帝国のおかげで商売上がったり。そんなむしゃくしゃしている頃に知り合った妙な四人。
ちょっとお調子者のどろぼうに真面目を絵に描いたような筋肉男。外見はとびっきりの美女なのに色気のない元帝国将軍。そして驚いたのはフィガロ国王。
王様自らリターナーとやらに参加して、打倒帝国の旅に出るとは風変わりな王様だと思った。
しかし俺を驚かせたのはそれだけではない。自慢のブラックジャック号を彼らに一通り案内したのだが、何とそのフィガロ王はどの部屋よりもエンジンのある機械室に興味をもった。
身なりは派手ではないがなかなかの身だしなみをしており、見事な金色の髪は絹の青いリボンで束ね、腰に下げている剣や装飾には趣味の良い宝石を着けていた。そしてなによりも、はっと人の目を引く美しい容姿と気品が王者たる雰囲気を醸し出していた。
だがそんな王様は、話してみるとなかなかの人懐っこい性格だ。殊更機械室には興味を持ったらしく、俺は会ったその日に自慢のエンジンルームで彼と話し込んだ。
翌朝ベクタから少し離れたところに着陸させた俺は、少し早いと思いながらも客室の方へ足を運んだ。
一番手前の部屋は元帝国の女将軍。俺はその部屋のドアをノックしようとしたがやめた。色気のない女とは言え一応、女だ。叩き起こすのは失礼かとも思った。
隣のどろぼうの部屋のドアをノックしたが、予想通り返事はない。次に筋肉男の部屋のドアをノックしたがこちらも返事がなかった。
最後に王様の部屋。“王様”なだけに、とりあえず静かにドアをノックした。ややあってドアが開いたが出てきたのは何と筋肉男!
「やぁ、セッツァー! 早いな。あっと、もう少し待っててくれよ」
そう言った筋肉男はパタンと扉を閉じて中へ消えて行った。
暫くして筋肉男は扉を開けると、
「あ、何か用だった? 兄貴なら支度できたから、もう入っていいぜ」
そう言って部屋を後にした。
それから彼等と旅を続け、機械好きな王様、いやエドガーとはよく二人きりで親しく話すようになった。
そしてある事に気付いた。
エドガーは身だしなみにはかなり気遣い、決して仲間の前で砕けた格好など見せた事がなかった。
どろぼう…のロックを筆頭にむさ苦しい男達は勿論の事、女としてあまり自覚がないとは言え、セリスやティナ達でも寝癖のついた髪を曝け出したまま早朝を迎える事も多々あった。
だが、エドガーに限ってそれはない。俺と同じ長さほどの金の髪は二つのシルクの青いリボンで、いつもきちんと束ねられていた。
次の目的地までの飛行中の中間達と明朝まで語らった日でも、いつも翌朝は、皆よりも早くに“整った王様の姿”で現れていた。
ある日の夕食後。
エドガーはいつものように“王様の仕事”とやらを片付けるため早々と席を立った。何でも旅を続けながらも伝書鳥等を使いながらやり取りしているらしい。それなら何も王様自ら旅に出なくとも…とはつくづく思ったのではあるが。
ロックとセリスは買い出し。ティナは後片付け。子供達は甲板で走りまわって遊び、おやじ達も町へと出かけて行った。
珍しくマッシュと二人きりになった。エドガーとは双子の兄弟とはいえ、マッシュとは殆ど話した事はないし、あまり趣味も合わなさそうだ。
「お前、いつもエドガーの支度手伝ってやってるのか?」
俺は煙草に火をつけながら何気にエドガーの事を聞いてみた。俺の意外な質問に驚いたのか、マッシュは素っ頓狂な顔を向けた。
「支度って、髪結んでやってやるだけだよ」
「何で?」
そんなもん自分でやればいいじゃねぇか…と言おうとしたが言葉を呑んだ。
「何でって……一人で城を出てきて、不自由だろうと思って」
そう言ったマッシュに俺はほんの少し首を傾げた。
「……エドガーは、へんてこな機械造ったりしてるから手先は器用だろう?」
「機械造るのは兄貴の趣味だから…。でも、それとは別だよ。髪は女官がやってくれるし着替えだって家臣が手伝ってくれる。
俺も10年前、一人きりで城を出た時は慣れなくて色々と大変だったんだ……」
「だったらセリスとかにやらせればいいんじゃねぇの?」
「ダメだ!!」
突然マッシュは声を上げた。
「フィガロでは王の金の髪は砂漠の太陽の象徴で、水を象徴する青は神聖なもの。長い金の髪を青いリボンで束ねるのは王の装いと決まってるんだ。そんな神聖な髪をセリスとかなんかにむやみに触らせられないぜ!」
「ふーん……。王様ってのは大変なんだな」
俺は肩を竦めた。
「自由に空を駆け巡る俺には耐えられねぇな。そんな窮屈な生活……」
「だな……」
