DRAGON QUEST Ⅱ ─ROTO─ 舞台裏

『後、僅かだけ』

祝典も、宴も終わり、己達の無事の凱旋を祝いに駆け付けてくれた人々も、それぞれの祖国に帰ってしまったが、それでも、その日、アレン・ロト・ローレシアの気分は晴れやかだった。

この約二年、寝食を共にした親友と、想いを打ち明け合って三日しか経っていない恋人の帰還を見送った直後だから、これっぽっちも寂しくないと言えば嘘になるけれども、アーサー親友ローザ恋人とは近い内の再会を約束したし、この先重ねて行くことになるだろう、ローザとの健全──にするしかない──な逢瀬は、協力を申し出てくれたアーサーのお陰で目処が立ったので、何方かと言えばアレンは気楽な心持ちでいた。

だが、破壊神シドーをも滅ぼした、と言う『おまけ』が付いたハーゴン討伐の長旅から帰って来たばかりの、出来立てほやほやの恋人との遠距離恋愛を余儀無くされた王子殿下を気遣って止まない、当の王子殿下に言わせれば「過保護集団」と相成るローレシア王城の人々は、彼が、冒険の旅に出る以前通りの、公務と鍛錬だけに埋め尽くされた日々に戻るのを許さず、やんわりと、後数日だけでも体を休めた方がいいだろう、と説き伏せ、彼を『ローレシア王太子としての当然』から締め出してしまった。

公務は兎も角、趣味や生き甲斐の域にまで達している感のある鍛錬まで周囲にってたかって止められた所為で、時間を持て余したアレンは、ふらふらと所在無さげに城内を彷徨った後、仕方無く自室に戻り、

「日がな一日、部屋に籠っていろとでも言うのか」

とブツブツ零しながら、ポスン、と部屋の中央に置かれた長椅子に身を投げ出す。

或る意味での自業自得ではあるが、これと言って、鍛錬や武術等にまつわる以外の趣味を持たない、己だけの時間を使うことは存外下手な彼なので、「この仕打ちは、身や心が休まる処か却って気疲れするし、拷問に等しい」と溜息付きつつ天井を仰いでから、アレンは、ふ……、と室内の隅の一角に視線を走らせた。

──テラスにも続く大きな窓辺近くのそこには、彼が帰城した日以来、ロトの武具一式が飾られている。

宰相に命を受け、それはそれは張り切った王室お抱えの武器や防具の職人達が、アレンが内心で、思わず「はあ?」と唸ってしまった程の早さで手入れをし、且つ完璧に磨き上げ、やはり、この上もなく張り切った侍従達が、いそいそと飾った『伝説』が。

武具達自身が認めた主以外は持ち上げることすら困難なあれらを扱うのは、職人達にとっても侍従達にとっても甚く難儀だったろうに。

……確かに、ロトの武具は『ロトの武具』である故に、伝説としか言い様が無いのだろうけれども、現在の持ち主に言わせれば、武具は武具でしかなく、芸術品の如く飾る物では無かろうに、と相成るのだが、『確かな伝説』とは言え、『話に聞くだけ』と、『実際に目に出来る』とでは大違いだし、ローレシア王城の者達にとっては、「伝説の武具は、この世で唯一、我等が王太子殿下のみを認めた」との、鼻高々になれる付加価値も付くので、これ見よがしに飾らずにはいられなかったのだろう。

彼等のその行いは、アレンの意には添わぬことであったし、鎧兜や盾のみならず、行方知れずだった剣までがローレシアに揃ったのを大っぴらに喜ぶ周囲の態度は、彼を、如何とも例え難い境地に蹴り落とすものでしかないが、爺や達の気持ちも汲めてしまう彼は、苦笑しつつも好きなようにさせていた。

二人の偉大な先祖が、ロトの血を、呪い、と断じたことを思えば苦い想いが込み上げるが、それでも、先祖達と共に、そして己達と共に、冒険の旅の一時期を過ごした武具達には、彼も相応の思い入れがあり、大切な品であるのも、又、確かだったから。

「必要以上に恭しく扱われないでくれれば、愚痴も零れないのだけれどなあ」

──だから、僅か小首を傾げてロトの鎧や兜を眺めてから徐に立ち上がったアレンは、『伝説』の前へ歩を進め、ひとちてから、台に掛けられていたロトの剣を取り上げた。

「お休み中の処、失礼致します。アレン殿下、陛下のお成りです」

その直後、部屋の扉が叩かれて、静々と入室して来た女官に父王の来室を告げられ、

「父上が?」

「やはり、部屋におったな、アレン」

こんな昼日中に何の用だ? との彼の訝しみを置き去りに、女官の先触れ通り、宰相を従えたローレシア王がやって来た。

見るからに、うきうきと。

「父上? 御公務は、どう為されたのです」

「まあまあ。そう、堅いことを言うな」

幼子の如く弾んでいるその足取りから、何の為の訪れかは大体予想出来たが、立場上、一応は嗜めをアレンが告げれば、父王は、ヒラヒラといい加減に片手を振って、お堅い息子の言葉も視線も流し、何処までもうきうきとした足取りで、ロトの武具へ一直線に向かって来た。

