─ Rondarkia Road〜Spirit Shrine ─

それよりも、一歩進む毎に、後から後から湧く腐った死体達に三人は襲われ続けた。

「何なんだ、ここは…………」

「腐った死体くらいなら、そんなに苦労せずに倒せますけど、流石に、こうも数が多いと……」

「何でこんなに、あの魔物ばかり湧くのかしら」

もう何度目になるのか判らなくなってきた腐った死体達とのやり合いを終え、何時しか、地下の空洞の隅に追い遣られていた彼等は、直ぐそこの壁に凭れてしゃがみ込む。

「確かに、少し異常だ」

「腐った死体以外いないのも、変ですよね」

「それだけの理由がある、とか?」

「理由? あいつらだけが湧く理由か? ……うーん…………」

「永遠に、生と死の境を彷徨う魔物だけが湧く理由……。……あの手の魔物が好む──。…………あ! もしかして、ここの何処かに命の紋章があるのかもですよ」

「ああ! そうかも知れないわ! 命の紋章、と言うくらいですもの、彼等のような存在が求めて止まない力を持っていても、不思議じゃないわ」

「連中は、命の紋章に惹かれて集まって来た、と言うことか?」

「ええ。山彦の笛を試してみましょう」

いい加減しんどい……、と気休めにローザにトヘロスを唱えて貰ってから、乱れた息を整えつつ、中々脱出出来ないその場への文句を垂れていた彼等は、ひょっとして、と思い付き、山彦の笛を吹いてみた。

その思い付きは正しく。

笛の反響は、直ぐ傍らから返った。

「当たりだわ」

「探しましょう」

「ああ」

耳傾けるのはこれで最後になるだろう、綺麗な笛の音が消え去るや否や、おお! と三人は、げっそりしていた面に明るさを取り戻し、近くを探る。

「あった! ありましたよーー!」

探すと言っても、そこでは地面を掘ってみるくらいしか出来ることは無かったので、手当り次第に足許を掘り返し始めて程無く、アーサーが、湿った土で汚れた、人の心の臓を記号化した形──俗に言うハートマークに能く似た石を掘り当てた。

「……又、何と言うか、激しく判り易いな」

「……単純明快ね」

「……ま、まあ、判り易いのは良いことですよ」

確かにこれは、『命』を表す際に用いられるものだけれど……、とアーサーが指先で摘み上げた石を、三人は複雑な顔して眺める。

「それは……うん、まあ。若干、居た堪れないが」

「ええと……、これは、どうなるのかしら」

「……さあ。待ってみましょうか」

とは言え、形からしても命の紋章に間違いはなかろうと、揃って石の行方を彼等が見守れば、ふる……っと一度だけ震えた命の紋章は、パン! と音立てて弾け、それぞれの中へと消えた。

水の紋章のように、するりと綺麗に分かれず、爆ぜる風に身を割った石の様に、言いたくはないが不吉過ぎる……、と三人は、「えー……」と又しても複雑な顔を拵えたけれど。

「……………………。爆ぜんばかりに力溢れる命、と言うことで……」

「そ、そうよね。地に根を下ろす為に、自ら爆ぜる種もあるものね。そういうことだと思えば……」

「あの形は心の象徴でもあるから、強い心を分け合えと言う意味かも、と解釈してみる……とか」

気にするのは止めようと、目と目で言い交わした彼等は前向きな発想を絞り出し、こくこくこくこく、頷き合った。

でなければ、何時、腐った死体達が湧いて来るかも知れない地底の片隅で、長らく黄昏れてしまいそうだった。

「全く…………」

「……アレン。駄目です。僕にも上手く言えませんけど、多分、苛立ったら負けです」

「勝ち負けの問題ではないでしょう……。……さあ、戻りましょう」

「そうですね。──何処の街に戻りますか? 今の処、精霊の祠と思しき場所の心当たりは、デルコンダルの北北西の海上にあった『点』だけですから、次の目的地に一番近いのは、あそこの王都ですけど」

「んー……。ルプガナにしよう。何処からでもルーラで飛べるのだから、気楽に休めて、荷積みもし易い所の方がいい」

だが、そんなことをしている暇は無いと、気を取り直して彼等は行き先を決め、先ず、ローザのリレミトで洞窟を脱出し、アーサーのルーラでルプガナへ向かった。

「あ、そうか」

────最も訪れる機会が多い為、他の街々よりも遥かに親しみを感じてきたあの港町へ戻るべく唱えられた、転移術独特の光に包まれた瞬間。

あの石は爆ぜたのではなく、迸ったと捉え直せばいいのだ、とアレンは思い当たった。

命の紋章が象っていたのが、命そのものだったとしても、心だったとしても、迸る程の力、迸る程の想い、それを、三人で分け合ったのだと思えば。

この世界に在り続けようとする力を、アーサーとローザと分け合ったのだと思えば。

少なくとも、いい気分にはなれるなと、彼は刹那、一人で頬笑みを浮かべた。

予想外の厄介さと、予想外の早さで命の紋章──五つの紋章の最後の一つを手に入れた三人は、向かったルプガナで疲れを癒し、荷積みを終えた二日後、デルコンダルの港へ飛んだ。

内海の畔に築かれた港より出港し、水路を真西へ向かって外洋に出て、数海里行ってから、船の舳先を真北に向ける。

それよりは、只ひたすら北を目指して海上を進み、北東の方角に、ローレシア大陸最南端の岬が微かに見え隠れし始めた頃、世界地図の上では只の点にしか見えなかった、とても古びた祠のみがポツンと建っている、小さな小さな島に船は辿り着いた。

「こんな所に、こんな島があるなんてなあ……」

「数十年前までは、この辺りも、ローレシアやデルコンダルの船の行き来が頻繁だったんじゃありません? なのに、ローレシア海軍の将軍方も、この島を知らないんですか?」

「多分。僕が知らなかっただけなのかもだが、この海域に島があるなんて、誰からも聞いたことがないんだ」

「船長達も、似たようなことを言っていたわよね。…………あら? そう言えば、世界樹の島も、そうよね。見掛けない筈は無いのに、あの辺りを能く通っている船長達でも、実際にあの島を目にしたことはなかったのよね」

「………………世界樹の島も、精霊の祠も、精霊と関わった者か、ロトの血を受け継いでいる者以外には、辿り着くことは疎か、見付けることも出来ない場所、とか?」

「……あ。そうかも知れない」

「多分、それが正解なんだわ。竜王の曾孫が譲ってくれた地図は神具だから、世界樹の島や精霊の祠まで記されていても、おかしくないものね」

ローレシアとデルコンダルを行き来する船ならば、十中八九傍らを通り過ぎる筈の島の存在を、双方の王家の血を引くアレンでもそれまで知らなく、精霊の祠の島も、世界樹の島も、『そういう者』でなければ目にすることすら叶わぬのかも、と言い合いながら、三人は、見る間に近付いて来た小島に接岸した船より、上陸を開始した。

その島からは、世界樹の島のような或る種の異様さは微塵も感じられなかったけれど、雰囲気も、通り抜けて行く風さえも、世界樹の島のそれに能く似ていて、神秘的な何かが肌を撫でた。

感じ取ったその何かに背を押され、精霊の祠に間違いないと、彼等は祠の入り口を越える。

────ロトの血を持つ者が、五つの紋章を揃えて赴けば、精霊を呼び出せる、と言い伝わるそこで、精霊ルビスの加護を賜る為に。

己達の遠い遠い先祖、勇者ロト──アレクへ、ルビスが誓った恩返しとは、果たしてどのようなものなのだろうか、と微かな恐れを感じながら。