Shadow Hearts

『One day 〜正午〜』

スイスの、チューリッヒの村の片隅にある小さな教会の、正午を知らせる鐘の音が聞こえた。

「…………ウル?」

その音を聞き、キッチンの窓から垣間見える空を見上げて、「ああ、お昼だわ」と思いながら、アリス・エリオットは、隣で奮闘しているウル──ウルムナフ・ボルデ・ヒュウガを見上げた。

「う、ん……。判ってる。でも…………」

だが、見上げられても声掛けられても、ウルは、最愛の彼女を見ようともせず、唯、難しそうな顔を拵えたまま、己が手許をじっと睨み付けるだけで。

「難しい?」

「一寸…………。……なあ、アリス。料理って、何でこんなに難しい?」

「そんなことないわ。多分、ウルが難しく考えてるだけよ」

「そうかなー……。難しいぜ? ちっとも上手く出来ないし。これっぽっちも美味そうに見えないし。もう昼だってのに、未だ出来ない……」

手許を睨み付ける目線を、より鋭くして、ブツブツ、ウルは愚痴を零した。

丁度一時間程前から、彼は、昼食の支度に挑んでいて、でも、それはちっとも思い通りにならないばかりか、正午の鐘が鳴っても完成を見ず。

だから彼は、愚痴を吐いていた。

齢にして十になった頃から、たった一人で生きて来た、特技は『世界を救うこと』な彼は、これまで料理などどいうことには全く無縁で、しかし、星の彼方よりやって来た『神』と戦うことになったあの戦いと出来事を制して、巡り逢った運命のひと、アリスと二人、彼女の母の住まうチューリッヒの片隅に居を構えたから。

彼は、未だ、アリスの夫ではないけれど、近い未来に夫になるのだから、少しくらい、アリスの手伝いも出来るようにならなけりゃ、と殊勝なことを考え始めたが為、その日、アリスの指導の下、昼食作りに挑んだのだけれど……、結果は、どうにも、で。

「大丈夫よ、ウル。お料理だって何だって、最初から上手く出来る人なんていないわ」

アリスは、慰めるように言った。

「でもさ……。俺、戦うことしか能がないから、少しは何とかしないと、アリスに頼らなきゃ、普通のことは何にも出来ない奴のままになっちゃうだろ?」

「それだって、そんなことないわ、ウル。少しは何とかしないと、って。そう思ったのでしょう? そう思えるのだもの、それだけで、何も出来ないってことにはならないじゃない」

「……ホントに?」

「ホントに」

「でも、俺が料理が出来ないって、それは変わらない」

「いいじゃないの。貴方が上手く出来ないことは、私が手伝えばいいし、私が上手く出来ないことは、貴方が手伝ってくれればいい。一緒にいるんだもの、それでいいじゃない」

「…………そっか」

「うん。そうよ」

「じゃ、一緒に頑張る。アリスと」

「うん」

どうして、料理なぞに挑もうと思ったのか、その理由をも、ボソボソボソボソ洩らすウルを、アリスは宥め続けて。

彼女の言葉に、少しばかり気分を浮上させたウルは、気を取り直し、手放してしまっていた包丁の柄を握り直した。

──正午の鐘は、もう鳴ったけれど、彼等の昼食は、もう少し、先のこと。

End

後書きに代えて

各ジャンルの各キャラ、又は各カップルの某日の某時間帯のお話、という設定で書いた、2009.03〜12の拍手小説@シャドウハーツシリーズ。ウルアリは、お昼担当でした。

……私がこの二人を書くと、ラブラブにしかならない。

愛です。きっぱり、愛です。

──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。