世界唯一となった飛空挺、ファルコンの一室で、エドガーは、一人、大量の書類と向き合っていた。
国王である、エドガーが長旅に出てからというもの、代理で済むような書類は、大臣やら、家臣やらが片付けてくれてはいたが、
それにも限度というものがあり、先日、フィガロ城を訪れた際、満面の笑みを称えた神官長、
すなわち、ばあやに手渡されてしまったものである。
元々、エドガーは、デスクワークはあまり得意ではない。
城にいた頃には、しょっちゅう執務室を抜け出しては、大嫌いな説教を食らっていた。
今回も、本来ならば、抜け出したくてしょうがない処ではあるのだが、窓の外は限りなく雲海が広がり、
唯一の脱出口であるドアの外には、マッシュが見張りと称して張り付いている。
最初の内は、部屋の中で見張ると言っていたのだが、
「気が散る」
と言って、どうにかそれは免れた。
覚悟を決めて、一枚一枚の書類に目を通し、時には、サインをし、時にはチェックを入れ、
たまに、ティナの煎れてくれた紅茶に手を伸ばしたりしながら、大人しく仕事に勤しんでいた。
だが、そろそろ限界も近い。
頭の中は、必死で逃げ道やら、言い訳を考え始めている。
「どうやってここから逃げ出そう」
思考回路の大部分を、その考えに支配されつつ、それでも、漸く、半分程片付いた頃だろうか。
ドアが開く気配がした。
マッシュの
「頼むから、兄貴の邪魔しないでくれよ」
と言う声が聞こえた。
二人の日常
音も無く入ってきたのは、いつもの漆黒のコートを脱ぎ、ラフにタンクトップを羽織り、
長い銀の髪を一つに括り、スパナを片手にしたセッツァーだった。
エドガーは、それをチラリと視界に入れたが、すぐに書類に視線を戻す。
エドガーも、セッツァーも、何も言わずに、しばしの時が過ぎる。
「何の用だ?」
ただでさえ、イライラしていたエドガーは、不機嫌を隠す事無くセッツァーにつっかかった。
「いや〜、そうやって、黙って仕事してると、ちゃんと王様みたいだな〜、と思ってさ」
スパナで自分の肩を叩きながら、セッツァーがシレっと答えた。
「そりゃどーも」
答えるエドガーの視線が、セッツァーに向けられる事はない。
「お前、絶対しゃべらねぇ方が王様らしいって」
セッツァーはニヤニヤいながら、壁にもたれて胸ポケットからタバコを取り出し、火を点けた。
「それはあるかもな」
エドガーは皮肉を込めた笑みを浮かべてから、一つ伸びをして、セッツァーに右手を差し出した。
その意味が解らなくて、セッツァーは、紫煙を吐き出しながら
「その手はどーゆー意味だ?」
と首を傾げた。
「一本よこせ」
エドガーの長い指は、セッツァーのタバコを指さしている。
「あら、王様、タバコなんてお吸いなさるの?」
セッツァーは、大袈裟に驚きのポーズを取りつつも、エドガーにタバコの入った箱を放ってやる。
「敬語がなってないぞ、ギャンブラー?」
言いながら、エドガーは、飛んで来たタバコの箱を受け止めた。
タバコを取り出し、咥えるまでのエドガーの仕草が、妙に慣れていて、セッツァーは
「よく吸うのか?」
と訊ねた。
「一日3本までと決めてるけどね」
マッチを探して、ポケットを探りながら、エドガーが答える。
「なら自分の持ってるのか。そっち吸えよな」
セッツァーが、呆れたようにぼやく。
「さっき、本日3本目のタバコを吸ってしまったからな」
答えるエドガーは、まだマッチを探してポケットを探っている。
「他人のタバコならいいのかよ」
見かねたセッツァーが、自分の咥えたタバコをエドガーに近づける。
「悪いな」
言いながらも、少しも悪びれた様子もなく、エドガーは当たり前の様にセッツァーのタバコの先端から火を譲り受けた。
「陛下の喫煙癖は、あの大臣とか、神官長は知ってるのか?」
セッツァーは、素朴な疑問を口にする。
