─ Samaltria〜Beranoor ─

「出来ましたよーー」

報せを受け、直ぐさま例の品を取りに走ったアーサーは、戻って来るなり、待っていたアレンとローザに、いそいそと、手鏡に造り直されたラーの鏡を披露した。

「えっ?」

「これは……」

それまで、彼の自室でのんびり茶を飲んでいたので、卓の上に置かれたままの茶器達を避け、彼が置いた、別珍を敷き詰めた箱より取り出された『それ』を目にした途端、アレンとローザは、ちょっぴり目を丸くする。

──割に大きな破片だったとは言え、一度破損してしまった物、出来上がってきたのは、手鏡の中でも小さい部類に入るだろう大きさしかなかった。

しかし、二人の驚きはそこでなく。

見せられた手鏡が、装飾から何から、本来のラーの鏡をそっくりそのまま縮めたとしか思えない品に仕上がっていた故にだった。

薄く叩き伸ばした黄金の台も、翡翠らしい貴石を蔦の如く複雑に絡めて配してある台の縁取りも、所々に蒼石を設えてある飾りも。

勇者ロトを生んだ世界の物らしい文字まで、見事に再現されていて。

「アーサー? どうして?」

こんなに凝らなくても良かったのに、と丸くした目を、アレンは今度は、『主犯』だろう彼へと向ける。

「どうせなら、あのラーの鏡と同じ拵えにした方が、御先祖様達縁の品、と言う感じが増していいかなあ、と思っただけなんですけど。……嫌でした?」

「いや、嫌とかじゃなくて。色気も何も無いんだが、僕は、壊れなければ事足りるから一寸した台に嵌めて貰えればいい、くらいのつもりだったんだ。だから、見事な出来に驚いた」

「あー、アレンらしいですねぇ」

「それにしても……、アーサー。どうやって、これを職人達に造らせたの?」

「僕が、自分で絵を描いて伝えたんです。色まで全部」

「……アーサー。貴方、絵も上手だったのね」

「上手いと言えるかどうかは判りませんけど、好きではありますよ。──ラーの鏡の絵を描いてですねー。そこから……────

何で? と問われた直後こそ、独断過ぎたかな、とちょっぴりだけ不安気になったアーサーだったが、二人の驚きの理由を知って後は、えへ、と顔を笑み崩しつつ、どのようにして職人達に仕事を依頼したのか長らく熱弁し、

──…………と言う訳なんですよー。……あ、そうそう。それで。アレンが集めた破片の中に、硬貨くらいの大きさの物が幾つかあったので、一寸『遊んで』みました」

満足したらしき処で、流石に頬が引き攣り始めたアレンとローザに笑み掛けてから、彼は、懐に手を突っ込んだ。

「あら。まあ」

「へぇ……」

二人を驚かそうと思ったのか、アーサーが引き摺り出した、胸許に忍ぶ風に入れられていた品は、小さな手鏡になった『元・ラーの鏡』を、より一層縮小し、首飾りに仕立てた感じの物だった。

それが、都合三つ。要するに、彼等全員分。

一見はお揃いで、だが、縁取りに設えてある石の色だけが違っていた。

一つは本来通り蒼石で、二つ目は翠石で、三つ目は紅石、と言う風に。

「……あ、判った。私達の瞳の色と揃えてあるのね」

「はい。女性的な発想かな、と思わなくもなかったんですけれど、三人でお揃い、みたいな品が、一つくらいあってもいいかな、とも思ったので。思い出の品になりますから」

「うん。確かに凄くいい思い出の品になると思う。一度は、ロト様も曾お祖父様も手にした鏡から作った物だから、そういう意味でも」

「それに、これなら服で隠れるから、何時でも身に着けていられるものね。……有り難う、アーサー。嬉しいわ」

「有り難う。僕も嬉しい。……それにしても、こんな小さな物まで精巧に造れるなんて、凄いなあ……」

「どう致しまして。二人に喜んで貰えて、僕も嬉しいです。──やっぱりですね、細工して貰うとなると、硬貨よりも小さくなっちゃいますから、手鏡にした物よりも細工に手間が要りますし、難しくもなるので、職人達と相談して、この辺を、こう、ちょっぴり────

目の前にぶら下げられたそれを眺めて、何故、そんな物を彼が拵えたのかも知ったアレンとローザは、少々照れ臭く思いながらも喜んで、自身も殊の外嬉しそうな顔になったアーサーは、又もや、ここがこうで、そっちがああで、と細工に関して熱心に──正しくは暑苦しく──語り出し。

到底、一国の王太子が喋っているとは思えない、物凄く専門的な話は何時終わるのだろうなあ……、と頭の片隅でぼんやり思いつつ、それでも、アレンもローザも、彼の話に耳を傾け続けた。

