Shadow Hearts

『New Year's Day』

1914年6月28日、オーストリア=ハンガリー帝国皇太子、フランツ・フェルディナンド大公が、サラエボにて暗殺されたニュースは、瞬く間に世界を駆け巡った。

それより丁度ひと月後の7月28日、オーストリアは、セルビアに対する宣戦布告を行い、後に、第一次世界大戦と呼ばれることになる戦争は、駆け巡ったニュース同様、瞬く間に、世界の大半を戦火で覆ったけれど、永世中立国であるスイスのチューリッヒに、その火が届くことはなく。

アリス・エリオットは、戦前と変わらぬ穏やかな町の片隅で、年が変わったばかりの夜空を見上げていた。

──去年。

彼女の、1914年の1月1日は、年が変わったことに気付く間もなく過ぎてしまった。

年が終わるとか、新しい年がやって来るとか、そんなこと、考えている暇すら彼女にはなかった。

師でもあった父の神父が殺害されて、彼女自身、朧げにしか知らなかった極東の国へと連れ去られることとなった1913年の秋、大連へ向かう列車の中で巡り逢った『運命のひと』が、何処へと姿を消してしまったから。

一人の仙人が、この世を変える『神』を降ろし、その結果、滅びの危機を迎えてしまった上海の街を救う為、『その身』の中に、神を降ろそうとして。

彼女の『運命の男』が、いなくなってしまったから。

生死すら、謎のままに。

……だから、丁度一年前、アリスは、生きていると信じた彼を探し求め、極東の国から欧州へと戻る旅の途中にあって、頭の中も、心の中も、彼のことだけで一杯だった。

次に訪れる街では、彼と再会出来るだろうか、とか、この次に巡る場所では、彼の行方に関する手掛かりが掴めるだろうか、とか。

他人の目から見れば、淡い、としか言えない希望を胸に、淡々と、機械的に、彼女は日々を送っていた。

…………日常のことなど、どうでも良かった。

季節のことも、移り変わる自然も、星や雲が流れて行く空の模様も。

もう一度彼と巡り逢うこと、それだけが、その頃の彼女の全てで。

────でも、そんな日々より一年が過ぎ。

再会は果たされ、『運命の男』は傍らに戻り、彼女や、彼や、二人の仲間達を、運命ごと巻き込んだ『世界の終わり』は去り、彼女の中には、『運命の男』以外の全ても戻って来た。

日々のことも、季節のことも、移り変わる自然も、色や光を変える空の模様も。

……彼女はそれを、酷く幸せなことだと思う。

『この』世界の終わりを望んだ、あの魔導師が告げたように、『この世界』は冬の時代へと突き進むことを止めず、世界は戦火に舐められ、魔導でもなく、天より降りた神でもなく、人の手により、戦いの色に染められ続けているけれど、少なくとも今、新しい家族と共にこうして生きていられる己は、酷く幸福なのだと。

──例えば今、『この世界の終わり』を阻む為、戦いばかりを繰り返していた、数ヶ月前のあの頃に戻れと言われたら、何の躊躇いもなく、彼女は『戦場』へと舞い戻るのだろう。

今、この瞬間の、穏やかな日々を捨てても。

しかし、だとしても、彼女が酷く幸福であること、彼女が己の今を酷く幸福だと感じること、それはきっと、揺るがない。

1913年の秋の夜、突然、目の前に現れた『運命の男』──家族が、彼女の傍らにはいるから。

「……アリス?」

──新年を迎えたばかりの真冬の真夜中、一人家を抜け出した彼女が、黙って夜空を見上げていても。

「何やってんだよ、こんな時間にこんなトコで。風邪引くぞ? 風邪引いたら、腹壊すぞ?」

──子供じみた科白を口にしながら、それでも、心配してくれているのは判る口調で。

「アリス。…………腹減った」

──自分が我が儘を言うから、仕方なく、一人夜空を見上げていたい彼女は、家の中へと戻ってくれるのだと、計算するでなし、自然と仕向ける風に。

「寒い。腹減った。……アーリースー!」

──拗ねながらも、『運命の男』は、必ず彼女の傍らに。

────馬鹿なことばかりを言われても、『我が儘』を言われても、拗ねられても。

数瞬後、目の前に、想い出となり始めた『戦場』が甦ったとしても。

人の手による、冬の時代が続いても。

運命が、命尽きるまで、自分達を何かの中に飲み込み続けても。

彼女には、『運命の男』がいるから。

だから彼女は、傍らを見上げて微笑む。

「…………ウル。愛しているわ」

End

後書きに代えて

シャドウハーツのウル×アリ。最高に大好きなノーマルCP。

好きだー、ウルアリ、好きだー!

ウル、この上もなく馬鹿だけど! アリス、ド根性ヒロインだけど!

──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。