「のう、アレン」

そうして、息子の傍らでピタリと脚を止めた王は、小さく、されど明らかに乞う風に、アレンの手の中にあるロトの剣を指差す。

「…………又ですか」

「良いではないか、少しくらい。百年振りに姿を現した剣なのだ、幾らでも眺めていたい」

予想に違わず、国王陛下のお成りの理由は『伝説』を愛でる為で、そんな国王陛下の息子は、己を棚に上げ、不敬にも、武術馬鹿とか、武具馬鹿との言葉を脳裏の片隅に擦らせつつも、早く、と責っ付いてくる父王や、笑みだけを浮かべている爺やの顔を見比べてから、ロトの剣を鞘より抜いた。

「……ああ。誠に、何時見ても、こうして手に取っても、惚れ惚れする剣だ。そうは思わぬか、宰相?」

「はい。御意にございます。伝説に相応しい剣かと」

剥き身のロトの剣を手渡された王は、途端、斜め後ろに控える宰相を巻き込んで、嬉しそうにはしゃぎ出す。

…………勇者アレフの直系の孫に当たるだけあって、アレンの父王も、ロトの剣を振る程度は叶う。

が、現世うつしよに生み出された瞬間から伝説として在り続け、長い月日を経る間に臍を曲げるすべすら覚えてしまった曲者な剣を、自力で鞘から抜き去るまでは出来ぬので、彼は、アレンが凱旋を果たした日の夜以来、まるで駄々っ子のように、「ロトの剣を抜いてみせろ、そして一寸貸せ」と、幾度も幾度も息子相手にねだっており、この数日、延々と繰り返されている父王の我が儘と子供の如き姿に、「年甲斐も無く……」と、アレンは再び苦笑した。

けれども、父王のロトの武具への接し方は、不快な想いも複雑な心地も覚えずに済む、甚く純粋な、或る意味では大層可愛らしいとも言えるそれなので、彼は、呆れと諦めと微笑ましさを綯い交ぜにした眼差しを父王の横顔に送り、

「こうして振れはすれども、それ以上は叶わんのが悔しくあるが。致し方ない、か」

有り体に言ってしまえば実に生温い眼差しを、他ならぬ我が子に注がれているのにも気付かず、王は暫しの間、ロトの剣を弄り倒し……、が、己には、『それ以上』はどうにも出来ぬと弁えている故に、少々だけ未練がましい溜息を吐いてから、アレンに剣を戻した。

「色々と、事情を持ってしまった剣でもあるので……」

「不出来な気遣いなどするな。儂には、馬鹿息子に慰められなければならんまでに耄碌した覚えなぞ無い。生意気を言う余裕があるなら、胸を張れ、アレン。其方は、伝説のロトの剣に認められた、唯一の剣士なのだから」

耳元近くで洩らされた父の無念の想いへ、アレンは小さく告げ、途端、何処となく厳しい顔付きになった父王は、息子へやり返す。

「…………はい。……そうですね。申し訳ありません、父上」

そんな父の面も、声音も、幼い頃から敬愛し続けた『父上』そのもので、くれられた言葉はこそばゆく、一度は、はにかむ風に笑んだアレンだったが。

直ぐに、彼は深く面を伏せた。

……不意に、思い出してしまったのだ。

あの日、乗り込んだ邪教の神殿で、あの大神官が生み出した幻影の世界の中、父王に扮した魔物を、確かに己が父と信じて討とうとしてしまった刹那を。

冒険の旅に発ったあの頃と変わらず、武人としての誇りと、ローレシア国王としての挟持と、人の親としての深い懐を持ち合わせる大切な大切な父と、抱え持っていた全てを捨て去り、遊興と怠惰に耽って、救いようが無いまでに堕ちていた偽りの父の姿とが重なった為に。

…………そうして、偽りを偽りと見抜けず、本物と思い込んで、決してしてはならない決意を固め、絶対に向けてはならぬ相手に剣を向け、父殺しと言う大罪を犯し掛けた、あの際の己の愚かさをも思い出してしまった彼は、ガシャリと音立ててロトの剣を手より零し、酷く顔を歪めながら左手で上着の胸許を握り締めて、右手で口許を押さえた。