──但。

元は伝説の鏡なれども、所詮は破片になってしまったそれを手鏡に直したり、三人揃いの『思い出の品』を得られた以外、事は何ら進展を見せなかった。

出来上がってきたばかりの『手鏡版・ラーの鏡』を幾度覗き込んでも、ベラヌールの宿での時のようには先祖達も『化けて』出てくれず、何となく、それっぽい人影が見えるかも……、と言った程度の、薄らとした何かが極々稀に映っただけだった。

鏡には映らなくとも、夢の中でなら対面出来るかも知れないと、枕の下に手鏡を入れて眠ってみるのも試してみたが、三人共に、先祖達の夢処か只の夢さえ見られなかったし、ロトの剣も相変わらずで。

だから、やはりベラヌールで言い合った通り、何時か何かが変わるかも知れないと期待しつつ、手鏡版・ラーの鏡を持ち歩いてみるしかないと、アレン達は一旦、先祖達と鏡絡みの諸々に見切りを付け、水の都に戻り、ロンダルキアへ乗り込む為の支度をし直すことに決めた。

あの洞窟を越え、彼の大陸深部を目指せるだけの実力が、果たして己達に備わったのか、と言う不安は、どうしたって彼等全員の中に残っていたし、ハーゴンや彼の率いる邪神教団は、只単に世界の破滅を望んでいる訳ではなさそうだ、とは掴めたものの、未だにその全容は不明なままだから、そういう意味でも不安はあり、自分達は少し、事を急いてしまっているのではないかと、幾度となく思いはしたけれど。

唯、立ち止まって考えばかりを巡らせるくらいなら、少しでも前へと進んだ方がいい。リレミトやルーラの術を使役すれば何時でも何処かの街に戻れる。事態に何らかの進展があったら、又は、未だ時期尚早だと感じたら、その時引き返せばいい。何度失敗したとしても、何度でもやり直せばいいのだから、と自分達に言い聞かせたら思いの他気が軽くなったので、良くも悪くも緊張を覚えるのは、ハーゴンに手が届き掛けた時でいい、とも思って、翌日の午前、三人は、サマルトリア王都を発った。

そうして、装飾、と言う観点から見遣れば、凝りに凝ったと言える手鏡版・ラーの鏡の、細工代の請求はローレシア宛で、と主張したアレンと、サマルトリア宛で、と言い張ったアーサーの二人は、長々と、しかも激しく言い争いつつ。ローザは、何方の国の王室に請求が行こうとも、一時立て替えて貰うだけで、結局は自分達が稼いだ金で支払うのだから、言い争うだけ馬鹿馬鹿しい、と呆れつつ。ベラヌールに舞い戻ってからも、彼等は、数日間、何時もの宿に滞在を続けた。

必要な品の買い出しに出掛けたり、野に出て獣を狩って干し肉を拵えたりとしながら目紛しく過ごして、どうやったら、必須だろう品──食糧込みで──を最も上手く荷物袋に詰め込めるか悩んだりもして。

それなりに満足のいく支度を整えられた、と確信出来た日、余分な荷物を船に預けに向かった三人は、本当に長らく世話になり続けた外洋船の船長や乗組員達に、これまでの礼と別れを告げた。

これよりロンダルキアの内陸に向かうこと、その為、当分は戻って来られないだろうこと、それらを伝え、

「だから、船長達はルプガナに戻っ──

──あ? 何言ってんだ?」

アレンが、船の母港であるルプガナに戻って、と言い掛けたら、船長も水夫達も、はぁ? と顔を顰めた。

「え? 何って……?」

「何、って……、それこそ何でだ? そりゃ、俺達の雇い主はルプガナの旦那だが、今の俺達の仕事は、お前さん達を乗せて世界中の海を渡ることだ。だってのに、お前さん達置いて帰れる訳ねえだろ。第一、お前さん達自身で、俺達や船を旦那に返さねえでどうすんだ? アレン坊達だって、俺達が待ち切れねえまでロンダルキアに行ってるつもりはねえだろう? 邪教の連中なんざ、とっとと伸しちまうつもりだろう? だから。待っててやるから、さっさと戻って来いや」

故に、僕達は何か変なことを言っただろうか? と戸惑った三人に、船乗り達は、異口同音にそう言って、

「気を付けて行って来いよ。三人共、無事に帰ぇって来るんだぞ」

「………………ああ。有り難う、船長。皆も。気を付けて行ってくる。ちゃんと、無事に帰って来るから」

さらりと明るく送り出してくれた彼等に、『行ってきます』を告げたアレン達は、船の甲板よりルーラで飛んだ。