─ Moonpeta〜Rupugana ─

戻った宿で、煤だらけになってしまった衣装の洗濯に勤しみ、未だ日暮れを迎えるまでには大分間があるけれど、と言いながら、湯浴みも、早めの夕食も済ませて、客室にてのんびり寛ぎつつ、次は何処を目指すかの相談を三人は始めた。

ああでもない、こうでもないと言い合ってみたが、ロンダルキアの洞窟へ行く為に必要だと言う邪神の像に関する手掛かりは皆無だから、先にテパの村へ行って水門の鍵を返してしまった方が、肩の荷も下りるし身軽にもなれるだろう、と言う処に話は落ち着き、明日、ムーンペタを発ったら、船毎ルーラでルプガナに飛んで、水夫達に水や食料の補給をして貰う間に、自分達は、ルプガナの北の祠から旅の扉でベラヌールの北の祠へ出て、出来れば立ち寄りたくないが、ベラヌールの街と港にルーラの契約印を置いたら、再びルーラでルプガナに戻って、補給や乗組員の休息を終えた外洋船を連れてベラヌールを訪れ直し、彼の街と港を起点にテパの村を目指そう、と彼等は決めた。

ルプガナから船でベラヌールを目指す方が、徒歩で向かうよりは旅の足を稼げるかも知れないし、世界地図上で測ってみた限りは、デルコンダルの港をテパの村への出発点にするのが最も短距離そうだったが、テパの村へ行くのは少々手間が掛かるから云々、と船長達が言っていたのを彼等は小耳に挟んでいたので、なら、水や食料も多目に積み込まないとならないかも知れないから、何時訪れても代金含めて積み荷の融通を利かせてくれる老人と孫娘がいる、己達の財布に最も優しい補給が出来るルプガナでそれらを済ませ、ルーラでベラヌールまで船を運んでしまうのが、一番、所謂『生活費』が掛からないだろう、と計算して。

三人共に、誰もが大国と認めるロト三国の王子殿下や王女殿下であることを考えれば、涙ぐましいとしか言えない発想だが、無い物は、逆さに振っても出ないのが現実で、経済面では慎ましさを第一に掲げて旅しなくてはならぬ彼等にとっては、切実且つ当然の判断だった。

今の彼等に、贅沢は、魔物以上に敵である。

────兎に角。

そんな世知辛い懐事情も加味しつつ、テパの村までの大まかな旅程を決めた三人は、その夜は早々に床に就き、翌朝早く、ムーンペタを発った。

街の門を出た直ぐそこでルーラを唱えて港へ行き、港から、やはりルーラでルプガナへ飛んで、予定通りベラヌールへ向かう為に必要な品々の買い物を済ませた彼等は、一度ひとたび、外洋船や船乗り達と別れ、北の祠目指して港町を後にする。

「あれ? そう言えば、十日の上徒歩の旅をするのは、随分と久し振りじゃありませんか?」

「あ、言われてみれば、そうね。ルプガナで船を借りて以来、頼り切りだったから」

「何処に行くにしても、徒歩よりは船の方が早いしな。ルーラや旅の扉も生かせるようになったから、こんな風に往くのが、少し懐かしく感じられるくらいかも」

「本当に。懐かしいとすら思うわ。でも、一番、旅をしている感じはするわよね。船旅よりは大変だけれど、青空の下を、何処かの街を目指して三人だけで歩くのは、やっぱり楽しいもの」

「ですねぇ。魔物さえ出て来なければ」

「言えてる。魔物にさえ出会さなければ、こういう旅が、一番楽しいかも知れないな」

「あー、でも。魔物や獣が全く出て来ないのも困りますね。路銀が稼げません」

「アーサー、その発言は……。……けど、それが現実なのよねえ……」

「倹しい話だが仕方無い。確かにそれが現実だしな。……あ、そうだ、路銀と言えば。…………なあ、この辺りには、メタルスライムが出なかったか?」

「あ! 出ます、出ます。確か、棲息地だった筈ですよ、この辺。……あれ、凄くいい値で引き取って貰えましたよね」

久し振りに、荷物や食料を詰めた荷物袋を各々背負って、晴天の下、雑草や下草が風に靡く広野を行きつつ、三人はお喋りにも興じ、

「……探してみる?」

「……探します?」

「……探そう」

会話の中身が激しく現実的な話題に移った頃、ルプガナ辺りにも棲息地を持つメタルスライムの、小さくてぷっくりした姿形や、照りのある灰色や、何より、ルプガナで武器や防具の職人達に素材として売り払った際に得られた金額を思い出した彼等は、それぞれの瞳の中に、良く言えば『情熱』の火を灯し、この上もなく真剣な顔付きでメタルスライムを探しながら、ルプガナの北の祠を目指した。

