二日振りに浴びた陽光は、目に痛かった。

太陽を拝めずにいたのは僅か二日だけなのに、やけに眩しく感じ、が、有り難いまでに暖かい光だとも感じた。

未だ未だ春は遠い、晩秋になり始めの陽射しなのに。

「どうしましょうか、これ。水門の鍵だそうですから、テパの人達にとっては大切な物ですよね。ローレシアの次に向かうのは、テパの村にしますか? 炎の祠のある場所も、水の紋章や命の紋章が何処にあるかも判っていませんから、紋章探しは一旦中断します?」

「でも、テパの村の場所だって、あやふやよ。ペルポイの神父様達の話では、ロンダルキア西部の大森林の奥深くにあるらしい、とのことだったけれど。ラゴスも、そこだけは口を噤んだままだったし……」

「うーん…………。……じゃあ、船長達にテパの場所を知っているか尋ねてみて、知っていたら、ローレシアからテパに行こう。知らなかったら、紋章を探しがてら、テパの村の場所も探すようにしないか」

「あ、そうですね。そうしましょうか。…………えーーと。太陽の紋章がある炎の祠の場所を探すのと、水の紋章と命の紋章の在処を探すのと、テパの村に行って、水門の鍵を返すのと。……後、僕達の予定って、何がありましたっけ」

「予定と言っていいのかどうか、とは思うが……。後は、ザハンの尼僧殿に渡された聖なる織り機をどうするかと、あの老人の話が本当ならば、邪神の像とやら探し。……だったと思った。自信は無いけど」

「……あ、それから。月の欠片、だったかしら。ザハンの古い言い伝えの。それも、その内には探さないといけないわよね。……それにしても、どれもこれも、雲を掴むような話よねえ…………」

──そんな、慎ましくも柔らかい朝日を浴びつつ、発ったばかりのペルポイの街──の入り口に続く雑木林──を背にして海岸へと向かいながら、今、三人は、うんうんと唸り、悩んでいた。

彼等が、再度のローレシア訪問の後、己達の旅程をどうするかで頭を捻る羽目になった切っ掛けは、朝、今から発つ、と街の者達に挨拶に行った際、神父と長老の二人から手渡された小さな鍵にあった。

端の方が少々錆び掛けている古めかしくて小さな鍵は、ラゴスが肌身離さず持っていた物で、盗みの罪でラゴスを捕らえた時、彼が携えていた鍵を見付けた自警団の者達は、「又候またぞろ、何処かの家に押し入る為の鍵なのだろう」と思って取り上げたのだが、最近になって、彼の故郷であるテパと言う村の、水門の鍵だと判った。

牢での暮らしに飽きてきていたらしいラゴスが、牢番を長話に付き合わせようとして、自ら、「あの鍵は、テパの村の水門の鍵だ。自分は、あれを盗んで村から逃げ出したんだ」と語ったのだ。

ラゴスに言わせると、彼の故郷は、楽しみ一つない村で、退屈なだけでなく、閉鎖的で息の詰まる『どうしようもない田舎』と相成るらしく、生まれ付き良心に乏しく刹那主義でもあったラゴスは、そんな故郷に辟易し、少しでも面白可笑しく暮らしてやろうと、悪さばかりを繰り返して、結果、村人達から疎ましがられるようになった。

テパが閉鎖的な所であろうとなかろうと、村人全てが親戚の如くな小さな村の中で幾度も悪事を働けば、爪弾きにされたり疎ましがられたりするのは当たり前なのだろうし、自業自得としか言えぬが、その辺りも、彼に言わせれば、「楽しく暮らして何がいけない、一寸した刺激がある毎日の方が愉快だろうが」としかならなく、自身の快楽の為に悪事を働いた己を棚に上げた彼は、村人達を逆恨みし、困らせてやろうと、件の鍵を盗み出して村から逃げ出してしまった。

……そんな、ラゴスにとっては『武勇伝の一つ』を聞かされて以来、ペルポイ自警団の者達や、長老や神父達は、水門の鍵を村に返してやらなければ、と思ってはいたのだが、ロンダルキアでも知る者の少ないテパの村の場所に関してだけは、ラゴスは頑として口を割らず、又、その為だけに旅立とうとする者も出なかったので、水門の鍵は、ペルポイの教会に保管されるに留まっていたのだけれども。

ハーゴン討伐の為に世界中を旅しているアレン達に託せば、水門の鍵をテパの村に届けてくれるだろう、と街の者達は目し、彼等がペルポイを発つ寸前、話と共に鍵を手渡してきた。

正しくは、押し付けてきた、とも言うが、「押し付けられてるー……」と思いつつも、心情的にも立場的にも、人々の頼みを無碍に出来ない彼等は、人助けだしな……、と鍵を受け取り。

