神殿の地階の守りは、人魂に化けていたデビルロード達のみに任されていたのかも知れない。

あれ以降、見掛けたのは彷徨う人魂達のみで、魔物の気配は湧かず、一見は単純そうな造りに見えた、部屋数も余り多くない地階の探索をアレン達は続けた。

魔物達と戦わずに済んだし、迷宮の如くな、と言う感じでも無かったけれども、あちこちに魔方陣を刻み込んだ石床が作り出す罠等々も張り巡らされいたそこは、探れば探る程、面倒な所だな、との感想ばかりが湧いてくる造りで、何処をどう探しても、上層階へ繋がる道が無かった。

終いには痺れを切らした三人が、総掛かりで片っ端から怪し気な床だの壁だのを叩きまくったら、玉座の裏の壁にあった隠し扉と、そこから続いていた区画を抜けた先の隠し扉は見付けられたが、それ以外の発見は皆無だった。

唯、床一面に魔方陣の罠を張り巡らせた、広い部屋に出られただけで。

「この神殿……、どうやって上に昇るんだ?」

「さあて……。階段も、それっぽい通路もありませんでしたよね」

「でも、この部屋は一寸気になるわ」

トラマナで罠を黙らせ踏み込んだ広い室内は、中央部分に十字を描くように白石が敷き詰められていて、その十字部分だけは『只の床』になっており、「思わせ振りな感じ……」と、彼等は揃って足許を見下ろす。

「…………もしかして……、ここで何かしろ、ってことですかね……?」

「…………何かって、何を……? ハーゴンやハーゴンに従う魔物達だけが知っている合図、とかか?」

「…………邪神の像を使ってみる、とか……。……でも、まさか、そんなこと無いわよね……」

「邪神の像、ですか……」

「邪神の像、な……」

「わっ、私だって、そんなことある訳が、と思ってはいるのよ!? でも、他に心当たりは無いし、折角、万が一の時の為に持ってきたのだから、試してみてもいいんじゃないかしら、って……」

「あーーー……、まあ、それもそうですねぇ」

「なら、試すだけは試してみるか」

縦の白線と横の白線が交差するそこを、暫しの間、じーーー……っと凝視し、幾ら何でもそんなこと、と言い合いながらも、彼等は、ハーゴン神殿の内部まで引っ担いできた邪神の像を荷物の中から取り出し、アーサーとローザの双方から縋るような目を向けられたアレンが、ロンダルキアへと続く洞窟の入り口を開いた時と同じく像を掲げれば、

「えっ」

「うわっ」

「きゃっ」

途端、三人の身は浮き上がり、次の刹那には、神殿内であるのには違いなさそうな、されど見たことの無い場所に立っていた。

「えーーーーと?」

「まさか、と思ったことが起きたみたい」

「邪神の像が、旅の扉と似たような役目を果たした、……ってことかなー、と」

故に、彼等はキョロキョロと辺りを忙しなく見回し、アレンが両腕で抱えたままの邪神の像も見遣り、「深く気にするのは止めよう」と、目と目でのみ語り合う。

「……気を取り直して行こうか」

「そうですね」

「ええ、進めたのですもの」

何はともあれ、上層階には辿り着けたようだし、これでもう、像も不要になったろうと、邪神の像をその場に放置した三人は、表情も足取りも改め直した。

────そうして、気合いも籠め直した彼等が行き出した、恐らくは二階だろうそこは、塔部分に位置しているのか、予想よりも狭かった。

荒く削っただけの無骨な石壁と、内壁に囲まれている階段があるのみで、魔物達は湧いたけれども、迫り来るそれらを無視し、又は逃げてやり過ごし、階段目指して駆け抜けるのも容易だった。

三階も、二階よりは多少複雑なだけで、後は似たような造りをしており、魔物達は全て無視してひたすらに駆け抜け、程無く見付けた再びの階段を彼等は昇る。

…………四階も、抜けて来た二階や三階と、差して変わらぬ風だった。

但、襲い来る魔物は不自然なまでに数を減らし、更なる先を目指して進む内に、本当に微かに嫌な気配が漂い出して、内壁を伝う風に先を歩いていたアレンのマントを、アーサーとローザが同時に引いた。

「どうしたんだ? 二人共」

「この先に、何かあるわ」

「多分ですけど、この階には、邪神の僕と言われている三匹の魔物を召喚した魔方陣が置かれている気配がします」

「……判った。その辺りも探りつつ行けばいいか?」

「余り慎重にし過ぎても、雑魚な魔物達に捕まりますから、その辺は加減しながら行きましょう」

「鉢合わせなければ平気よ。曲がり角だけ気を付けて」

風に乗って伝わり始めた嫌な気配の中から、アーサーとローザは召喚魔法の力を感じ取ったようで、二人の訴えに従い、アレンは歩みの早さを落とし、気配も潜めた。

そこから少し行った先に、ローザが気を付けろと言った曲がり角があるのは見えていた為、残り二人も息と気を潜め、先頭に立ったアレンは、石壁の影に隠れつつ頭だけを覗かせ、その先を探る。

「うん……? 何か…………」

「アレン。一寸いいですか」

けれども彼に判ったのは、曲がり角の先は細い通路になっているのと、通路の突き当たりに階段らしき物が見え隠れしているのと、その階段の手前で、とても微かな赤い光のようなものが揺らめいている風に見えなくもない、と言うことだけで、能く判らない、と眉を顰めた彼の肩越しに、アーサーも頭を突き出した。

「階段の近くに、本当に薄ぼんやり、赤い色の何かがあるような気はするんだが、気の所為かもとしか僕には思えなくて……。アーサー、何か判るか?」

「気の所為では無く、確かに赤く光っているモノがあります。断言は出来ませんが、召喚の魔方陣でしょう」

「なら、魔法具を試してみましょう」

うーん? と首捻るアレンが見詰める先へ自身も目を凝らし、恐らくはあれが、と言い出したアーサーの更に横から頭を覗かせたローザは、先日拵えた魔法具の宝珠を取り出す。

「奇襲に失敗したら御免なさい」

「構えていてね、アレン」

「ああ、判ってる」

次いで、アーサーも同じく宝珠を手にして、アレンがロトの剣を抜き去るのを待ち、もう少しだけ、赤い光を放っている風に見える所へ近付くと、二人は、せーの! の掛け声と共に、それぞれ、魔法具を投げた。

──アレン!」

「正解よ、出たわ!」

投げた、ではなく、ぶん投げた、と言う方がより正しい扱いをされた宝珠が描いた軌道を見詰め、壊れたりしないのか……? と思わず悩んでしまったアレンの目の前に、大樹のような太さの大きな棍棒を片手で肩に担ぐ、褐色の肌をした一つ目の巨人が出現する。

「宝珠の力、一応ですけど効いてます!」

「アーサー、スクルトを! 私はルカナンを掛けてみるわ!」

「いえ、スクルトより、光の剣のマヌーサを優先します、少しの間だけ耐えて下さい!」

効果の程は判らないが、魔法具が生んだ、召喚の魔方陣を抑える目的のトラマナも、魔族達とは相反する聖なる力で巨人の体を包んだトヘロスも、一応は効いている様子で、ローザはルカナンの詠唱を始め、アーサーは光の剣を掲げ、

『ロト……? お前達、ロトの末裔? ──ロト、邪魔。ロトの血、凄く邪魔』

愛嬌がある、と言えなくもない面の巨人──神に逆らい罰せられた巨人族の長アトラスは、目も口も大きく開き、あー……? と三人を見下ろし呟くように言うと、担いでいた巨大な棍棒を振り上げた。