─ Pelpoi ─

小さく万歳をする風に両手を上げて、抵抗の意思はないとを示してから、自分達は決して怪しい者ではないし、況してや邪神教団の手先などではないと、武器を突き付けて来た男達へアレン達が口々に潔白を訴えたら、男達は、向けた得物はそのままに、三人を地下へと連れて行った。

少しばかり長めで真っ直ぐな階段を下りた先には、至る所に掲げられた篝火や燭台の火に照らし出される、街としか言えぬ物が広がっていたが、目を疑うしかない景色に驚く間も与えられず、三人は教会へ引き立てられ、街一番の長老だと言う老人や神父との対面もさせられ、改めて吊るし上げられ掛けたので、これはもう身分を明かすしかない、と判断したアレンが己達の出自を打ち明け、ここを訪れた理由も語ったら、漸く解放して貰え、

「申し訳なかった! あ、いえ、申し訳ありませんでした! そのような旅を為されておられるロト三国の王子殿下や王女殿下に、あのような真似をしてしまいまして……!」

それまで彼等を取り囲んでいた男達も、長老も神父も、地に額が付きそうなくらい身を折った。

「頭を上げてくれ。こちらこそ、知らずとは言え、街に押し入ろうとしている不届き者と疑われても仕方無いことをしてしまったのだから」

「有り難うございます。そう仰って頂けますなら…………」

「それはそうと……、長老殿、この街は一体……?」

「はい。ここは、ペルポイの街にございます」

「ペルポイ? ペルポイの街は、無くなったんじゃないのか?」

「いえ、ここが今のペルポイの街なのです。……どういうことかと申しますと────

こうなると思ったから、出来れば身分は明かしたくなかったのに……、と内心で嘆息しつつ、平身低頭して詫び続ける一同を制し、アレンがこの街の正体を問えば、問われた長老は、この、地下に広がる街こそが今のペルポイだ、と告げ、訳を語り始めた。

────今より遡ること、約三十年前。

世界のあちこちで、魔物達が人間を襲い始めた頃。

ペルポイの街は、魔物達だけでなく、当時は未だ知る者など殆どいなかった邪神教団の脅威にも晒されるようになった。

故に、教団や教団大神官ハーゴンに恐れ慄いたペルポイの人々は、ハーゴンの呪いが降り掛からぬよう、十年以上の年月を掛けて地下に新しい街を築き、地上の街を放棄し移り住んだ。

地下に潜ったからとて、邪悪な呪いから逃れられる保証は何処にもなかったが、少なくとも、魔物達に襲われる危険は格段に減るし、ペルポイは滅んでしまったのだと見せ掛けられれば、教団やハーゴンの目も届かなくなるだろう、と考えて。

……以来、やはり十数年、今日こんにちまで、ペルポイの人々は地下に隠れ住み続けてきた。

だが、地下の街の中で作物を育てるのも、家畜を飼うのも容易ではないから、地上での農作業等に勤しむ者達の出入りは頻繁で、どれだけ人目を憚ろうとも、土台隠し遂せる筈無い農夫達や漁師達の出入りが、ペルポイの街跡に住んでいる者がいるらしい、との不確かな噂を生み、この一、二年は、噂が本当なら逃げ込む先に丁度良いと、お尋ね者達が、身分や過去を偽り街に潜り込む、と言ったことも相次いで、治安は酷く悪化し、そればかりか、数ヶ月前には、とうとう邪神教団の信徒が入り込んだ。

教団信徒が侵入を果たした数日前、漁に出た街の者達が、海岸に流れ着いていた、遭難者らしき若い男を助けており、無害そうな年寄りにしか見えなかった教団信徒も海での遭難者を装っていた為、ペルポイの人達は、二人は同じ船に乗っていたのかも知れないと、疑いもせずに、本当は信徒だった老人に手を差し伸べてしまって。

────…………そういう訳でして。儂達は、この街に入ろうとする者全てを、疑って掛かるしかなくなってしまったのです。先程、殿下方にご無礼を働いてしまったのも、それ故のことなのです……」

──この地下の街が築かれた理由だけでなく、現在のペルポイの有様をも語った長老は、はあ……、と深い溜息を零して肩を落とした。

「それでは、長老殿も、街の者達も、苦労が絶えないな……。……処で、長老殿。何故、そんなにも早く、この街は邪神教団に目を付けられたんだ?」

地下に、これだけの街を人の手のみで築き上げるなど、途方もないことだったろうに、それでも十年以上の歳月を掛けて叶えてみせたのに、ペルポイの人々にとっての最後のよすがだった筈の地下都市は、縁に成り得なくなりつつあるのかと、アレンは、顔を歪めた長老を見遣り声を低めたけれど、長老達の気持ちを慮りながらも、聞かされた話に疑問も覚えていた彼は、正直にそれを口にする。

