─ Desert〜Oasis ─

昼間は灼熱地獄と化すくせに、夜間は極寒地獄と化すのが砂漠と言う奴で、昼は、野営用の薄い毛布を繋げて拵えた天幕もどきの下で、暑さに朦朧としながらやり過ごし、夜は、詐欺だの何だの喚きながら、想像もしていなかった寒さに震えつつ、三人は砂地を踏み締め続けた。

西の祠を出る時、司祭が、地図にチョンと付けてくれた、オアシスの位置を示す印だけが頼りだった。

足の強い男性なら、四日もあればオアシスに着ける、と司祭は言っていたが、ローザにそこまでの速さを求めるのは無理で、さりとて、出来る限り急がなければ、三人揃ってミイラの運命、と相成ってしまうから、彼女の歩みが少年達より遅れる度、アレンは、荷物の全てをアーサーに任せ、ローザを背負った。

そうされて、始めの内は酷く困ったようにしていたローザも、気力が尽きてきたのか、やがては何も言わずされるがままになり、水筒代わりの革袋の中身が残り少なくなり始めた頃には、アーサーも、アレンに支えて貰わなければ先へ進めなくなった。

背負ったローザを片手で支え、首に掴まらせたアーサーの腰を抱えながら、夜の砂漠を渡り続けるアレンとて、直ぐそこに限界を迎えていたが、彼はひたすら、黙々と前へ進み。

────不毛の地に分け入って、四日目の夜だった。

司祭が地図に付けてくれた印通りなら、夜明け頃にはオアシスが見えてくる筈で、実際、微かに水の香りが嗅げ、「もう直ぐゆっくり休めるし、沢山水も飲めて水浴びも出来て!」とアーサーとローザは少々元気を取り戻し、例え陽が昇り切ってしまっても、オアシスに着くまで進もう、と言い出した二人に、「現金だなあ……」と笑いつつも、アレンは頷きを返した。

彼は固より、アーサーもローザも、自身の足で歩き続け──数刻後の日の出。

東の空に昇り始めた太陽の光を浴びて輝き始めたオアシスの水面が、三人の目に映った。

「やったーーーー!! オアシス! オアシスー!」

「嬉しい! 気にしないでお水が飲めるわ!」

「…………まさか、蜃気楼じゃないよな」

もう少々だけ行けば到着出来る泉を前に、アーサーとローザは喜びを露にしたが、アレンは思わず我が目を疑い、

「もう! 嫌なこと言わないでっ」

「そうですよ、あれが蜃気楼だったら、僕達死んじゃいますっ!」

余りにも不吉なことを口にした彼へ、二人は、ぶーぶー文句を垂れる。

「一寸、口が滑っただけなのに、二人して、そこまで言わなくともいいじゃないか……」

「駄目よ。そういうのは、冗談でも笑えないわ」

「確かに。兎に角、行きましょ。早くー!」

キッ! と彼等に睨まれて、冗談だと思って流してくれればいいのに……、と項垂れたアレンへローザは追い打ちを掛け、アーサーは二人の手を引っ張った。

「はいはい……」

「聖水、未だ残してあるわよね? 着いたら直ぐに結界を張らないと。……私、先に水浴びさせて貰ってもいいかしら」

昨夜までの困憊振りは何処へやら、小走りになってオアシスヘ近付いて行く二人の後を、アレンも、僕も水浴びがしたい、とのんびり考えつつ追っていたが、

──! 二人共、止まれ!」

ふと目に留めた、前方にあった小さな茂みのようなものが蠢いたのに気付き、声高に叫んだ。

その間にも、茂みのようなものの蠢きは激しさを増し、やがて、幾つもの触手を伸ばしながら、中央の、花に能く似た形をしている毒々しい色の口らしきそれを、パカリ、と開く。

「マンイーター!」

蠢く茂みのようなそれは、マンイーターと呼ばれる、食虫植物ならぬ食人植物だと悟り、荷物を放り出して走ったアレンは、突然の制止を受け前のめりになったアーサーとローザの襟首を引っ掴んで後ろに引き摺り倒すと、抜き去った剣で斬り付けた。

斜め右上から左下へと、裂く如くに繰り出された一撃目は、うねうねとのたうつ何本もの触手の、数本のみを切り落とせただけだった。

「バギ!」

「ギラ!」

が、転ばせられつつも詠唱を叶えたローザとアーサーの加勢を受けながらの二撃目は、深手を負わせられ。

もう一撃……! と。

下段に構えた剣を、彼が天へと振り上げ掛けたその時、マンイーターは、毒花そっくりの口の中から胞子を吐き出した。

胞子は、甘い息と呼ばれる、敵に眠りを齎すそれで、己に纏わり付く胞子を振り払う間もなく、アレンの目は霞み始める。

頭もぼんやりとしてきて、体からは力が抜け……されど、膝を付く直前。

最後の力を振り絞り、彼は、何とか柄を握り締めた剣を、マンイーターの口の中目掛けて突き出した。

「アレンー!」

「アレン! アレンっ!!」

直後、己を呼ぶアーサーとローザの声が聞こえたが、応えるより先に、彼の意識は途絶えた。

────夢を見ていた。

リリザで、アーサーとの合流を果たした夜に見たそれに、とても能く似た夢。

あの時と同じく、何処かで聞いたことがあるような、されど心当たりの無い声『達』に、ひたすら名を呼び掛けられ。本当に、一体誰なんだ、と夢であるのも忘れて問い詰めようとした刹那、ぽこりぽこりと、幾度か頭を叩かれた。

だから、正体も明かさぬ相手に殴られる謂れは無い、と憤慨し、文句の一つも言ってやろうとしたのだが。

…………そこで、アレンは、見ていた夢から覚めた。

薄らと開いた瞳に映ったのは白い何かで、ん……? と思いながら身動げば、何とも言えぬ柔らかい物に己がこうべが支えられていると判り、次いで彼は、花の香りを嗅いだ。

「……バ、ラ…………?」

「アレン? 気が付いた? 大丈夫? 気分は?」

この香りは、確か薔薇のそれだった、と思うままに呟けば、白一色だった視界の中にローザの面が浮かび、話し掛けられもして、

「ローザ……? ……薔薇……の香りが、する……。良い香り…………」

何て香しいんだろう……と、何とも言えぬ柔らかい物に、彼は顔をうずめる。

「あの、アレン…………」

「……ん? ────え……?」

すれば、少々の困惑が入り交じった声がローザから洩れ、何を困っているのだと瞬きをした彼は、漸く我を取り戻し、目を見開いた。

しっかりと開いたまなこでローザの面を見詰め直し、辺りへも視線をくれてみれば、目指していたオアシスの畔らしい木陰の下で、己は、帽子も風防眼鏡も外され、服の前も寛げられた格好で、木陰を作っている立派な樹の幹に凭れて座っている彼女の、膝を枕に横たわっていると知れた。

「え。……え!?」

………………と言うことは。

たった今、己が顔を埋めた柔らかい物は、ローザの膝か腰、とも気付き、アレンは慌てて起き上がろうとしたが、体が言うことを聞かなかった。

「駄目よ。急に起き上がったりしてはいけないわ。……気が付いて良かった…………」

退きたいのに退けない、動きたいのに動けない、と情けない目で申し訳なさそうに見上げてくる彼を、ローザは小さく笑い、心底安堵した風に、ゆっくり、微笑みを浮かべた。