「確かに、どれもこれも手掛かりの少ない話だし、一寸大変だけれど、何とかするしかない」

ぽん、と『牢獄の鍵』と共に水門の鍵をも収めた腰の革鞄を一度だけ軽く叩いて、アレンは前へ向き直った。

「そうね。……ねえ、ローレシアまで、どれくらい掛かるかしら。アーサーが、デルコンダルにも契約印を置いてくれたから、あの都へはルーラで行けるでしょう? その後は、ローレシアの南の祠に出る旅の扉を使えばいいから、七日も見ておけば充分かしら」

「うん、多分。僕達が、もう一度デルコンダル王都を訪れたと叔父上に嗅ぎ付けられなければ、七日もあれば余裕だと思う」

「あ。二人共。ローレシアなら、遅くとも明日には行けますよ?」

何処から取り掛かったらいいのかも判らないことばかりが山積みだけれども、今は、何はともあれローレシアに、とローザとアレンは足の進みを早め、二人よりはちょっぴりだけのんびりした足取りのアーサーは、何日あればローレシアに着くだろう、と言い合い始めた彼等へ、のほほんと告げた。

「え、明日にも? ……あ、ルーラで直接? アーサー、何時の間に、ローレシアでの契約印を結んだんだ。有り難いけれど、気付かなかった」

「私も。アーサーってば、何時の間に……。……でも、だったら直ぐにでも、ローレシアに行けるわね。船に戻って、船長達に、ザハンかデルコンダルの港で落ち合いましょうと伝え──

──そんなことも、しなくて大丈夫ですよ。始めの内は自信持てませんでしたけど、もう、『復刻版ルーラ』にも慣れましたから、勇者ロトの頃みたいに船毎いけます。一旦港に行って、そこで船を降りてから、改めて王都に行かないと駄目ですが、王城の門前と港の両方に契約印を結んでおいたので、ほんの少し手間が掛かるだけです。一寸、体力や魔力は余分に要るでしょうし、船長達は大騒ぎしちゃうかもですけども」

「………………本当に? 船毎? 外洋船だぞ?」

「貴方がそう言うのなら……、とは思うけれど。…………アーサー、ローレシアに着いた途端、気を失って倒れたりしない? アレンの科白ではないけれど、外洋船よ? 人を運ぶのとは訳が違う筈よ?」

次いで、勇者ロトの時代版・復刻ルーラを上手く操る自信が付いたから、古の伝説の勇者達がした旅のように、人だけでなく船も運べる、ともアーサーは言い出し、驚きで目を瞠ったアレンとローザは、ジーー……っと彼を見詰める。

「本当ですってば。倒れたりもしませんってば。…………んーーー……、乱暴な例えですけど、ルーラって、的を目掛けて、物凄い速さで何かを投げるのに似てるんですね。的になるのが契約印で、投げる物が術者自身や術者と一緒に移動する人や物で、投げる為の力や速さを生むのが術そのものであり術者の魔力なんです。ですから、『投げるもの』は、人でも物でもいいんです。投げられるもの──要するに、動かせるものなら。ルーラを使役する者の、力の限界を超えなければ」

すれば、アーサーは、「あ、二人して疑ってます?」と頬を膨らませてから、何故、外洋船をもルーラで移動させられるのかを掻い摘んで語り、

「ん、んー……? 判ったような、判らないような…………」

「私は、何となくは判ったわ。……でも、私が、どうしても精霊達とルーラの術の契約を結べない理由も、判ったような気がしなくもないわ……」

魔術はからきしなアレンは、理解し切れぬ風に首を捻り、ローザは、我が身を振り返って何やら呟いた。

「ローザ、それ、どういう意味ですか。アレンに、ローザに苛められたー、って泣き付きますよ?」

「何を言い出すのよ、アーサーってばっ。人聞きの悪いこと言わないで頂戴っ」

「だって。……ねえ? アレン」

「…………は? 『ねえ?』と言われても」

「アレン。そこは、困るのではなく私を庇う処ではなくて?」

「……えーと。…………と、兎に角、どうでもいい口喧嘩なんて止めて──

──どうでも良くなんかないです」

「そうよ、良くなんかないわよ」

「………………あー、もう、判ったからっ。この話はここで終わりっ。船に行こう、船にっ」

「あっ。アレンが横暴だわー。アーサー、アレンってば酷いわねー」

「ですねー、ローザ。アレンが、横暴で酷いですねー」

「…………はいはい……。もうそれでいいから、僕をからかうのは止してくれ……」

その直後、アーサーとローザは、アレンも巻き込んで、所詮はふざけ合いでしかない口喧嘩を始めて、矛先を己へと向け、きゃんきゃん言い合う二人に挟まれたアレンは、人を玩具にするのは止めろと呟きながら、背を丸め、黄昏れた目で遠くを見詰めた。