バハラタからポルトガまでルーラで飛んでも構わなかったのに、ダーマ神殿へ寄ることにしたのに大した意味は無かった。

少なくとも、始めは。

己だけでは開花すらも儘ならぬ才でも、瞬く間に見出し、そして夢へと導いてくれる、と噂に高かったダーマ神殿は、中央大陸の更に中部にあって、同じ中央大陸の町バハラタから近かったから、「折角だから行ってみようか、賢者をも育てるダーマ神殿でなら、バラモスの城へ至る路を拓く為の手掛かりが得られるかも知れない」と、至極単純な理由で立ち寄っただけだったんだ。

でも、そこで。

ダーマ神殿が管理してるガルナの塔と言う名の、賢者を目指す人達の為の修行場の中に、悟りの書──目を通せば誰もが賢者になれる、幻で伝説の書物があると知った僧侶の彼が、悟りの書を手に入れて賢者になりたい、と言い出した。

幼馴染みの彼女まで。何故か、自分も賢者になる、と。

────僧侶が、賢者になりたい、と言ってきたのは、すんなり納得出来た。

一緒に旅を続けている内に、彼のちょっぴり嫌味な処は、とても頭がいいからだと俺にも判って、それくらい聡い彼は、これまで言葉にはしなかったが、賢者になるのが夢だったのかも知れないな、と感じられたから。

けれど、幼馴染みが同じことを望む理由は判らなかった。

確かに俺よりは賢かったけど、彼女の夢は旅芸人で、バラモス討伐が目的の俺と旅を共にしようと、旅芸人以外になるつもりは更々無い、と言い切っていたから。

どうして? と思ったし、内心、僧侶は兎も角、幼馴染みはわざわざ賢者になる必要は無いんじゃないか、とも思ったかな。

旅芸人を辞めて別の何かになるなら、魔法使いでも僧侶でも構わないんじゃないかなあ、とかも。

だけど、僧侶は固より、幼馴染みの意志は固くて、一先ずガルナの塔へ行って悟りの書を探して、何とか見付けた悟りの書で以て、僧侶の彼は賢者への第一歩を踏み出し、驚いたことに、幼馴染みの彼女は、悟りの書も無しに、僧侶に同じく賢者への一歩を踏み出してみせた。

ダーマの人達の話では、世間からは遊び人としか扱って貰えない旅芸人達は、実は賢者に最も近い所にいる者達なんだ、と言うことだったけど、それにしても驚きだった。

そして、どうしても、彼女がすっぱりと旅芸人の路を捨ててしまったのが気になって仕方無かった。

──何故、彼女が『自身の夢』を捨て、賢者の路を選んだかの理由を俺が知ったのは、俺達の旅の全てが終わって何年も経った後で、あの頃は、どうしたって判らなかった、だけど気になって仕方無かった『彼女の理由』を、一人で想像してみるしか俺には出来ることが無く。

幼馴染みは、口ではバラモス討伐なんてどうでもいい、と言いつつも、本心では、その為に自分が出来ることを試し続けているのかな、なんて処に『俺の想像』が辿り着いた頃、僧侶だった彼と旅芸人だった彼女が賢者になる為の儀式だの何だのが終わって、ポルトガに戻り、黒胡椒と引き換えに自由に使える船を手に入れたら、今度は、『オーブ』に関する噂が拾えるようになった。

それまでは、陸路で辿れる所しか行けなかった所為だろうけど、船で大海を行き、目新しい土地を訪ね出した途端、世界の何処かに六つのオーブが隠されていて、それを集めれば船すら要らなくなる、とか、魔王の城への道を拓くにはオーブが、とか言った話が転がり込んできたんだ。

だから、ダーマ神殿での一件の所為もあって、急に、俺達はバラモスの許を目指してるんだって実感みたいなものが今更に湧いて、俺も、もう少し勇者としてしっかりしないと、なんて自分に言い聞かせることが増えてね。

