DRAGON QUEST Ⅱ ─ROTO─ 舞台裏

『王族男子の事情』

─旅の空の下編─

長の旅の空の下であろうと、故国ローレシアに戻ろうと、早くから起き出して毎度の鍛錬に勤しむ、と言うアレン・ロト・ローレシアの『毎朝』は変わらない。

だから、久方振りに舞い戻った王城で迎えたその早朝も、彼は、何時も通りの時間に何時も通り起き出して、城内の片隅にある、主にはローレシア兵達の為の訓練所へ向かい、日課に精を出した。

──彼同様、ローレシア正規兵達の朝も、概ね早い。

挙げ句、軍内や国内での地位が高い者達の方が、より早い。因みに、歳だからでは無い。

その所為で、王城内の訓練所の早朝鍛錬は、自主的なそれでしかないにも拘らず、早起きな彼等で騒々しい。

『武』の国は、揃いも揃って『年寄り達』まで武術馬鹿──もとい、武人としての精進に熱心だ。

……そういう訳で、そのような時間から様々な意味で真昼の如くな訓練所にて、見知った顔触れと共に励んだアレンは、コソコソと寄った隅の隅で、額からも前髪からも滴る汗を拭いつつ、ちろっと辺りを見回した。

城を飛び出してから一年弱が経っても変わらなかった、毎度の面子に囲まれての鍛錬中、「そうだ、これは良い機会だ」と思ったから。……が、その理由。

夕べ、父王の自室を訪れた際に何気無く問うたら、爺やにも父王にも頭ごなしに叱られてしまった例の事──そう、『ぱふぱふ』に付いて、誰かから教えを乞える好機だ、と。

…………無知且つ純真無垢と言うのは、斯くも恐ろしい、この世に溢れる罪の一つだ、としか言えない発想である。

とは言え、彼にも学習能力はあるので、「『ぱふぱふ』は、誰彼構わず迂闊に問うと、夕べと同じ憂き目に遭う事柄らしい」とは察せられていたから、流し目で辺りを窺いつつの人選には余念が無かった。

────直ぐそこを占めている老将軍と、幾つになっても矍鑠かくしゃくとしている彼と語らい中の近衛師団長は論外だ。

双方共に堅物だから、恐らく、父上や爺やと同じ反応を見せる。……と思う。

少しばかり離れた所で、部下達の指導に勤しんでいる兵士長も駄目だろう。

話の判る人物だが、下手をすると、爺やの耳に入り兼ねない。

……と、なると。やはり。

「すまない。一寸いいか?」

…………己が傍近くの人々の横顔を眺め、つらつらと考えたアレンは、お歴々達よりは遥かに『砕けていて』、それなりに歳が近く、言葉を交わす機会も多い衛兵数名が作っていた輪に近付いた。

「あ、おはようございます、アレン殿下」

「殿下、何か?」

「実は、内密に教えて欲しい事がある」

「はっ! して、如何な件にございましょうか?」

物陰や人影に隠れるようにし、そっとやって来て、敢えての控え目な声で話し掛けて来た王子殿下に、衛兵達は礼を取りながらも、緊張気味になる。

「…………その。旅の途中でルプガナの街の路地裏に迷い込んでしまった折に──

そんな彼等へ、アレンは、昨夜父王達に語ったあの港町での体験談を一言一句違えず告げて、だから、それは何の事だと父達に問うたら、『謎な説教』を喰らった旨も打ち明けて、

「結局、ぱふぱふとは、何なんだ?」

「……………………殿、下……」

「あーーー……。……何と申しますか、そのー……」

「……本気でお尋ねですか? ……我々に?」

彼が真顔で問い切った瞬間、居合わせた衛兵達は皆、ピシリとした姿勢も敬礼も、ヘニャリ……、と崩し、一斉に、微妙としか言えない表情を拵えた。

敢えて表現するなら、「冗談だよね?」とでも言わんばかりな。

「ああ。本気だが?」

「………………本当に、殿下はご存じないのですか?」

「だから、尋ねている。……もしかして、それに関する知識の欠如は、公にしてはならぬ程の恥なのか? 父上も、十七にもなって、と仰られていたし……。……だが、ルプガナで初めて耳にしたから──

──いえ、そういう訳でも無いんですが」

「では、何だ? ひょっとして、あの地方独特の風習や習慣の類いか? ならば尚、この国の王位継承者たる者が、知らない、で済ませられない」

「……殿下…………。…………でも、そうですよね。殿下は『殿下』であらせられますからね……。────あーーーー、その。誠に……誠に、申し上げ辛いのですがー……」

だが、彼等は直ぐに、余りにも真面目腐ったアレンの様に早々に匙を投げて、「どうにでもなーれー」と、厳重過ぎる箱入りな王子殿下に、コソコソと『ぱふぱふの真実』を耳打ちする。

「……はっ!? え!?」

「でーすーかーらー……。ぱふぱふと言うのはー……──

「…………で、ですね。その手の生業の……がですね──

「で以て。この際なので、ぶっちゃけさせて頂きますが、……──

直後、アレンは首筋まで真っ赤に染め、「ここまでの箱入りは問題かも知れぬし、何でも彼んでも、ローレシア王太子として在る為に必要な事柄に直結させてしまうのも問題」と、咄嗟に思ってしまったらしい衛兵達は、寄って集って、序でに悪ノリして、アレン相手に『要らぬ知識』を吹き込んだ。

「………………………………そ、そうか。……その、引き止めた挙げ句、煩わせて済まなかった。かっ、感謝……する…………」

お陰で、夕べから引き摺っていた『ぱふぱふとは何ぞや?』との素朴な──少なくとも、この直前までは素朴だった疑問は晴れたが、アレンは益々頬染めて、ばつ悪そうに俯きつつ彼等を労うと、取り繕いながらも競歩の如き速さで訓練所より逃げ出す。

「……嫁は遠いな」

「確実に遠いな」

「直ぐ傍にいるのにな、嫁候補」

少しでも気を抜けば何かに蹴躓けつまずくだろうのが手に取れる、蹌踉よろめく足取りで去って行く青い衣装に包まれた背をハラハラしつつ見送って、衛兵達は、『我等が王子殿下』の未来を思い、ちょっぴり黄昏れた。

そのまま彼等が振り仰いだ、秋も終わり始めたローレシアの空は、泣きたくなるくらい晴れていた。

思わず、

「色々諸々、励まれて下さい、殿下……」

……と、彼等は祈ってしまった程に。