別世界──あー……、『この世界』で初めての街、ラダトームの王都を訪れて以降の俺達の旅は、大体、伝説や正史通りだ。

多少は弄ったけど、最初に書いた通り、それまでの旅も、そこからの旅も、伝説や正史にすべく『綺麗』に整えただけで、嘘を仕込んだ訳じゃない。

それは絶対。

今まで、俺が送った旅のことをなぞる風に書いてきたのは、大切な子孫の君に、俺の旅や、俺って奴を知って欲しかったから、が理由の大部分なんだ。

長々、付き合わせて御免。

…………だから、えーと。そろそろ本題、と言うか。ここからも長いんだけど、いいかな。

ラダトーム王都や王城で、『この世界』や大魔王ゾーマのことを知って、もしかしたら生きていてくれるかも、と願っていた父さんも、アレフガルドやラダトームを訪れて、名前以外の全ての記憶を失っていたにも拘らず、大魔王ゾーマを倒しに向かった、とも知ってから、俺達は、半年掛けてアレフガルド大陸を巡った。

闇の中でも素朴さを保ってた砂漠の街ドムドーラ。

絶望と諦めが齎した、怠惰が充満していた城塞都市メルキド。

温泉にちょっぴり癒されたマイラ。

吟遊詩人ガライの生家にも行ったし、精霊の祠も訪ねた。

──ドムドーラでは、神の鋼オリハルコンを手に入れた。

マイラでは、ヤマタノオロチの生け贄に選ばれてしまった妻を連れてジパングから逃げ出して来た刀匠と知り合って、かつて、大魔王ゾーマを倒せる唯一の武器と言われていた『王者の剣』を甦らせた。

ルビスの塔へも行って、ゾーマによって石像にされてしまった精霊神ルビスの封印を解いて、聖なる守りを授かった。

あの塔では、神具の一つ、光の鎧──因みに兜付き──も手に入れて、ゾーマを生んだと言い伝わる魔王の爪痕では、勇者の盾を見付けた。

竜の女王が授けてくれた光の玉は、ゾーマが纏う『闇の衣』と言うモノを打ち消す力があることも突き止めた。

ラダトーム王城の対岸の、魔の島に聳え立つ魔の城──ゾーマの城に渡る為の、三つの神具も揃えた。

ラダトームで太陽の石を見付け、精霊の祠で雨雲の杖を授かり、聖なる祠では、それらから生まれ出る虹の雫を貰い受けた。

そうやって、考えられた限りの手を尽くして、魔の島に一番近かった、最後の拠点にもした街、水上都市リムルダールを出て、虹の雫が作り出した虹の橋を渡り、魔の島へ行った。

…………全ての闇の源とさえ言われる、大魔王ゾーマに勝てるかどうかは、全く判らなかった。

バラモスに挑んだ時みたいに、自信なんか持てなかった。

でも、何故か、怖くはなかった。

────怖い、なんて微塵も思わなかったのは、唯ひたすらに、挑むしかなかったからかも知れない。

勇者、なのに。

アリアハンを旅立ってから約三年掛けて、真の敵に辿り着こうとしていたあの頃の俺は、確かに、曲がりなりにも勇者ではあったのに、大魔王ゾーマに挑むしかない小さな存在だった。

