轟々と、三人を牢獄毎焼き尽さんばかりに吐かれ続けた炎の息は、やはり少々厄介だったが、ベビル達との戦いは、ベホマやベホイミを掛ければ跡形もなく消え去る程度の火傷を負わされただけで制せて、回復を終え、互いの無事を改めて確かめ合ってから、アレン達は各々の得物を収めた。

「ん? 何だ?」

邪魔者は倒したから、後は水の紋章を探すだけ、と隅に据えておいた燭台を手にし直し、壁も床も天井も煤けてしまった牢の中を調べ出して直ぐ、アレンは、床にてソロソロと動く何やらに目を止める。

「………………尻尾?」

煤に塗れながら、そろり、そろりと動いていたのは、どうやら自身が切り落としたらしいベビルの尻尾のようで、ちょっぴりだけ気持ち悪いな、と感じつつも、彼は、身を屈めて尾に手を伸ばした。

「アレン!」

しかし、好奇心のみでベビルの尾を拾い上げようとした彼の手を、かなりの勢いでアーサーが叩いた。

「アーサー?」

「触っては駄目です。悪魔族の尻尾は、昔から、手にした者に呪いを齎すと言われているんです」

「……そうなのか?」

「ええ。アーサーの言う通りよ。教会で呪詛払いをして貰えば解ける程度の呪いだそうだけれど、呪われることに変わりはないから、止めて頂戴」

何を突然、と眉を顰めた彼に、アーサーは早口で告げ、ローザも、今度はきょとんとなった彼の手を抑えながら叱る風に言い出し、

「判った。御免。気を付ける」

必要以上に叱られている気がしなくもないが……、と若干の納得いかなさを覚えたのは飲み込んで、アレンは、アーサーとローザへ素直に詫びた。

「じゃあ、紋章を探そうか」

「ええ」

「そうしましょう」

それでも尚、アーサーもローザも、二度とそんな物に興味を示すな、と言わんばかりの目を向けてきたので、足許の尻尾を遠くへ蹴り飛ばしたアレンは、二人を促し紋章探しを始める。

「と言っても、一瞥した限りでは何処にも見当たらないな。どうせなら、もっと判り易い所に仕舞っておいてくれればいいのに」

「そんな風にしちゃうと、悪用し兼ねない人達にも簡単に見付けられちゃいますから、仕方無いんじゃないかなー、と」

「でもねえ……。もう少し、こう……。……ねえ?」

「ああ。本当に、もう少し、こう……」

けれど、紋章らしき物は何処にも見当たらなくて、はああ……、と溜息付き付き、又か……、と項垂れながら、三人は、炎の祠でもしたように、壁だの床だの天井だのを叩き出したが。

「無いですねえ……」

「無いわねえ……」

「何処なんだ……」

「笛の音も、反響が良過ぎて、この牢の中の何処か、と言う以上は絞れませんしねー……」

中々、水の紋章と思しき物は見付からず、彼等は仕方無し、床に這い蹲って隅々まで探し、

「……あった! 見付けたわ!」

全員、顔から体から煤塗れになった頃、漸く、奥の隅に転がっていた石を、ローザが拾い上げた。

「これだと思うの」

「へえ……。水の紋章だけあって、雫の形をしてるんですね」

「確かに、水を思い出す形だけれど、これは、どうなるんだ?」

革手袋に包まれた、ローザの右手の掌に乗せられた石は、水滴そのものな形を取っていて、紋章ならば、そして今までと同じになるなら、この石も、誰かの中に消える筈だが……、と三人は石の行方を見守る。

……すれば、彼等の目の前で音も無く石は割れ、三つの雫となって、一つは手にしていたローザの中に、残り二つはアレンとアーサーをそれぞれ目掛け、二人に触れると同時に消えた。

「……? 分かれちゃいましたね」

「何でだ?」

「さあ……。でも、あの石も私達の中に消えたのだから、紋章に違いはないのではないかしら」

「…………それもそうだな」

「今悩んでみても、謎が解ける訳じゃないですしね。紋章だったから良しにしましょう」

何故、水の紋章だった石は、星や月や太陽と違って、三つに分かれたのだろう? と三人は一様に首を捻ったけれども、理由が知れる訳で無し、と訝しみを振り払い、せめて顔だけでも洗ってから宿に戻ろう、と言い合いつつ牢を出て、鉄格子の鍵を掛け直し、中州目指して地下道を辿り始めた直後。

「…………あ」

ふと、アレンは思わずの声を洩らした。

「アレン?」

「どうかして?」

「御免、大したことじゃないんだ。目に汗が入ってしまって、一瞬、前が見えなかったから、つい」

短い呟きはアーサーとローザにも届いてしまい、脅かして御免、と笑いながら、彼は二人を誤魔化す。

本当は、少しばかり嫌なことを想像してしまった所為で、声まで洩らしたのだったけれど、脳裏を掠めたそれは余り気持ちの良いものでは無かったから、二人へ打ち明けるのをアレンは控えた。

雫の形をしていたあの石は、確かに水滴に似ていたけれど、血の形にも似ていたな……、とか。

水でなく、血の紋章、と言われても納得出来ると思ってしまった、などと、彼には言い出せなかった。

決して、趣味がいいとは言えぬ想像だし、やはり、何処か不吉に思えて。

もし、水の紋章が、己が想像通り本当は血を表しているのだとしたら、その血は、所謂『血』ではなく、勇者ロトの血筋、と言う意味なのかも知れない、とも思ったが、どう転んでも、どんな意味であろうとも、血が、と言うのは生臭い気がして……、だから、彼は口を噤んだ。

地下道を抜け切り、池の中州に出た時には、既に昼が近かった。

宿を出た頃は少々冷えていたムーンペタの街も、小春日和と言える陽気に包まれていて、この分なら、池の水も多少は温んでくれるかな、と期待しつつ、三人は池の畔に並んでしゃがみ込み、水に浸した布で、顔だの首だのを拭った。

「お久しゅうございますな、ローザ様。幾月振りになりますか……」

期待は外れ、池の水は季節通りの冷たさだったが、さっぱりは出来て心地も好くなり、ほ……、と彼等が一息付いた時、背後から、何者かが声を掛けて来た。

「えっ!? ……まあ、先生!」

中州には自分達以外誰もいなかった筈、と慌てて振り返った先には、法衣に身を包んだ一人の高齢の男性が立っており、気配一つなかったのに……、とアレンとアーサーは焦ったが、彼の姿を一目見るなり、ローザだけは目を瞠りながら立ち上がった。

先生、と彼へ呼び掛けつつ。