く通り、アーサー殿もローザ殿も、麗しい王子王女だ。……どうだ? 良ければ、儂の所に来ぬか?」

幸い、彼等のブツブツは、宴の雑音に紛れてデルコンダル王の耳には届かず、酒の所為もあるのだろう、アーサーとローザを見比べた王は、上機嫌そうに、この城の後宮には男も女もいるし、とか何とか、過ぎた戯れを口にし始め、途端、自身でも知らぬ間に、さぁ……っと顔蒼褪めさせたアレンは、無言で、両腕で囲う風にしながら二人を自らの背に隠した。

「…………冗談に決まっとるだろうが」

「だとしても、到底笑えません、叔父上。二度と、そのような聞き捨てならないお戯れを口に為されませんように」

「全く……。一体誰に似たのやら、我が甥殿は石頭でいけない。……まあ、だからこそ、お前をからかって遊ぶのは止められんのだがな。あー、楽しい」

キッと眦吊り上げて、心底ムッとした顔になって、冗談にも程がある、と睨んでくる彼の様を、わざとらしく嘆いてから、デルコンダル王は再び、肩を揺らせて高らかに笑った。