……大きな存在に挑むしかない小さな存在なんだから、開き直る以外術が無い。

命懸けで挑んでみるしか、俺に出来ることは無かったんだ。

そんな気持ちで向かった大魔王の城で、俺は、父さんに逢えた。

満身創痍で記憶も無いのに、年老いてたのに、一人キングヒドラと戦って、石床に倒れ臥した父さんに。

単身ヒドラと戦う戦士を見付けて、絶対に、あれが俺の父さん! と思って駆け寄った時には、父さんはもう傷付き倒れた後で、抱き起こしても、何も見えないと言った。

何も聞こえないとも言った。

──旅の人よ、どうか伝えて欲しい。今、全てを思い出した。私は、アリアハンのオルテガ・ハラヌ。

もし、其方がアリアハンを訪ねることがあったなら……、その国に住むアレク・ハラヌを訪ね、オルテガがこう言っていたと伝えて欲しい。

平和な世に出来なかったこの父を、許してくれ、とな…………。

────それが、父さんの最期の言葉だった。

俺を俺と知らぬまま、父さんは逝ってしまった。

賢者の彼も、幼馴染みの彼女も、俺だって、父さんにザオリクやザオラルを掛けてみたけど……無駄だった。

もう、父さんの魂を、肉体に繋ぎ止めるのは敵わなかった。

それくらい、父さんの体は…………。

………………うん。行った。それでも。

父さんの亡骸を残して、泣きたいとも思わず、怖いとも思わず、大魔王ゾーマの許に行った。

そうする以外、俺には選べなかった。

魔の城の中をひたすらに潜って、最下層に降り立った俺達を、わざわざ、自ら出迎えたゾーマは、何故か、嬉しそうに見えた。

『アレクよ。我が生け贄の祭壇に善くぞ来た。我こそは、全てを滅ぼすモノ。全ての生命を我が生け贄とし、絶望で世界を覆い尽くしてやろう。アレクよ、我が生け贄となれ。──出でよ、我が僕達! 此奴等を滅ぼし、その苦しみを我に捧げよ!』

そうとは知らず、生け贄の祭壇に降り立ってしまった俺達へゾーマが掛けてきたその言葉は、科白は兎も角、俺達を歓迎している声に聞こえた。

僕達──父さんの直接の仇、キングヒドラやバラモスブロス、それにバラモスゾンビを一先ず俺達に宛てがって、己の玉座に戻って行ったゾーマが、肩越しにだけ振り返って俺に向けた表情は、『待ち侘びていた何かの訪れを受けた者』の、それだった。

…………そして。

『……勇者よ。アリアハンのオルテガの子、勇者アレク・ハラヌよ。何故なにゆえ、藻掻き生きるのか。滅びこそ、我が喜び。死に逝くものこそ美しい。────さあ! 我が腕の中で生き絶えるが良い!』

そう告げながら、両腕を突き出したゾーマの面は、到底信じて貰えないだろうけれど…………、決して、全ての闇の源であり、闇の世界を支配し全てを滅ぼす大魔王がして良い面じゃ無かった。

憧れた何かを見ているような。それでいて、妬む何かを見ているような。何処か恍惚とした、幸福の直中にいるかのような。

言葉では例え難い顔。

………………間抜けとか、暢気とか、そんな風に言われる気がしてならないんだけど、あのゾーマを目にした時、あの言葉を聞いた時、俺は、素直に『そのまま』受け取ったんだ。

ああ、ゾーマは俺達が死ぬ所を見たいんだな、何かが死んで逝く様は美しいと思ってるから、って。

宿敵を目の前にしながら、破れて死ぬしかないと、俺達が藻掻き苦しみつつ絶望に堕ちていくのが、あいつの喜びだもんな、って。

そりゃあ楽しいだろうし嬉しいだろう、幸福絶好調って感じか? ……なーんてことも思ってた。

……うん。我ながら間抜けだし、暢気だとも思うけど。

でも、そのお陰で、えっらいこと『盛り上がった』。

──ゾーマを目の前にした今だって、怖くなんか無い。

そもそも俺には、開き直って挑むしか術は無いんだ。

どんなことをしたって、どんな手を使ったって、あいつが美しいと思う様も、喜びだと思うものも、絶対に見せてなんかやらない。

自分が死に逝く側になっても、死ぬしかないと絶望する側になっても、美しいと思えるか、喜びを感じられるか、その身を以て思い知れ、って。

あの時、俺はそう思って、後のことは皆忘れて、唯々、ゾーマに挑んだ。

……あいつの一撃は、甚く重かった。

バラモス達とは比べ物にならなかった。

凍える吹雪の息も、マヒャドも、二度と喰らいたくない。

それくらい、ゾーマは次元が違った。

光の玉で、あいつが纏ってた闇の衣を剥ぎ取っても、強かったよ、物凄く。

俺達だって引かなかったし、引けは取らなかったけども。

こんな言い方は、一寸陳腐かなって思うけど、頑張った。

頑張った以外、言い様は無い。

本当に本当に頑張った。命懸けでね。

これを読んでくれている君が、今、『勇者の運命』を辿っている途中なのか、辿り終えた後なのか、それは俺には判らないけど、後者だったとしたなら、俺の言いたいことは、君なら判ってくれると思う。

死を賭した戦い。命懸けの頑張り。

世界を脅かす真の敵との戦いは、そう例えるより他無いものだ、と。

勇者だったとしたって。……いや、勇者だからこそ、かな。

『その運命』を辿る勇者は、戦いそのものの御前に、命も運命も差し出して、挑むしか無いんだ、と。

きっと、君なら。