そんなアレクの口振りと慣れ切った態度から、「もしかして、これがアレフ様の──曾お祖父様の『素』なのか……?」と、より一層、アレンが驚愕するも。

「祟って済むなら、それに越したこたぁ無いけどな。でもなぁ、アレフ。流石に、祟るのは拙くねえか? 天の国のローラが嘆くぞ?」

慄きっ放しの子孫も顧みず、アレクも更に柄悪くなって、自身の膝に荒っぽく頬杖を付いた。

「それは、まあ。天上のローラを嘆かせるのは、本意ではありませんが。少しばかり彼女を泣かせたとしても、思い知らせてやるべきかと。──大体。ローラの代わりに、オレの我が儘舅の後を継いだ馬鹿王以降も、連中は、傍系とは言え彼女と同じ血を持っている筈なのに。……何なんだ、ラダトーム王家のド阿呆共め。無様にも程がありやがる。あいつらの存在自体が、オレのローラを嘆かせてるに決まってる」

そんなアレクへ体毎向き直って、アレフは、益々据わった目になる。

あ、一応、アレク様に対してだけは、丁寧な口調に戻るんだな、と妙な感慨を覚えたアレンを、何処までも置き去りにしたまま。

「……言えてるかも。────俺はさぁ、ラダトーム王家に個人的な恨みは無いけど。『上』から落っこちて来た俺達捕まえて、空の彼方の異世界人がどうのこうの、目一杯余所者見る目付きで眺めながら、バラモスを倒した程度で……なんて鼻で笑ったくせに、大魔王ゾーマがー、とか、この世界には朝が来なくてー、とか、これ見よがしに嘆いて厄介事だけ押し付けた、あそこの当時の連中には、今でも文句言いたくはあるんだよなー。但、ガチで『上』から『下』に落っこちた父さんの面倒見て貰った恩はあるから、その分くらいは大目に見てやらなくもない」

「…………何百年も前から、碌でもねぇな、ラダトーム王家。代々、馬鹿しか生まれねぇのか、あそこは。ローラは別として。──いや、そんなことよりも。アレン達の話に戻しましょう、アレク」

「……散々、話逸らしてんのは、そっちだからな? アレフ」

「そこは、どうでもいいです」

「そんな、酷い」

「で・す・か・ら。どうでもいい、と言っています。……兎に角。ラダトームをイビり倒す算段を付けませんか。その為に、アレンまで引き摺り込んだんですから」

「……あ、そうだった。それが最優先事項だった」

その後も、盛大にラダトーム王家を罵倒したアレクとアレフは、一周回ったらしい話が元に戻った処で、一斉に、ダン! と何も無いそこの地面へ、勢い良くグラスを叩き付けた。

「ああああ、あの……っ。アレク様、アレフ様……」

只管に、帯びた凶悪で極悪な雰囲気や表情を深めていく先祖達をオロオロと見比べ、このまま放っておいたら、とんでもない事になるかも知れないと、アレンは何とか口を挟む。

「ん? ……あ、算段の前に、言い訳しとくな。アレンも知っての通り、アレフは孤児として育ったろう? その所為か、怒り狂うと、中身が若かった頃に戻っちゃって、口まで悪くなるんだ。……まー、俺も、アレフのことは言えないけどね。俺だって、お上品とは無縁だったからさ」

「済まなかったな、アレン。驚かせてしまったようだ。……念の為に言うが、お前は決して、先程の私のような言葉を使ってはいけない。──死んでも直らなかった悪癖との自覚はあるんだが、こればかりは、私自身にもどうにもならない。それに、私は竜王討伐に出た事情が事情だったから、未だに、ラダトーム王家に対して思う処があって、あそこが絡むと、少々激昂しがちで……」

「でも、ローラと結ばれてからは、妥協するようにしたんだろう?」

「ええ、一応。彼女の前でだけは。今尚、諸々を恨めしく思っていますがね」

「あー、気持ちは能く判る。昔、アレフの後ろにベッタリ張り付いてた頃、俺だって、俺の可愛い可愛い子孫に何してくれやがる、って思ったもんなー。…………やっぱ、祟るか?」

