アレンの予想に反し、彼の目覚めより少々ののち、ローレシア王城では、王太子殿下の体調不良を巡る騒ぎが起きた。

大抵は誰に起こされずとも自ら起床するアレンが、常より半刻以上過ぎても姿見せぬのを不審に思った女官長と、今日も朝から予定が詰まっているのにと、やきもきしながら押し掛けた宰相とが、揃い踏みして彼の寝所の扉を開け放った時、彼は未だ、寝台の中で頭を抱えつつ呻いており、その様より、爺やも婆やも、「もしや、酒を過ごされたか」と見た目通りの想像をして、早速の説教を喰らわそうと眦吊り上げ掛けたが。

続きの間の卓に置かれたままだった、偉大な先祖達への供物、と言いながらアレンが支度した葡萄酒の封は一つも切られておらず、酒以外を飲食した形跡すら無かったので、二人は、彼が病を患ったのでは、と疑ってしまった。

その為、焦った彼等は、侍医を呼べだの、お薬のお支度をだのと騒ぎ立て、侍従や女官達も慌て出し、あっと言う間に王城中を、「アレン殿下が病に倒れられた!」と尾鰭の付いた噂が走り抜けて、終いには、父王や母妃までが息子の寝所に素っ飛んで来た。

言うまでも無く、アレンのそれは、先祖達の無茶振りが発端な只の二日酔いなのだけれども、内心で、「僕が飲まされたのは、本当に、一体何だったんだ?」と深く悩みつつ、彼が、

「少し頭が痛いだけだから」

と言い張っても、誰一人、酒臭くも無い彼の訴えを信じず、侍医達すら、頭痛を軽んじると後が怖いと厳戒態勢を取ってしまって、以降、周囲からお許しが出るまで、アレンは、健康そのものにも拘らず、寝た切りの日々を送る羽目になり。……挙げ句。

当人は全く以って納得出来ぬ成り行きで、アレンが、寝台に縛り付けられている如くな毎日を過ごしていた間、ローレシア王城では、もう一つ、騒動が秘かに起きていた。

それが何かと言えば、『幽霊騒ぎ』。

彼が病に倒れた──と周囲が勝手に思い込んだ日より、王太子殿下の自室前に亡霊が出る、との噂が蔓延したのだ。

或る者には極々微かに、或る者には透ける影の如くに視え、人々の目の端を掠めては掻き消えるそれは、瓜二つと言えるまでアレンに能く似ていて、故に人々は、「噂のあれは、初代様なのでは」とか、「いや、勇者ロトかも」とも言い合い出し、やがて。

今になって、しかも、アレン殿下のお部屋の前にだけ、伝説の勇者達としか思えぬ亡霊が出没するのは何故か、と深く悩んだ。

…………そうなったが最後、噂話と言う奴には、とんでもない尾鰭が付くもので、尾鰭塗れの噂が生む推測も、始めの内は、「初代様かロト様が、何かを嘆いているのでは」程度だったのに、次第に、「伝説の勇者達は、アレン様の今のお姿にお心を痛めておられるのでは」となって、最終的には王城の誰しもが、少し前に王都で起こった『例の騒ぎ』と、アレンが倒れた理由と、幽霊騒ぎを結び付け、「全て、ラダトームの所為なんじゃ?」と決め付けてしまった。

────結果。

少なくとも、寝た切りにさせられているアレンの今と、不意の幽霊騒ぎに関してラダトームに非は無く、濡れ衣もいい処なのに、揃いも揃って暑苦しく、単刀直入で、直ぐに燃え盛る質をしている──言い換えれば、単純、とも言える──ローレシア王城の面々は、『幽霊騒ぎを起こした何処かの誰かさん達』の思惑通り、

「おのれ、ラダトーム……!!」

と頭を沸騰させた。

漸く、普段通りの生活に戻っても良い、との許しを侍医達より貰え、思う存分体を動かせる喜びに浸れたその日の朝から、アレンは、侍従達からも女官達からも爺や達からも、『噂話』を聞かされた。

にこにこ顔の彼等がした噂はラダトームに関するもので、寄って集って語られたそれを己の中で咀嚼し直した彼は、「え…………」と青褪める。

────『何処かの誰かさん達』に操られ、「おのれ、ラダトーム……!!」と憤りはしたものの、ローレシア王城の者達には様々な意味での分別があり、一応は自制心も備わっているので、本音では『大好きな一刀両断』に踏み切りたいのをグッと堪え、示し合わせた訳でも無いのに、一同揃って、ラダトーム相手に濡れ衣を着せてしまった直後から、目には目を、とばかりに王都中に或る噂を撒き散らした。

