終わりつつある秋の中にあったローレシア王城にて、と或る日の早朝に起こったそんな出来事から暫くが過ぎ、アレンの十八の誕生日も過ぎて、年も変わった。

季節は、疾っくに冬になっていた。

アレンが、『冒険』への旅立ちを果たしたあの日から数えて、約一年振りに戻ったローレシアを発ってよりも、早二ヶ月以上が経ち、再度帰還することとなったの王都を後にした彼と、彼の旅の仲間であるアーサー・ロト・サマルトリアとローザ・ロト・ムーンブルクは、太陽の紋章が隠されていると言う祠を訪れるべく、世界各地の祠巡りに挑もうと、先ずは自由都市リリザへ向かった。

一泊だけ世話になる予定の、あの街の例の宿で夜を過ごし始め、ローザが一足先に湯浴みに立った隙に。

「……アレン。アレン」

それまでは、その夜もとっとと作り上げた『即席巨大寝台』の隅に寝転がりながら、魔道書を読み耽っていたアーサーが、同じく、即席巨大寝台の隅に腰掛けて剣の手入れをしていたアレンへ躙り寄った。

「ん?」

「ふと、思い出したんで。折好くローザもいませんから、ちょー……っと、この間の話の続きをしてみたいなぁ、なんて考えちゃってですね」

「……ローザがいないと出来る、この間の話の続き……って? 何だ?」

「ほら。ペルポイの酒場の、宿屋代わりになってたあそこで、ローザには内緒でした話」

「………………まさか。ぱふぱふの話か……?」

さも、男同士の秘密の話をしよう! な顔拵えて寄って来たアーサーの面と思惑へ、アレンは盛大に顔を顰める。

「はい。…………あの話って、本当です? 本当に、ぱふぱふと言うのは『そういうこと』だと、ローレシアの兵達は言ってたんですか?」

「……うん。そうと聞かされた今となっては、聞かなければ良かったとも、知らなかったとは言え、とんでもない恥を自ら晒すような真似をした、とも思うが、確かに、彼等にはそうやって教えられた」

「そうですか……。あの手の生業は、人類最古のそれ、と言い伝えられているだけのことはありますねぇ……。…………人間って、凄い」

「…………アーサー。呆れてるのか? 感心してるのか? 何方だ? と言うか、自称・司祭なのに、その感想は、正直どうかと思う」

だが、アーサーは、純粋な好奇心に満たされ切った顔で感慨深気な声を洩らし、故にアレンは、眉間に寄らせた皺を深めたけれども、

「でも、それが現実なんですし。アレンも僕も、絶対に耳を塞がなくちゃいけない話でも歳でも無いでしょう?」

ケロリ、と自称・司祭の彼は言った。

「……それは、まあ。そうなんだろう……けども」

「ペルポイでのあの時は、僕も驚いちゃいましたけど、知れたら知れたで、って奴です。第一、アレンだって、女性を知らない訳じゃないでしょ?」

そうしてアーサーは、ケロリとしたまま、間違ってもローザには聞かせられない──正しくは、少なくともアレンは聞かせたくない──話に傾れ込む。

「……………………話題を変えないか、アーサー」

「……いいじゃないですか、たまには。どーせ、アレンだって僕と一緒で、爺やか婆や辺りに、『お年頃になられましたから』……とか何とか言われて、『手解き』をしてくれる女性を寝所に送り込まれた経験持ちだろうと、僕は踏んでるんで」

「…………………………………………頼む。打ち切れ、この話」

「……過度の拒否は、却って肯定に繋がりますよ、アレン。──それは勿論、知っておかなくてはならない事だと判ってますし? そういうのも、王族や貴族の責務の一つで、教育や嗜みの一環ですし? 僕だって、自分の正妃となられた方の前で恥は掻きたくないですし? 不満があった訳でも、納得してない訳でも無いですけど。本当に本当の本音を言えば、味気無いよなー……、と思わなくもなかったんですよねぇ……」

「……味気無い……とは思わなかったが。義務だから、とは思った……ような……」

何とかして話を逸らそうと踏ん張ってはみたが、彼に或る種の爆弾発言をされて、剰え、しみじみとした口調で愚痴めいたものまで垂れられ、アレンもうっかり零してしまい、

「…………アレン。そこまで行ったら、いっそ虚しいですよ……。もう少し、こう……人間味のある発想をしませんか」

話題には乗って貰えたものの、「何だ、それ……」とアーサーは項垂れた。

「虚しい、は言い過ぎだ。相手はそれが務めなのだし、爺やにも婆やにも、彼女達は王族の一員との『それ』を誉れだと思っているから、と言い聞かされた。……そういうものじゃないのか? そもそも、そこに僕の一存が入り込む余地など無い。王太子の身分にあるのだから、至極当然の義務だろう? 跡継ぎが生せなかったら話にならない」

「……………………ローレシアの方々は、少し、君の育て方を間違えてますね……。……じゃあ、訊きますけど。なのに、何でアレンは、こういう話をするのとか恥ずかしがるんです?」

「……それは、だって……。それとこれとは話が別だろう……。おおっぴらにする話じゃないし、やっぱり、その…………。……つ、慎みみたいな……」

「その感覚はあるのに、どうして、アレンは『そう』なんでしょーねー……。ローレシアの方々も、アレン自身も、何処で何を間違えたやら……。…………アレン、男性でしたよね?」

