「アーサー? 僕の顔に、何か付いてるか?」

「いえ、そうじゃなくて。…………あのですね、アレン。今夜の宴でのことなんですけど。君が、ローザと踊り始めてからの話」

「……うん? それが?」

「そのー……。……どうでした?」

「え? どうって?」

「………………駄目だ、これは……」

両手で葡萄酒のグラスをがっしり握り、じーーー……っと凝視してくるアーサーが言い出したことは、アレンには全く要領を得ぬ話で、首を傾げてしまった彼へ、アーサーは、「唐変木にも程がある……」とブツブツ零し出す。

「え、と……。アーサー?」

「もういいです。遠回しに言うのは止めます。────アレン。ローザのこと、どうするんです?」

「……え。ど、どうする、って…………」

そうして、キッ! と眦を吊り上げ、至極真面目腐った顔になったアーサーにローザの名を出され、アレンは思わず、手にしていたグラスを落とし掛けたまでに動揺した。

「信じたくないですが。幾ら何でもそんなこと、と言いたいですが。……もしかして。ほんとー……に、もしかして、アレン、自分がローザをどう想ってるか、隠し通せてると思ってます?」

「はっ!? え、どうとか、そんな、別にあの!」

「…………やっぱり、バレてないと思ってたんですね。有り得ない……。君がローザを想ってるのは、少なくとも僕にはバレバレですよ」

「う…………。ご、御免……」

自身の弁通り、遠回しにするのは止めた彼に真っ向勝負のことを言われ、アレンは益々動揺し、カッと火照った頬を隠す風に顔を俯かせたが。

「謝ることでもないと思うんですがー」

「う、うん……」

「…………アレン、ローザが好きなんですよね?」

「……うん」

「だから。どうするんですか? 急がないと、数日後には、ローザはムーンペタに行ってしまいますよ?」

責めてる訳じゃないんです、と穏やかな声を出したアーサーは、「だから、どうするのかと訊いている」と、再び問うてきた。

「どうする、と言われても……。どうするも、こうするも……。ローザに、気持ちを打ち明けるつもりはない」

「何でです?」

「何故、って……。……ローザは、ムーンブルクの女王に即位しなくてはならないし、王都再建の大仕事も控えている身だし、僕だって、早ければ次の春には即位することになってしまったし……。……そもそも、互い、跡継ぎは一人しかいない王家の王子と王女なんだ、好きだと打ち明けた処で、何がどうなる訳でも無い。ローザを困らせるだけだろう……?」

「あのですね、アレン。それとこれとは、話が別だと思いますよ」

もう、アーサー相手にローザへの想いを隠しても無駄と悟り、アレンは、彼女を想っていることも、されど想いを告げる気は無いことも吐露したけれど、アーサーは、それではいけない、と首を振る。

「何が別なんだ? 王家の跡継ぎである以上、国も継がなくてはならない。子だって生さなくてはならない。僕とローザは、好きだの嫌いだのだけでは…………」

「確かに、それは、祖国の王家に生まれた僕達の現実です。でも、現実はこうだから、と自分の想いに蓋をしたまま、王族としての義務のみで何方かを娶っても、娶ったその方も、アレン自身も、不幸になるだけです。僕には、アレンがローザを忘れられるとは思えません。想いを告げずに終わらせてしまったら、尚更」

「でも……。だけど…………」

「……実を言えば、僕は、もう随分前から、アレンはローザが好きなんじゃないか、と思っていたんです。切っ掛けは、初めてルプガナを訪れた時です。アレン、憶えてます? あの街から出航する時、君にしては珍しく、恋の話──僕には特別に想っている人がいるのか、と訊いてきましたよね。あれから、もしかして……、と思い始めて。推測が確信に変わったのは、このローレシアで魔物の神官と戦った後、ローザが取り乱した時です。あの時、アレンはローザを想っていると確信したんです。それくらい以前から、僕は、自分で言うのは何ですけど、アレンはどうするんだろう、って、君のこと、こっそり見守ってたんです。……だから、断言出来ます。想いを告げずに済ませたら、アレンは一生、ローザのことを引き摺りますよ」

次いでアーサーは、コトリと床にグラスを置いてアレンへ向き直り、

「じゃあ……、どうしろって…………。……打ち明けろ、とでも……?」

同じく、グラスを手放したアレンも、彼へ向き直る。

「はい。何がどうなるにせよ、そうしなければ、アレンもローザも、前には進めません」

「アーサーの、言いたいことは判る。けど……」

「ローザに、好きだと打ち明けるのは、怖いですか?」

「……っっ。……それは…………」

「好きな人に好きだと告白するのは、怖いですよね。僕だって、そんなことは怖いと思います。怖くなかったら嘘です。……でも。アレン、立ち止まったままでいるよりは、いっそ砕け散った方が、今は辛くても後々楽ですよ?」

「……………………う、ん……。それは、うん……。けど……、僕はそれで良くても、ローザは迷惑なんじゃ……。下手に打ち明けて、彼女との仲が壊れるのも……」

「それを言っても今更です。ローザに想いを寄せているアレンが、言っていいことじゃないです。人を好きになると言うのは、そういうことだと僕は思います。……なので。もう、四の五の言わずに。ね? アレン。決着を付けちゃいましょう」

「……うん。判った。納得も出来たし、そうしてみる。────背中を押してくれて、有り難う、アーサー」

睨み合っていると言えてしまう程、互い、真摯な眼差しを向け合った二人は、低い声で語り、やがて、アーサーの説得に、アレンは頷いた。

「いいえ。……まどろっこしく思ってた部分もあったんです、実は。でも、今夜の祝宴はいい機会になるかもだからー、と思って、ローザと踊るように勧めてみたりもしたのに。あの舞踊の最中でさえ何もなかったなんて、拍子抜けもいい処です。アレンは本当に、恋愛には疎いですねー」

「……悪かったな…………。──なあ、アーサー。僕は、そんなにあからさまな態度だったのか?」

「はい。さっきも言いましたけど、バレバレです、バレバレ。アレンは何を根拠に、自分の気持ちが誰にもバレてないと信じたのか、逆にこっちが訊きたいくらいです。…………でもですね、アレン」

だから、王子二人は飲み直しを始め、

「ん?」

「僕は、アレンの味方をしてますから。応援もしてますから。……頑張って下さいね」

取り上げ直したグラスに酒を注ぎつつ、アーサーはアレンを励ました。

「……有り難う」

想いを伝えた処で叶う筈無い、端から叶えられない、最初から終わりの見えている恋路の、何を応援するのだろう、とアレンは苦笑を浮かべ掛けたけれど、失恋が確定したら慰めてやるからと言う意味かな、と解釈し、礼を言った。

────それからは、二人共酒を煽りながら、今宵の宴に対する盛大な愚痴大会を開き、もう休まないと明日に響く、と言う時間まで語りと飲みを続けて眠り。

翌日の朝も、アレンは習慣通りに目を覚ました。

都中が、否、国中が祭りに浮かれていようとも、日々の鍛錬を彼は欠かさず、訓練場で剣を振るい、一旦部屋に戻って汗を流してから、身支度を整え朝食前の散歩に出た。

夕べが夕べだったからだろう、その日のローレシア王城は誰も朝が遅いらしく、常ならば、城詰めの者達が幾人も行き交っていておかしくない城内は未だ人影も疎らで、父上達も叔父上達も、今日は未だ寝ているだろうな……と、昨夜、ロトの剣を囲んではしゃいでいた親達の様へ思い出し笑いを浮かべつつ、彼は、中庭へと出て行った。