噂、と言っても、良くも悪くも一直線な性根の者達が多い彼等が流したそれは、

「最近、アレンの自室前に、伝説の勇者達の霊が出る。甚く心痛そうで、が、恨めしそうでもある。きっと、伝説の勇者達は、例の騒ぎが齎した心労に倒れたアレンを想って嘆き悲しみ、騒ぎの首謀だろうラダトームを恨んでいるのだ」

と言う、『彼等にとっての真実』で、そんな、これっぽっちも真実で無い真実は疾風の如く王都中に知れ渡り、めっきり増えた旅人達や他国の商人達の耳にも届いて、異国人達と共に噂話をも積み込んだ定期船や外洋船は、ラダトーム王国を含む方々の国に散り、現在、の王都では、『伝説の勇者達の祟り』の噂で持ち切りらしく。

「敢えて何処とは言わんが、あちらでは、ロト様と爺様の恨みを買ってしまったと、恐れ慄いているとか、いないとか。……これで、些少なりとも胸が好く。そう思わんか? アレン」

とこを離れたばかりな息子の様子見に来た父王にまで、四方八方から聞かされ続けている話をされたアレンは、

「え……。……あ、ええ。そう……ですね…………」

対面の椅子を占めた父王へ、引き攣り笑いで答えた。

枕の下に突っ込んだ手鏡相手に愚痴零す以外は何も出来ず、このままでは本当に病を得る……、と真剣に悩んだ毎日を送らされている間に、アレク様とアレフ様が仕出かした……、と盛大な眩暈を覚えつつ。

「アレン、どうした? 未だ具合が悪いのではないか?」

「いえ、そうではありません。ここ暫く体も起こせなかったので、姿勢が揺らいだだけです。お気遣い、有り難うございます、父上」

真面目に捉えても馬鹿馬鹿しく捉えても、あんまり過ぎる事と次第に覚えさせられた眩暈を堪えていたら、父に案じられてしまい、取り繕いながらも、「僕は、理解の範疇を超えたこの事態を嘆くことも、呆れることすら許されないのか?」と、益々酷くなった眩暈と戦いつつ何とか父王の相手を務め、病み上がりの息子を慮って早目に退室した父を見送った直後。

この間のように、又、上着に仕舞い込んだアレが暖かくなって、ガッ! とそこに手を突っ込んだアレンは、握り潰さん勢いで手鏡を取り出す。

上等の布袋から引き摺り出したアレの鏡面には、常以上に笑顔全開なアレクとアレフの姿が映り、

「アレク様! アレフ様! もう御容赦下さいと、願ったではないですかっ!」

勢いに任せ、彼は、ギィィィ! と先祖達を睨んだが。

アレクとアレフは、ニヤ……と瞳を細め、可愛い可愛い子孫に、あ、と思う間も与えず、毎度の場所に毎度の力技でアレンを引き摺り込んだ。

「僕からお二人へのたっての願いです! お二人共、他人ひとの迷惑顧みて下さいっ!!」

それでも、アレンは屈せず、彼等へ怒鳴り声で訴えたのに。

「……まあまあ。アレン、落ち着いて。──それよりも、楽しい話に付き合わないか? ラダトームへの嫌がらせ第二弾、思い付いたんだー」

「本当に祟るでなく、イビり倒すでもなく、嫌がらせにまで程度を落としているのだから、安心しなさい」

彼は微塵も安心出来ぬ、自分達だけが楽しい企み話に、アレクとアレフは、アレンを巻き込み始めた。

End

後書きに代えて

ちょっぴりだけ抜け出しつつあるとは言え、未だ『新作書きたくない病』な現在(2018年08月)なのに、この話を書こうと思ったのは、偏に、猛烈、微笑ましくわちゃわちゃしている先祖達と子孫が書きたくなったから。

これっぽっちも微笑ましくないけれど。

尚、今回先祖達は──特にアレフは、私に化けの皮を剥がされ、本性が出て来た。正しくは、若い頃はかなり口が悪く、その所為で、心底から怒り狂うと昔に戻っちゃう、という癖がある人。

アレクもアレクで、勇気と正義感のみに溢れる真っ白な勇者様では無く。冒険の旅に出るまでは、良くも悪くも真っ向勝負に少年だった人なのもあって、当人の弁通り、お上品では無い。

んで以って、ラダトーム王家の皆様、御免なさい。私個人は何ら恨みは無いけれど、アレクとアレフには思う処があるので御勘弁下さい。

アレンも、巻き込んで御免。でも、大体がご先祖様達の所為。……だと思う。多分。

──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。