────が。

世界の終焉に気付いてしまった、けれど、終焉は覆され平和が齎されたのにも気付いた人々が、口々に語り合っている「救世主!」が何者なのかは、既に知れ渡っていた。

約二年も市井の者達に紛れての旅を続けたのに、妙な処だけ、王族故の『おっとり』が抜け切らなかった彼等が知らなかっただけで、以前、ローレシア王が、人の口に戸は立てられぬ、と言っていた通り、ロト三国の王子王女が連れ立ってハーゴン討伐の旅をしている、と言うのは疾っくにベラヌールでも噂になっており、故に人々は、「救世主!」は、その噂の殿下方に違いない、と断言していた。

尤も、そんな風に街の角々で姦しく噂する者達も、救世主な殿下方の顔までは知らなかったので、そういう意味ではアレン達が括った高は外れなかったが、往来を進むだけで耳に飛び込んでくる自分達の噂話に、ものすーー……ごく気拙いような思いはさせられ、彼等は、悪いことをした訳でも無いのに俯かずにはいられなかった。

挙げ句、三人揃ってすっかり失念していたが、水の都には、ベラヌール教会の神父以外にも、薄々なれど、一介の冒険者として振る舞い続けた彼等の正体に勘付いている者が二人いて。

そそくさと、ハーゴンの呪いに倒れたアーサーの面倒を見て貰った宿屋へ飛び込み、もう何日も前に預かって貰ったガイアの鎧を引き取ろうとしたら、宿屋の主と女将──そう、彼等の正体を薄々悟っていた二名に、感涙されながら歓待されてしまい、又もや、これまでの礼と別れのみを言い残し、返されたガイアの鎧を抱き抱えた彼等は、半ば、宿屋から逃走する。

「どうしよう……。もしかして、世界中何処に行ってもこの調子なのかな……」

「……幾ら何でも、そんなことは無いと思いますよ。……ええ、幾ら何でも」

「そ、そうよね。大丈夫よねっ。多分、大丈夫……ではないかしら……」

宿屋を飛び出し、勢い通りを駆け抜け、「拙い。果てしなく気拙い。けど、どうして自分達が、罪人か何かみたいに逃げ回らなくちゃならない?」とブツブツ零し合ったものの、結局、彼等はベラヌールの街の門を潜ってしまって、

「……どうする?」

「……どうする、と言われても……。どうしましょう……?」

「……港を目指すしか、道は無いと思うわ」

若干不安は残るが、きっと、外洋船の船長達なら大丈夫! と三人は少しだけ予定を変えて、ベラヌールの港へルーラで飛んだ。

外れて欲しい予感程、善く当たるものは無く、向かった港でも彼等の噂で持ち切りだったが、期待通り、外洋船の船乗り達は、無事に戻って来た三人に、過剰でない出迎えをしてくれた。

「船長っ。皆っ。ただいま!」

「お待たせしてしまって御免なさい」

「でも、無事に戻って来られたわ!」

「応! 待ってたぞ、三人共! やったな、お前等!」

漸く落ち着ける、と満面の笑みを浮かべたアレン達が帰還を告げれば、船乗り達も満面の笑みを返してくれ、海の男達ならではの、少々手荒い歓迎もしてくれ、

「能くもまあ……。……本当に、無事で良かった……!」

やがて水夫達は、男泣きを始める。

「ああ。船を発ってからも色々と遭ったけれど……、何とか」

「謙遜してんじゃねえよ、アレン坊。お前さん達は、他の誰にも出来なかったことをやって退けたんだぞ? 第一、何とかでも、命処か五体も無事で帰って来られたじゃねぇか。もっと、胸張って威張れや」

「…………有り難う、船長」

それからも、三人と船乗り達の無事の再会を喜ぶやり取りは続き、その日は夜が更けるまで、外洋船の甲板にて酒宴が開かれて、翌日は、騒々しいが心底楽しかった宴の雰囲気にヤラれたのもあり、自制を忘れ、船乗り達に勧められるまま杯を重ねてしまった三人が、揃って二日酔いに負けて寝込んだ──因みに、船乗り達は全員ケロリとしていた──為、船はベラヌールの港を動かぬままで。

アレン達が、ロンダルキア奥地から帰還した二日後。

外洋船は久方振りに、彼等を乗せて波間を進み出した。

波を掻き分け行く船が先ず舳先を向けたのは、ペルポイの街だった。

地下都市をも築いた程、ハーゴンの呪いに怯えていたペルポイの人々には、自分達からきちんと、もうハーゴンや邪神教団の脅威に怯える必要は無くなったのだと伝えるべきだろう、と三人は考えたので。