「当たり前だ! 何を馬鹿なことをっっ」

「だぁって。僕に言わせれば、アレンの感覚はおかしいんですもん。多分、僕も何処か変なんでしょうけど、普通、男同士のこの手の話って、下世話に盛り上がるのが相場らしいですから、そっち方面に話進めましょうよ。男同士の友人間の、馬鹿話っぽくていいじゃないですか。憧れたことありません?」

しかし、気を取り直した彼は、求めているのはこういうノリではない! と膝上に乗せたままだった魔道書を傍らに放り出して、益々アレンへ躙り寄り、

「……う、うん…………。憧れと言うか……、きょ、興味は多少……」

目尻をほんのり赤く染め、アレンも、握ったままだった得物を脇に退けて少々背中を丸めた。

「…………それよりも、アーサー? 君曰くの『僕の感覚』とやらは、そんなにおかしいか?」

「あー…………。……まあ、今は一旦、それは忘れましょう。大丈夫です、興味があるなら、充分改善の余地はあります」

「そういうものかな……」

「はい。それに、アレンだって『ちゃんと』、そーゆー気になることはあるんでしょう?」

「………………アーサー……。いきなり、程度が高過ぎる。……じゃなくって! 下世話過ぎるっ!」

「……ですから。アレン、本当に男性です?」

「下世話を下世話と言うだけで、何で、僕の性別に疑惑を持つんだっ。大体、その気がどうのこうのなんて、白状出来る訳無いだろうっ!?」

「あーーーもーーー! で・す・か・ら! 僕がしてみたいのは、もっと突っ込んだ話なんですっ。程度なんか全然高くないです、寧ろ低過ぎます! アレン、主に君の程度が! もう子供でも無いのに何言ってるんですかっっ。それにっ! 医学的見地から見ても、過剰な我慢は体に悪いですっっ! それこそ、世継ぎが出来なくなっちゃいますっっ」

「そういう問題じゃないっっ。子供だろうが大人だろうが、人前で出来る話と出来ない話に差なんかあるかっ! その前に、我慢とか言うな!! はしたないにも程が──

──我慢って? 二人して、何の騒ぎ?」

なのに、さあ、盛り上がるか? と相成ってからも、アレンの所為で話が捩じれて、年頃の男子二名揃ってぎゃあぎゃあ言い始めた真っ直中に、湯浴みから戻って来たローザが、パタリと客室の扉を閉めながらの登場を果たした。

「………………でも……ない」

「……アレン?」

「何でもないっっ。全然、全く、大した話じゃないからっ!」

「え? だけど……。貴方達が言い争いをしているようにも聞こえ──

──違うっ。言い争いでも無いっ。────アーサーっ。僕達も湯浴みに行かないかっ!?」

未だ微かに濡れる髪を無意識に気にしつつ小首を傾げる彼女に声掛けられた途端、ギギギ……と、ぎこちなく振り返ったアレンは瞬く間に蒼白になって、直後には、ポン! と真っ赤な顔になって、アーサーの二の腕引っ掴んで忙しなく立ち上がる。

「はいっ。裸の付き合いしながら、決着付けましょう、アレンっっ!」

アーサーもアーサーで、フンッッ! と勢い良く腰を上げ、

「決着…………? やっぱり、喧嘩?」

「違うっ」

「違いますっ」

益々訝し気になったローザだけを置き去りに、彼等は、ドタバタと客室を出て行った。

「…………揃って、あれだけ大きな声を出せば、何を言い合っているのか廊下まで筒抜けだと、気付いていないのかしら」

敵前逃亡する如くに行ってしまった二人を、呆気に取られつつ見送って、ローザは、やれやれ……、と肩を竦め、

「ロト三国の王太子殿下方でも、殿方って、年相応に馬鹿なのね。能く判ったわ。昔、乳母やも言っていたものね。『殿方の基本は「愚か」です』って」

何処までも呆れ口調で独り言ちた彼女は、アレンとアーサーが散らかしたままの、剣や書物を片付け始めた。

End

後書きに代えて

王族だろうが王子だろうが、アレンもアーサーも、野郎ならではの『お年頃』には変わりない。──と思って、こんな話に挑んでみたものの。

……何だろう。虚しい。書いた私が虚しい……。

──この時期のアレンは未だ、「何よりも己の立場と義務が第一」な、或る意味での自虐君なので、えっちい事柄に関しても、第一優先順位は義務、な可哀想な発想の子。そのくせ、ローレシア王子故の厳重過ぎる箱入り息子な所為で、「何処のオボコだ!?」ってくらい嗜みだの慎みだのを建前にする。興味はあるのに。

一方、アーサーは、立場と義務を重要視しつつも、一個人としてはアレンよりも真っ当な感覚の持ち主。妙な所、妙に悟ってるけど。でも、アレンに同じく、サマルトリア王子故の厳重過ぎる箱入り息子なので、レベルは低い。但し、低いなりに少年らしい興味の持ち合わせもある。

……ま、双方共に、一般的とは言い難いのは確かかな。だから、そんな彼等が猥談(未満)に挑んでみても、こんなことになる。

…………王族って、大変(棒読み)。

──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。