「祟っておきますか? 当時の恨みを晴らす意味も込めて──

──アレク様! アレフ様! あのですね!!」

けれども、一旦はお怒りを鎮めた先祖達は、性懲りも無く、の国への文句垂れを再開し掛けたので、拙い! とアレンは声を張り上げ、

「アレン?」

「どうした?」

「お願い致しますっ。お二人共、もう御容赦下さいっ」

何だ? と揃って顔向けて来たアレクとアレフの間に身を投げ出した彼は、ヒシッッ!! と二人に抱き付く。

……そりゃあもう、兎に角必死だった。形振なりふりも、遠く放り投げた。

後ほんの少しで完全に立ち消えるだろう処まで下火になった、思い出したくも無い例の誹謗中傷騒動とは、すっぱり縁を切りたかったし。ラダトームに対する私怨もたっぷりな、お怒り中の先祖達が授けてくるイビり手段など、どう考えても酷いものだろうとの想像は容易だったし。アレクとアレフの言うが儘にして、藪蛇と化したら目も当てられない。

然りとて、極普通に宥めただけでは、傍迷惑な先祖達は怒りの矛を収めてくれぬだろうから、その刹那、アレンは、『孫を甘やかしたくて仕方無い年寄りを手玉に取るお子様』に成り切った。

彼の本能が、そうしろと叫んだ。事を穏便に済ませたくば、『お爺ちゃん達を誑かせ』、と。

「だが……、それでは、我々の腹の虫が収まらない」

「そうそう。それに、詰まんないし」

「詰まる詰まらぬでは無──。……あー、その。僕としましては、お二人のお気持ちだけで充分です。恐らく、アーサーとローザも同じ事を言う筈です。それに、本音を申しますと、もう、あの騒ぎは忘れたいですし、ラダトームとも必要以上に関わりたくないのです。……それでは、いけませんか……? お二人が抱えておられる、曾お祖母様の御生家に対する憤悶は、僕が幾らでもお聞き致しますから。彼の国とは、きちんと渡り合ってみせるとお約束しますから」

抱き付き序でに縋り付き、グリグリと額を押し付けもして、止め、とばかりに、彼が、酒の所為で潤む瞳での上目遣いも呉れれば、

「……アレフ。ローレシアは、この子の育て方、根本的に間違えてないかな?」

「根本的且つ大幅に誤った気がしますが、可愛過ぎる曾孫に免じて、不問に処します」

アレクもアレフも、動きを止め、ピキッと固まる。

「アレク様……? アレフ様……?」

「…………。……どうしますか、アレク」

「んーー……。ま、仕方無いか。例の件、アレン達が当事者だしね」

故に、最後の一押し! とアレンは、二人の背をそれぞれ覆うマントを、ぎゅーーっと握り締め、渋々ながら、先祖達は子孫の言い分に頷いた。

「有り難うございます、お二方」

だから、アレンは腹の底のみで、「お二人を誑かせた……!」と力みつつ、面には爽やか笑顔を浮かべたけれども。

「礼なんか言わなくていいよ。その代わり、約束通り、俺達の愚痴に付き合ってくれるかい?」

「そうだな。私怨混じりの我を通そうとした私達がいけない。──さあ、飲み直そう」

アレクとアレフは、やはり腹の底のみで、「アレン、甘い。そんなんで、君の、お前の、ご先祖様達が黙ると思うなよ?」とほくそ笑みながら、子孫の頭を掻い繰り撫で回しつつ、存分にアレンを文句垂れに付き合わせ、酔い潰れるまで玩具代わりに弄り倒した。

厄介この上無い先祖達に散々飲まされ、眠り込んでしまったのに、目覚めた時、アレンは何故か、自室の寝台の中にいた。

「一体、どうやって……。…………まあ、問うだけ無駄か。それにしても頭が痛い……。本物の酒だったかどうかも判らないのに……」

耳許で銅鑼か何かを打ち鳴らされているみたいにガンガンと鳴る頭を抱え、うあー……、と呻きながら直ぐそこの大きな窓へ目線を移せば、疾うに夜明けは過ぎていると知れ、寝過ごした、と気付いた彼は起き上がろうとしたが、身を擡げる途中で頭痛に負け、敷布に轟沈する。

「痛い……。起きられない……。爺やにも婆やにも説教される……。アレク様とアレフ様の所為で二日酔いになった、なんて、アーサーとローザ以外信じてくれないのに……」

そのまま彼は、間も無く訪れるだろう己が未来を嘆き、ブツブツと零したものの、

「……まあ、いいか……。勘弁してくれと喚きたくなったまで愚痴に付き合ったから、お二人も、多少は溜飲が下がっただろうし。僕も、これ以上の迷惑を被らないで済む。多分……」

きっと、昨夜の出来事に絡む全ては何とかなった筈、と薄い笑みを浮かべた────のだったが。