「そう言えば、めっきり、魔物達が出なくなりましたねぇ」

「うん。滅多に姿を見掛けなくなった。たまに、ちらりと視界の端を掠めることもあるけれど、向こうから逃げて行ってしまうし。……多分、アレク様が大魔王ゾーマを討った後も、アレフ様が竜王を討った後も、こんな風だったんじゃないかな」

「本当に、平和になったのね」

先を急ぐ必要など一つも無いから、全く以てのんびりと進んだ船は、ベラヌールの港からペルポイまでの距離を、約七日程掛けて行ったのだが、その間、アレン達は一度も魔物に出会さなかった。

お陰で、余り速度を上げずに進む船同様、彼等も、水夫見習いの真似事をする以外は本当にのんびり海上生活を楽しめ、昔のペルポイの港跡から現在の地下都市へ向かう道すがらも、一、二度、好奇心は旺盛な、されど弱い魔物達が逃げ去って行く姿をチラリと見掛けた程度のことしか起こらず、そこでやっと、三人は、「あ、もう魔物は出ないんだ」と遅ればせながら会得し、

「何時魔物に襲われるかと、心配しなくてもいい旅って、こう……新鮮ね」

「気にしなくちゃならないのは、空の具合や暑さ寒さくらいですもんね。こんな旅が出来るなら、これからは、世界中で街々を行き交う人が増えるでしょうね」

「だろうな。きっと、世界が賑やかになる」

旅って、こんなに楽だったっけ? と言い合いつつ、何事も無く地下都市へ到着した彼等は、三人の訪れを知り、出迎えてくれた街の長老や教会の神父に、ハーゴンを討ったことと、故にもう、邪神教団の呪いに怯える必要は無いことを報せ、長老や神父からは、ルーク──海で遭難し、海岸に打ち上げられていた所をペルポイの人々に助けられ、ペルポイ教会の世話になっていた記憶喪失の青年が、ハーゴンやシドーが討たれた日、突如記憶を取り戻した、と知らされた。

やはり、ペルポイのルークは、ザハンのルークと同一人物だったそうで、数日前、この分ならきっと平気だからザハンの方まで漁に出てみる、と言い出した漁師達の船に便乗させて貰い、故郷へと帰ったのだそうだ。

なので、ルークが記憶を取り戻せて良かったし、彼と再会すれば、ザハンの彼女も以前の彼女に戻れるだろう、と彼等は喜び、自身達もザハンに寄ることにした。

自分達があの絶海の孤島に着く頃には、恋人同士は幸せな結末を迎えているだろうから、一寸、その姿を影から見守ってみたいし、礼拝堂の尼僧にも礼が言いたい、と。

故に、ペルポイを発った彼等と船は、今度はザハンの村を目指し、訪れた彼の村で、想像通り仲睦まじく寄り添っていた若い恋人同士を影からコソコソと覗き見し、ちょっぴり羨ましい、とか何とか与太も言い合った三人は、彼等の曾祖父が築いた礼拝堂の尼僧との再会を果たす。

彼女も、彼等が無事に戻ってきたこと、ハーゴン討伐を叶えたことを、心から喜んでくれ、ザハンの礼拝堂が──即ち、当代は彼女が──勇者アレフより託され守り続けてきた聖なる織り機のお陰で、アレン達が水の羽衣を手に入れられたと知った直後には、薄らと、目尻に涙を浮かべた。

「そうですか。あの機で、伝説の水の羽衣を……。…………これで、漸く。この礼拝堂も、私も、代々受け継いで参りました使命を終えられたのですね。良かった…………」

「……尼僧殿。不躾だが……、貴方は、これから?」

「使命は終えましたが、私はこれからも、この礼拝堂を守り続けようと思います。ザハンには教会がありませんので、礼拝堂を閉めてしまったら、村の方々がお困りでしょうから。でも、この先は、時には気軽な旅にも出られますでしょうし、のんびりとした暮らしも叶いますわ」

本懐を果たした己達が、嫌でも旅を終えなくてはならぬように、彼女も、使命を終えたと言うことは……、と涙滲ませた尼僧の今後をアレンは案じたが、尼僧は、これからは一介の尼として、この田舎の村で気楽に暮らしていく、と綺麗に笑んだ。

だから、それならば、と彼等は尼僧にも別れを告げ、ローレシア王城へ続く旅の扉の存在は敢えて見なかったことにして、ザハンを旅立ち。