その何も無い部屋で暫し体を休めてから、三人は歩みを再開した。

が、自分達が今、大灯台のどの辺りにいるかを、彼等は見失っていた。

二度目のラダトーム王都訪問時、アーサーもローザも、建造物や洞窟内からの転移──正しくは脱出──を目的とする術、リレミトを使役する為の契約を精霊達と交わし終えていたので、一旦、塔を出て立て直そう、とアレンは言ったのだけれども、その心配は未だしなくていい、とアーサーは言い張り、ローザには、引くにしても、ここが何階のどの辺りか程度は確かめてからにしよう、と主張されたので、もう少しだけ、と二人に念押しし、アレンは探索の続行を選択した。

すれば、幸と言うべきか、不幸と言うべきか、一つ二つ階段を昇っただけで、魔物にも出会さぬ内に、呆気無く大灯台最上階に辿り着いてしまった。

「屋上ですねえ……」

「……屋上だな」

「屋上ね……」

強い潮風吹き付けるそこに立ち尽くし、見晴らしの良過ぎる辺りを眺め、むう……、と三人は唸る。

全て、とは言わないが、灯台内の大部分を探り終えたのに、紋章を見付け出せぬまま最上階に着いてしまった、星の紋章は大灯台に眠る、との想像は過ちだったのか? と思わされて。

「戻りましょうか」

「そうするしかなさ……──。……ん?」

と、所々が崩れ始めている屋上の様を眼差しのみで確かめ、あんな目に遭ったのに無駄骨か……、と落ち込んだ彼等が大灯台を後にしようとした刹那、アレンの視界の隅を、動く何かが掠めた。

「アレン?」

「今、何か……」

「え。魔物じゃなくてですか?」

「そこまでは判らなかった。但、向こう側の、僕達からは死角になってる方に、何かが消えたのは見えたんだ」

「消えた? …………あ、見て。入り口があるわ。あそこを行けば、未だ調べていない所に出られるんじゃないかしら」

こんな場所で蠢く何かは魔物の類い以外にはない、と思ったものの、念の為……、と某かをアレンが目撃した所へ近付いてみたら、そこには内部へと続く扉のない入り口があって、成程、ここを経ないと行けない場所があるんだな、と彼等はそこを潜る。

先程見掛けた、魔物かも知れない何かが待ち構えていてもおかしくないと、油断せずに踏み込めば、室内には、想像に違わず三人を待ち構えていた者がいたが、それは魔物ではなく、一人の、年老いた男だった。

「何も言わなくとも、爺には判っておりますとも」

「は? ご老人……?」

「ほっほっほっ……。付いて来なされ、紋章のある場所へ、案内して差し上げましょうぞ」

長い杖に縋りつつ立つ、今にも天に召されそうな風采の老人は、三人の顔を見るなり、蓄えた白髭に埋もれる小さな口を開き、朗らかな声で、己が紋章への水先案内人だと言って退けた。

「紋章のある場所、な。どうして、そんなことがあのご老人には言えるのだか」

「やっぱり、罠かしら」

「さあ? 但、常識的には、あの足の速さは人には無理だ、とだけは言える。只人ではないんだろうな。尤も、だからって、魔物と決まった訳ではないけれど。もしかしたら彼は、僕達の正体も目的も容易く見抜ける偉大な賢者かも知れないし、紋章の守人かも知れない。……あ、精霊って可能性もあるか」

「……アレン。それ、本気で言ってます?」

「いいや。だとしたら、僕は馬鹿じゃないか?」

「………………。……良かったわ。本気だったら、どうしようかと思ったの、私」

「ですよねー。賢者とか、紋章の守人と考えるには、一寸あの人、胡散臭いです。禍々しい感じもしましたし」

「確かに。……二人共、本当に未だ行けるのか?」

「ええ、大丈夫です」

「もう一、二戦くらいなら平気よ」

「なら、折角だ。何はともあれ、騙された振りでもしてみよう。すまないけれど、何時でもリレミトを唱えられるようにしておいてくれ」

そうして、彼等を誘うや否や、老人は、人には有り得ぬ素早さで奥へと消え、「あからさまに怪しい……」と小声で言い合いつつも、三人は彼の後に従う。

捉える度に霞むように消える、素早い老人の背を追いながら、見覚えのない階段を幾度か下り、突き当たりにあった小部屋に飛び込んだ彼に続けば、

「さあ、あの宝箱を開けなされ」

ぴたりと立ち止まった老人は、ニィ…………、と嗤って、小部屋の最奥に安置されていた、確かに宝箱と例えるに相応しい、仰々しく飾り立てられた大きな箱を杖で示した。

「………………判った」

そろそろ茶番は切り上げるべきかと思ったが、想像通り、この成り行きが罠だとしても、彼は紋章に関わる某かは知っているのかも知れない、ならば最後まで付き合ってみるか、と考えを改めたアレンは、眼差しのみで、「いいか?」とアーサーとローザに問い、二人から了解の合図が返るのを待って、箱の蓋に手を掛けた。

『ケケケケケケケ! 引っ掛かったな! ここがお前達の墓場になるのさ!』

「それは、こちらの科白だ」

かねの留め金が外れた途端、勢い良く蓋開いた『宝箱』の中身は空で、甲高く嘲笑った老人目掛け、振り返り様に抜き去った剣を、アレンは薙ぐ。

そこに在ったのは既に老人でなく、ルプガナでもやり合ったグレムリンだった。

これが罠でなかったら却って驚きだ、とすら、彼はこっそり思っていたので、真後ろに忍び寄っていたそれは初撃で倒し遂せたのだが、何処から湧いたのか、何時しか彼等は三匹のグレムリンに取り囲まれており、

「悪魔族って、分け身も使うんですかね」

「アーサー、冗談を言っている場合ではないわ」

「だからって、アーサーを叱ってる場合でもないだろうに」

勢いで首捻ったらしいアーサーを、ふざけないで! とローザは睨み、君も君だ、と顔顰めながらアレンは剣を振るった。

数こそ倍だったが、相手はルプガナにて戦った経験も知識もある敵、予想よりは手を焼かずに掃討出来たけれども、致し方なかったとは言え、紋章に繋がる新たな手掛かりを自ら消してしまったと、戦い終えても、アレン達は浮かぬ顔をした。

しかし、彼等が小さく肩を落とした時、骸と化したグレムリン達と、偽りの宝箱だけしかない筈の小部屋の天井が、突如として輝いた。

「何だ?」

一体、何が光って、とアレンが見上げれば、天井の中央に、キラキラと瞬く、目映い星の欠片のようなモノが浮かんでいて、

「まさか……」

「紋章?」

もしかして、これが……、と彼と共に上向いたアーサーとローザが見守る中、輝くソレは、ふわふわと宙を漂う風にアレン目掛けて降り、掴むべく差し出された彼の掌に触れると同時に、輝きも、姿も消した。

「え……。何で…………」

「今のが星の紋章だとしたら……、紋章は、アレンの中に消えた、と言うこと……かしら」

「うーん、何とも言えませんけど……。でも、そういうことかも……」

「段々、混乱してきたが……、兎に角、ここを出よう」

まるで、自身がソレを握り潰してしまったかのような錯覚に陥ったアレンも、ローザもアーサーも、出来事が理解出来ず、顔見合わせながら戸惑ったけれど、唯、立ち尽くした処で何にもならず、悩みつつ、彼等は大灯台より去った。