「いや、他に人がいる時には吸わないからね。何かとうるさいし。灰の処理にも気ぃ使うんだぜ?」
ポケットから、携帯灰皿を取り出して、エドガーは悪戯っぽく笑った。
「この不良国王が」
と言って、セッツァーは肩を竦めた。
「で、結局何しに来たんだ?セッツァー。仕事の邪魔か?」
「おぅ、最近、ご無沙汰で溜まって来たから、一発やらせろ」
そういうセッツァーの顔は、大真面目である。
「・・・一回、死ぬか?」
そう答えるエドガーの、口元は笑っているが、目は笑っていない上、
どこから取り出したのか、手元にはオートボーガンが握られている。
セッツァーは、黙って両手を挙げて、降参のポーズを取った。
「解ればよろしい」
エドガーは、すっとオートボーガンを『どこか』にしまった。
「エンジンから妙な音がするんだわ」
タバコを灰皿に押し付けながら、唐突にセッツァーが言った。
「で?俺に見に来いと?」
口調に反して、エドガーは、心なしか嬉しそうである。
「ま、そういうこったな」
セッツァーが、二ヤリと笑った。
「わかった。行こう」
エドガーは、同じくタバコを灰皿に押し付けて立ち上がった。
先に扉を開け、部屋を出たセッツァーに続いて、部屋を出ようとしたところで、律儀にも見張りを続けていたマッシュに出くわしてしまった。
「あ、兄貴、何処行くんだよ?全部書類終わったのか?俺、じいやとばあやに煩く言われてるんだから・・・」
あ、やべぇ、と、エドガーは、ペロリと舌を出した。
「この機械マニアの王様に、妙な音のするエンジンをメンテナンスして戴きたいんですが、許可戴けます?弟殿下」
助け船を出したのはセッツァーだった。
「なんせ、このファルコンが落ちたら困りますんでね」
存分に皮肉を込めた口調でいいながら、セッツァーは二ヤリと会心の笑みを見せる。
う・・・と、言葉に詰まってしまうマッシュ。
「早く戻ってきてくれよ」
結局、折れてしまうのであった。
「ああ。なるべく早く戻るよ」
そう言って、マッシュの肩を叩くエドガーではあるが、心の中では、ペロリと舌を出しているに違いない。
それがわかってしまうマッシュは、大きなため息を吐かずにはいられないのだった。
「相変わらず、真面目だね、お前の弟は」
ファルコンの廊下を歩きながら、セッツァーが呟いた。
「ああ、兄貴と違ってね」
エドガーが肩を竦めた。
「お前さんも充分真面目なんでないの?俺と比べたらな」
「ギャンブラーと一緒にされるたぁ、俺も落ちたな」
「ぁん?」
そう言う二人は、言葉の内容に反して楽しそうである。
「で、セッツァー、エンジン音の原因に心当たりはあるのか?」
エンジンルームの扉に手をかけたセッツァーに、エドガーが問う。
「ああ、大方、埃でもたまってるんだろ?」
あっさりと、セッツァーが返した。
「・・・それって、俺が出るまでもないんじゃないのか?」
エドガーが、眉をひそめる。
「おぅ。別に俺一人でもどうにでもなるぜ?」
そう言うセッツァーは、あっけらかんとしている。
「これ、『貸し』だからな。デスクワークが大嫌いな不良陛下」
セッツァーが二ヤリと笑った瞬間、ふいに、胸倉を掴まれ、そのまま唇を塞がれた。
思ったよりも、長い、濃厚なキス。
「これで貸し借り無しな」
言いながら、エドガーは、口を拭っている。
「うわ、安っ。しかも、自分からチューしてきて、口を拭うってのはどうなのよ?」
「うるさい」
「ま、確かに『お前から』ってのは、貴重ではあるが、これじゃ足りないな」
言いながら、セッツァーは、エドガーの腰に手を回す。
「・・・調子に乗るな」
その後、結局、というか、案の定というか、いつまで経っても帰って来ない兄と、その悪友のギャンブラーを
待ちきれずに扉の前でフテ寝てしまったマッシュが目撃され
他のメンバーが、そろって同情の視線をマッシュに向けながら、大きなため息を吐いたのだった。