マッシュは先ほどとは打って変わって声を落とし、ほんの少し首を傾げ俺から視線を逸らした。
「自由を強く望んで俺は城を出た。だが兄貴は……」
俺は煙草の火を消して、手近にあるグラスを取り、ワインを一口飲んだ。
「エドガーは……実は窮屈な生活のが好きなんじゃねぇのか? 仕事も好きそうだしなぁ。王様職が板についてるって感じだぜ」
我ながらの変なフォローだ。
「兄貴も漸く痺れきらせて帝国のせいで長旅に出る事になったが、今の兄貴はとても楽しそうだ」
マッシュは自分の事のように蒼い瞳を輝かせた。
「兄貴思いなんだな、お前! ま、ケフカの奴を倒して無事帰還した後、フィガロの王様がたまに、各国の偵察を兼ねて空の旅をしたいって言ったなら、連れて行ってやってもいいがな!」
マッシュは瞬時、訝しげな瞳を投げかけたが、“俺の遠まわしの気遣い”を受けとめてくれたようだった。
「そっか! それは兄貴喜ぶぜ! この旅に出て、いい友に出会えたんだな…兄貴は!」
とマッシュはいつもの明朗さを取り戻し、笑顔でそう言った。
……友か……
仲間を探す旅を続けるうちに何時の間にかエドガーと時折、体を重ねあうようになっていた。
だが……。
目覚めると俺の横にはエドガーはいなかった。そして朝食の時間には、いつものように“整った王様の姿”でマッシュと現れるのであった。
どうしてそうなったのかはわからないが……。
いつもより少々多めの酒を酌み交わし、いつもより饒舌にお互いの事を話し合った夜だった。
その日は俺の部屋で飲んでいた。お気に入りの長椅子に横並びに座って飲み、語り合っていた。
エドガーの白磁のような頬がほんのり桃色となり、きりっと整った唇が桜色に染まっていた。
俺は突然その桜色の唇を味わいたくなった!
ゆっくりと隣にいるエドガーの肩を引き寄せ顔を近付けた。エドガーは俺が肩に手をかけた刹那、ほんの少し力を入れたが意外にも俺の顔を近付けても動じなかった。
ゆっくりと瞼を閉じたエドガー。金の長い睫がとても綺麗だった。俺はそっと桜色の唇を味わった。
その日、俺達は仲間であるにもかかわらず、そして……何よりも男同士でという背徳な行為を交わした。
その日から長い旅の合間に俺とエドガーは時折体を重ねあうようになっていた。
だが……。
目覚めると“いつも”俺の横にエドガーはいなかったのだ。
今になって思えばマッシュの言った事に思い当たる節が何度もあった。青い絹のリボンできっちりと結わえたエドガーの髪。俺はそのリボンに手をかけようとすると、とてもいやがっていた。俺にいくら体を許そうとも、“髪”にだけは自由に触れさせてはくれなかったのだ。
ふと俺の脳裏に不安が過った。
エドガーにとっては成り行き“そう”なった俺とは長い苛酷な旅に、ほんの少しの安らぎ、つまり王様にとっての“風変わりなお遊び”なのだろうか。
俺は掌で弄んでいた2個のダイスを握り締め、微かに口端を上げた。
エドガーとより一層仲睦まじくなってからだ。思えばいつも彼の方から俺の部屋へ訪ねてきていた。
俺の部屋で酒を飲み語り、体を重ね合い、そして……彼は自分の部屋へと早々に戻って行くのであった。
だがその日、俺はとても早くに彼の部屋を訪れた。がれきの塔に行く前夜だ。
小さな木の机でエドガーは縁なしの眼鏡をかけ、少々眉間に皺を寄せて書類に目を通していた。
夕食前に俺が訪ねてきたことに、一瞬エドガーは驚いた様子だった。
「セッツ! こんな時間にどうしたのだ?」
俺はエドガーの前に立つと、彼の美しい顔には“もったいない”眼鏡を取上げた。
「なぁ、エドガー……。明日は、とうとうあの悪の根源のケフカを倒しに行くんだぜ」
「うん。覚悟はできているよ」
「あのな……最悪……言いたかねぇけど……皆……」
「………死ぬかもしれない……」
エドガーは微かに俺から視線を逸らしてそう言った。
「お前!!」
俺は驚いた。フィガロ王として、いや一国の主としてではなく、世界を平和に導くために、王様自ら危険な旅をしているエドガー。それだけに彼が死ぬ覚悟ができていたことに堪えられない俺である。
「……エドガー! お、お前!! 馬鹿か?」
俺はエドガーの胸倉を掴んだ。エドガーはオアシスのように潤った蒼い瞳を俺に向ける。
「お前だけは死なせねぇぜ」
「セッツ??」
俺はエドガーのオアシスから視線を逸らした。
「……お前は…お前だけの命ではねぇだろ! それを自覚していてもらわねぇーとな!!」
燭台からの淡い黄色の炎の光がエドガーの束ねた金の髪に光を注いでいた。