視界の端を、キラリと陽光を弾きつつ跳ねる灰色が掠める度、「メタルスライムーーー!」と追い掛け回し、時には逃げられ、時には体当たりを喰らい、時には勝利し、としながら、三人が、ルプガナの北の祠を目指し始めて二日目の夜。

寄り道をしているようなものだから、未だに祠は見えてこないけれど、灰色のあれが三匹は狩れたから、又これで、暫くは路銀の心配をしなくてもいいかな、と思いつつ、アレンは一人、焚き火の番をしていた。

──刻限は、もう真夜中近く。

夜の食事をした直ぐ後から火の番と見張りをしてくれていたローザと交代した時より数えても、二刻は経っていた。

彼女も、後程見張りを代わることになっているアーサーも、ほんの少しばかり火から離れた下草の上で薄い毛布に包まりながら休んでおり、良く眠っている様子の二人を見てから、二、三本、パチパチと爆ぜつつ燃える焚き火に枯れ枝を放り込み、火の前に座り直した彼は、小さく溜息を吐いた。

……ムーンペタであんな夢を見てしまった所為だろうか、あれ以来、夜が来る度、一人になる度、例の恐怖心や、恐怖を掻き立てる源を気にする思いが頭を擡げて、「ああ、又、思い出してしまった……」と項垂れ、己を叱咤してみても、擡げた思いは消え去らぬばかりか、何故、あの夢の中で、ロト様や曾お祖父様は詫びなどを告げてきたのだろう……、と考え込んでしまう刹那ばかりを、アレンは繰り返していた。

アーサーとローザと肩を並べて街道を辿り、他愛無い話をしてみたり、メタルスライムを追い掛けてみたり、としている間は、そんなこと一つも思い出さぬのに、夜を迎え、一人になる度、悩んだ処で、思い返してみた処で、どうにもならぬことばかりを思い煩って、だから、溜息を零すしか出来なくて。

僕は、どうしてしまったのだろうな……、と彼は、立てた左足の膝に額を押し付けた。

…………気にする必要など無い筈のことばかりを気にし、一人悶々としている暇があるなら、もっとしっかり自分を持って、背筋もしゃんと伸ばして、留まることなく今以上に強くなって、一日も早くこの旅を終わらせなくてはならないのに。

どうして……、と彼は又、伏せた面の下で、重たい息を吐く。

何度目かの訪れを終えたルプガナを発って直ぐ、一つだけ、この悪循環を断ち切れるかも知れない術があるのには思い当たったけれど、どうしても、その術に頼る踏ん切りは付かず。

「…………アレン。どうしたの」

幾度目かの溜息序でに、力無く肩も落とした彼に、その時、ぐっすり眠っているとばかり思っていたローザの声が掛かった。

「ローザ……。……寝てたんじゃなかったのか?」

「誤魔化さないで。────どうしたの。さっきから溜息ばかり付いてるわね」

「……その、少し疲れただけ──

──誤魔化さないで、と言ったでしょう」

慌てて顔を持ち上げれば、薄い毛布で身を包んだまま己の傍らへ近付いて来る、どうやら寝た振りをしていたらしい彼女の姿があり、アレンは言い訳をしようとしたが、ローザは許してくれなかった。

「…………誤魔化そうとしている訳じゃ……」

「嘘よね。貴方、この数日、良く眠れていないのでしょう?」

「……いや、そんなことは…………。多分……」

「又、嘘ですか? アレン。何回、嘘を吐くつもりですか? ムーンペタを発った頃から、自分の顔色が良くないって、気付いてます?」

「アーサー……。君まで…………」

それでも尚、誤魔化そうと足掻いた彼へ、ローザはぴしゃりとした声で言って、彼女同様、狸寝入りを決め込んでいたらしいアーサーも、薄い毛布の裾を引き摺りながらやって来て、アレンの傍らに腰下ろした。

ローザと二人、彼を挟む風に。