少し旅を急がないと駄目かも、なんて焦ったりもして……。

兎に角、六つのオーブを探しながら、船でも自分の足でも、行ける限りの所を訪ねてみよう、と決めて、本当に、片っ端から訪れて歩いた。

船を駆使して、ルーラも駆使して。

────正直に言って許されるなら、そこから先の旅は、辛いことの方が多かった。

寧ろ、辛いことばかり……だったかな。

……ポルトガを発って、最初に訪れたのはテドンだった。

バラモス配下の魔物達によって滅ぼされた村。そうと気付かぬまま逝ってしまった村人達が、夜が来る度、生前の姿のまま生前通りの生活を送る村。

その次に訪れたのはランシール。

勇気を試される神殿と、その為の『地球のへそ』と言う場所がある町。

三番目はルザミ。

人々に忘れ去られてしまった、流刑地の島。

四番目はジパング。

女王ヒミコの神託に従って、ヤマタノオロチなんて化け物に生け贄を捧げさせられていた国。

それから、最果ての村ムオルへ行って、スー族の村へ行って、東大陸の更に東の果てで、ここに商人の町を作りたいと願っていたおじいさんに会ってから、エジンベアへ。

……テドンでは、恐怖の朝を迎えさせられる羽目になって、と同時に、何となくテドンの村の真相が見えてきて、二晩、三晩、と粘ってみた。

粘った結果、大凡の事情は掴めたけど、滅びを迎えた夜を繰り返す村人達を天に還すことは出来なくて、遣る瀬無さと無力感だけを覚えた。

ランシールで、一人きりで地球のへそに挑んだ──そういう決まりだったからね、あそこ──時には、「旅立つ前は一人旅を……、なんて粋がってたけど、結局、俺は一人では何にも出来ないのかな」と、思い知らされた。

尤も、仲間の有り難さが痛感出来たのは良かったけど。

ルザミでは、本当を打ち明けるのは、必ずしも正しいとは限らないんだと、否応無しに学ばさせられた。

ジパングでは、何かを妄信することの怖さを知った。恐怖から逃れる為なら、人間は平気で過ちを犯すんだってことも。

そして、最果てのムオルでは、父さんのことを聞かされた。

旅の途中、大怪我を負って村外れに倒れていた処を助けられた父さんは、ムオルではポカパマズと呼ばれていたこととか、父さんを最初に見付けてくれたポポタと言う少年を可愛がっていたこととか、数ヶ月を過ごしたムオルからも、再び旅立って行ったこととかを。

……俺の知らない父さんの話が聞けたのは、嬉しかった。

けど、俺の知らない父さんを知っていて、可愛がられて、宝物の水鉄砲を作って貰ったポポタが少し羨ましくなってしまって、あの子とは、きちんと目を合わせられなかった。

俺なんかよりも、あげる、と宝物の水鉄砲を俺に手渡してきたポポタの方が、よっぽど大人だった。

………………うん、船を手に入れて以来、行く先々で、そんなこんなだったから、ムオルの次に訪れたスー族の村では、これと言った想いをせずに済んで、救いだったなあ……。

『何も無い』、その平穏の有り難さが救いだった。

のちの商人の町の一件も、一寸堪えたしね。

町の建設を夢見てたおじいさんに、この荒れ野に骨を埋めてもいい覚悟のある商人を見付けてきてくれないかって頼まれて、アリアハンまで飛んで商人を探して、話に乗ってくれた、未だ若い青年だった商人を連れて行った処までは良かったけど、それから幾らも経たない内に、商人の町は急激に発展して──発展し過ぎて、町が町としての態を成し始めてから僅か数ヶ月で、開拓、発展、革命と、目紛しい運命を辿ってしまって、結局、青年商人の彼は、投獄なんて憂き目に遭ったから。

……彼は、投獄されたのは自業自得で、自分の何がいけなかったのか、牢の中で考えてみる、と言っていたし、仲間達も、頑張り過ぎ、やり過ぎは良くない、と言う見本のようなもの、と言っていたけれど、俺としては、やっぱり申し訳なく思えちゃってさ。

商人の彼が、俺達の為になるかもと、イエローオーブを手に入れてくれていたから、尚更……。

…………まあ、この件に関しては、俺が申し訳なく思うこと自体が間違ってたのかも、と今でも思うけど。

それとこれとは、話が別だからさ。心情の問題って奴。

エジンベアはエジンベアで、他国の者には「田舎者」を枕詞代わりに付けるのが嗜みの域に達してるような国で、何て言うかなあ……。腐った伝統の恐ろしさ? みたいなのを、ひしひしと感じさせられる所だったしなあ……。

だから正直、あの頃は、子孫の君に幻滅され兼ねない性格してる俺でも、やさぐれるかと思った。

一回、船の上で呑みながら愚痴ったら、戦士の彼が、そうやって、色んな想いをするのが大人になるってことだ、って励ましてくれたけどね。

だけどさー……。もう、君に伝えたいことを、と言うよりは、愚痴みたいなものになっちゃってるんだけどさ。

ほぼ、伝説にして伝えた通りだから詳しくは書かないけど、その後に訪れたサマンオサで、王様に化けてたボストロールを倒して云々、なんて出来事の時も。

オリビアの岬に掛けられてた『オリビアの呪い』を解くんで世界中飛び回った時も。

シルバーオーブが隠されてるらしいと知ったネクロゴンドへ向かう為に、『灼熱を制して道を開く』って伝説を持ってたガイアの剣を探しにサマンオサの流刑地に行って、サマンオサの勇者だったサイモンさんの亡骸や遺言を見付けた時も。

遣り切れないと言うか……、遣り場の無い怒りばかりが募ったと言うか……。

この世界は、無情なのかなあ……、なんてことまで思わされたね、俺は。