俺はエドガーの頬に髪に唇にやさしく口付けを繰り返す。
そして……。
エドガーの髪を束ねている軟らかい青いシルクのリボンに指を絡ませそっと引いた。
“シュッ”と乾いた音が響き渡る。
「!」
その刹那、エドガーは肩を強張せる。だが、俺は怯まず根元を束ねているもう一つのリボンに指を絡めそっと引いた。
同じく“シュッ”と乾いた音がした後、エドガーの金の波がシーツに広がった。力強く耀く黄金の髪。優雅に波打つその流れ。なんとも美しい。
「………美しい」
俺は言葉を選ぶ必要はなかった。その思うがままを言葉にした。
エドガーはそっと顔を横に向け俺からの視線を逃れた。
「私の髪は……」
「マッシュから聞いた」
「あいつ…喋ったのか……」
「エドガー……。最期かもしれねぇんだろ? その前夜に“俺にも”触らせてくれてもいいんじゃねぇか? もったいぶるなよ!」
俺は苦笑いした。
ほんの少しの間、俺達の間に沈黙の刻が流れた。エドガーは微かに金の睫を揺らした。
暫くして、エドガーはそっと瞼を閉じた。
「……特別にセッツにだけは許そうかな……」
そう言ったエドガーの桜色の唇はほんのり微笑んだかのようだった。
俺は初めてエドガーの波打つ金糸に口付け顔を埋めた。何て軟らかい髪なのだろう。どんな絹の糸にもかなわぬほどの滑らかさと、しっとりとした手触り。そして、とても馨しい微かに甘い香り。
その夜、俺はエドガーの心地良い髪に自我を手放すほどに溺れた。
「兄貴、入るぜ!」
外はまだ暗い。
ドアの外で聞きなれたマッシュの声。いつもよりほんの少し早い時刻である。そして“王様の部屋”のドアは開けられる。
「!!!!」
簡素なファルコン号の小さな客室だ。ドアを開けたと同時に中の様子は丸見え。
「やぁ、マッシュ! 早いなぁ!!」
と返した俺の言葉にマッシュは絶句し、その場に立ち尽くした。
無理もない。兄貴の部屋に“いるはずのない俺”が、その兄の眠る隣にいるのである。そして俺の腕枕の上で大きく波打ち広がるエドガーの金の髪。
石像のように立ち尽くすマッシュに俺は言った。
「今後、王様が不自由な旅を続けられる事があったなら、俺が、“王様の髪”をお世話するぜ!」
「あ………。よ……よろしく……たのむ…セッツ……ァー……」
バタンと大きな音をたててドアを閉め、早々にマッシュは立ち去った。
「さてと、そろそろ王様の御髪(おぐし)を整える時間かな?」
俺は狸寝入りしているエドガーの顔を覗きこんだ。
うっすらと瞼を開いたエドガーのその瞳は深い蒼だ。
「君って人は……」
エドガーは気だるい声でそう言うと、瞼を完全に開けて澄んだ瞳で俺を見上げた。
「“わざと”部屋の鍵を開けておいたんだろ?」
「ああ、そうさ!」
俺は肩にかかった自身の髪を掻きあげた。
「お前の国では“王様の髪”として神聖なのかもしれないが、俺にはそんなの関係ない! 俺はただ、“俺が解いてしまった髪”を、その手で結びなおしてやりてぇだけだ!」
「セッツ………」
エドガーは軽く瞼を閉じ、端正な口許で微笑した。彼なりの照れ隠しだと俺は思った。
俺はそんな彼の顔を真上から見たまま、何度も見事な金糸を指で掬った。
王様の髪は……
砂漠を照らす灼熱の太陽のように暑く、乾いた風とほんのり甘い常夏の花の香りがするようだ。
掌で掬えばさらさと流れる無数の耀く絹糸のように……。
「さてと……今日も、いつものように結ぶか?」
「私の弟は、今日から“臨時髪結い係”廃業かな?」
エドガーはそう言って微笑んだ。
「いつものように頼むよ、セッツ」
俺は王様のオーダーを受けて、彼の言う、“いつものように”青いリボンで金に髪を束ねた。
「ありがとう、セッツ……」
エドガーは鏡越しに俺を見上げた。
「どうだ? マッシュには劣らねぇだろ?」
エドガーは立ち上がり、“俺が結んでやった”髪を鏡に映し満足の表情を向けた。
“行こうか!”
とアイツがそう言った。
その合図と共に俺達皆は、がれきの塔に降り立った。
そして最期の決戦へと向かう。
「セッツ! 明日も……いや……。
……この後も、戦い後に乱れた髪、結び直してくれるよね!!」
「あぁ! 勿論だ! じゃぁ、後でな」
エドガーは先頭に立ち、青いマントを翻して先に進んだ。背中に垂れる長い金の髪と青い二つのリボンが眼に焼きついた。
「……王様の髪か……」
エドガーの後ろ姿が見えなくなると俺は「行くぜ!」とパーティーに声をかけて別の道を進んだ。
どんよりとした視界とは正反対なほどに俺の心は澄みきっていた。
――王様の髪は俺にとって特別なもの――