「……っ、父上っ。でしたら……、でしたら、せめて、母上とアーサー様にっ」

「あ、そうだ……。母上と、アーサー様にはっっ」

堪えても後から後から溢れる涙を何とか拭って、息子達は、ならば最期に、アーサーとローザに一目、と縋ったが。

「それは出来ない」

アレンは、静かに首を振る。

「どうしてっ!?」

「生涯唯一人、愛したひとだから。大切な、唯一無二の親友だから。二人を、心より想っているから。……だからこそ、言えないことがある。吐き通さなくてはならない嘘がある。アーサーとローザにだけは、見せられないものも。……お前達は、私の子供だからね。最期に少し、甘えた」

そうして、再び、三人の子供達に彼は微笑み掛けて、退室を促す。

「……さあ、お前達も行きなさい。夜が明けるまで、一人にしてくれ」

「おっ、お父様っ。お願いがあるの!」

しかし、ロレーヌは言うことを聞かなかった。

「何だい?」

「お父様の宝物の手鏡を下さい! お兄様達と私に頂戴っ」

彼が倒れた日に母達から聞かされた話を、もう昨日になってしまった昼間、アーサーとローザが語らっていたことを、大人達の知らぬ間に深く受け止めていたのだろうロレーヌは、あの手鏡を形見に欲しいと迫ったけれど。

「…………すまない。あれは、誰にも譲れない。それに。あの手鏡は、今となっては私以外には何の意味も成さない」

「でも、あの手鏡やロト様や初代の陛下が、お父様を連れて行ってしまうって、お母様が仰っていたのっ。だから、あれさえ無くなれば、お父様は……っ」

「ローザが、そんなことを? ……ロレーヌ。お前達の母上は、誤解しているだけだ。私を連れて行くのは手鏡でも無ければ、アレク様でもアレフ様でも無いよ。敢えて言うなら、神かな。それと、私自身。────ほら。お話は、これで終いだ。……行きなさい」

駄目だ、とアレンは申し訳なさそうに言って、子供達を玉座の間より追い遣った。

「アベル。アデル。ロレーヌ。お前達のことも、私は確かに愛しているから」

玉座の間の扉が子供達の手によって閉ざされる寸前、最期に、そう一言言い残して。

追い出されてしまった玉座の間の、両開きの扉前にアレンの子供達は並んでしゃがみ込んだ。

日の出まで、梃子でも動かないつもりだった。

一人にしてくれと、父が言ったから。

アレンが、独りで迎えると決めた最期の刻を、せめて、ここでこうして、自分達が守ろうと思った。

────そうして、数刻が過ぎ、夜が明けた。

夜が明ける少し前、今の内にアレンの寝所を出なければ、と相次いで起き出したアーサーとローザは、直ぐさま彼の姿が消えているのに気付き、殆ど半狂乱になって彼を捜して、その最中、玉座の間の前で座り込んでいる子供達を見付けた。

自分達三人だけで誓った通り、揃って泣き腫らした顔の王子達と末の王女は、アーサーやローザに何を言われても、何をされても、頑に口を閉ざしたまま決してそこから動こうとせず、朝日が昇り切って、やっと。

守り続けた扉の向こう側に、アレンが籠っていると打ち明ける。

「アレン! アレン、応えて!」

「アレン、アレ────

そうと知り、三人を押し退けたローザとアーサーが、次いで、集まって来ていた宰相や臣下達が、雪崩を打って玉座の間に踏み込んだ時には。

広いその間の直中で、二十数年に亘り自らが座した玉座に背を向け、鞘に納めたままのロトの剣の柄頭に右手を添えて床に突き、ロトの鎧兜、それに盾で身を包んだアレンは立っていた。

そのままの姿で、彼は事切れていた。

「アレン……。逝ってしまったんですか……?」

「アレン、アレンっ。アレン……っっ」

「陛下……。陛下、どうして……」

「陛下…………っっ」

立ち尽くす、既に冷たくなっていた亡骸に人々は縋り、その場に横たえた彼の傍らに次々踞って、泣き声を洩らし始めたが。

「アレン。どうして、ロトの武具なんか……」

「何でなんです? アレン、何で、こんな姿で逝ったんですか……っ」

ローザとアーサーだけは悲しみすら置き去りにしてしまった風に、アレンの死出の旅の衣装──ロトの武具を剥ぎ取ろうとした。

だがしかし。

どれ程足掻こうと、伝説の武具を、彼から奪うことは出来なかった。

誰にも、柄頭に右手を添えているだけのロトの剣すら、剥がすことは敵わなかった。

「……母上。アーサー様。父上は、何も彼も終わらせなくてはならないから。全部、自分が持って行くと、そう仰っていました」

「だから、母上。ロトの武具を、父上から奪おうとしないで下さい。俺からもお願いします」

それでも尚、アレンへと手を伸ばすアーサーとローザを、アベルとアデルが留める。

「アベル? アデル? 貴方達……それを、アレンから聞いたの……? アレンは、自分が逝くと判っていたの……?」

「はい。逝かれる少し前に」

「偶然……でしたけど」

「何故、僕達に報せてくれなかったんですかっっ」

「貴方達、どうしてそれを黙っていて!?」

「……俺達だって、母上とアーサー様にはと、そう告げたんです。告げたんですけど……。なあ、兄上……」

「…………うん。せめて、お二人には、と告げたら、父上は……。────生涯唯一人、愛した妻だから。大切な、唯一無二の親友だから。二人を、心より想っているから。だからこそ言えないことがあって、吐き通さなくてはならない嘘があって、二人にだけは見せられないものがある、と。そう仰られて…………」

真夜中、その間にて、アレンが語ってくれたことを伝えた二人の王子を、アーサーもローザも詰り掛けたが、子供達は、父の想いを母達に伝え切り、

「酷い…………。アレン、酷いわ……。あれから二十五年が経っても。二十五年も経ったのに。私達には何も語ってくれないで、自分だけで何も彼も抱えて、最期までこうして……っっ」

「アレン……。全部なんて求めません。時々でいいですから、『本当』を聞かせて下さいと、ロンダルキアの北の祠で言った筈なんですけれど、忘れてしまったんですか……? それとも、あの頃から君は、『こうする』つもりだったんですか……? ……アレンは。ロト様や曾お父祖様と同じ路を往くつもりだったんですね。ローザと僕を置いて。────でも、許しませんからね。僕は、絶対許しませんから。今度こそ、しっかり覚えておいて下さい。僕も、何時かはそちらに逝くんですから。絶対に後を追い掛けて、アレンが嫌がっても引っ付いて行きます。最後まで」

ローザは両手に面を伏して泣き崩れ、アーサーは、アレンの手に、そっと右手を添えた。

「…………私だって、絶対に許さない。勇者になる時は、三人でと誓った筈よ。だから、私も何時の日にかは。私達がいなければ、何処にも行けないと言ったのは、アレン、貴方自身よ。勇者として往く時は、三人揃ってでなければ。最後まで」

「……はい。────ローザ。何時の日か、二人でアレンを引っ叩きましょうね……。ロト様も、曾お祖父様も、三人纏めて…………」

…………それからも、二人は。

自らに言い聞かせるように、自分達を置いて逝ってしまったアレンに誓うように、何時までも、彼の傍らに跪いたまま。