「……ああ、この街は他所との関わりを断ってしまいましたから、そのことは、余り知られていないのですな。──大神官ハーゴンも住まう邪神教団本拠は、ロンダルキア大陸の殆どを覆う、あの高い高い山々を越えた先に広がると言われている、不毛の地なのです。要は、ロンダルキアの麓に築かれたこの街が、彼奴らの本拠から最も近い街だったからです」

「えっ!?」

「この街の皆さんは、ハーゴンの居場所を知っているんですかっっ?」

「長老殿、その話に間違いはないのか?」

約三十年前、既に、邪神教団がペルポイの街にその魔の手を伸ばそうとした理由は何処に? との問いへ、長老が返してきた答えはそれで、どうしてそんなことを知っている、どうしてそんなことが言える、と三人は驚きの声を上げた。

「真の話でございますよ。今はこの教会を守っている兵の一人が、未だ子供だった頃、街の北西の山の麓で、岩山が割れ、魔物達が出入りするのを見ているのです。子供とは言え分別は付く歳でございましたし、その者がそれを目撃した直後から、街の直ぐ近くで、教団に従っている様子の魔物達が数多く見掛けられるようにもなりましたので、これはどう考えても、ロンダルキアの高い山々を越えた先に広がると言う不毛の地に、ハーゴン達は巣食っているのだろう、と言う話になりまして。それで、我々は地下に街を築いたのです。…………何処か別の土地に移り住んだ方が、余程話は早かったのでしょうが、故郷を捨てて、勝手も判らぬ見ず知らずの街に行くと言うのは、やはり、出来ませなんだので…………」

驚く彼等に、ペルポイの長老は、伝承と目撃者が根拠、と甚くあっさり告げてから、又、深い深い溜息を零した。

────街一番の長老や神父達との話を終えた三人が、思いもしなかった成り行きで訪れることになったペルポイの教会を出た時、地上では、入り日の頃になっていた。

地下では陽光の傾きや空の色を知れぬ所為か、この街では、辺境などでは到底お目に掛れない時計作りが盛んらしく、街の何処にいても時刻を知るのは容易だったので、「もうこんな時間になってしまったし、せめてものお詫びに寛いでいってくれと長老達にも言われたことだし」と、街の散策をしながら彼等は、余所者の訪れなど滅多にないここにも一軒だけあると言う宿屋を目指した。

何故、ペルポイにも宿屋が存在しているのかは激しく謎だったが、そこは気にしないことにして。

「本当のこと言っちゃいますと、ペルポイの街跡を訪ねるのは無駄足かもー……、なんて思ったりもしてたんですけど。良い意味で予想外でしたねえ……」

「本音を言えば、私だってそうよ。そう簡単に、私達に都合良く事が運ぶなんて有り得ないと思っていたもの。でも、何でも、手当り次第に探してみるしかないから、とも思っていたわ」

「僕もだ。邪神教団やハーゴンの呪いから逃れる為に、地下都市を築く者達がいるなんて、想像もしていなかったしな。不審者扱いされるとも思わなかったけど、教団本拠の場所の手掛かりが掴めたのは有り難い」

地下にあると言うだけで、有する施設等々も他の街々と余り変わらぬ様子のペルポイの中を、あっちにふらふら、こっちにふらふらとしつつ、得られた思わぬ収穫に付いて語り合いながら三人は進んだ。

どうやら、ペルポイには商店街が二つあるようだから、宿に行く前に一通り廻ってみようか、とも言い合いつつ。

──遠慮などしなければ良かったのに、教会を出る際、街の案内をしましょうかと言ってくれた男達の申し出を断ってしまっていたので、少々迷いながら道を行った彼等は、やがて、商店の軒先が並ぶ狭い通りに出た。

が、辿り着けた一つ目の商店街は、何処か胡散臭気だった。

故に、あ……、と三人は一斉に足を止める。

この商店街がある辺りは、やはり教会を出る時、案内は要らぬと言った彼等に、「なら、せめて」と、長老達が、その一画だけは気を付けるようにと教えてくれた、ペルポイに入り込んだ盗人や詐欺師達に乗っ取られてしまった一帯だと気付いたので。

「よう。おたくら、見掛けねえツラだな」

だが、そうと悟った時には遅く、踵を返そうとした三人に早速目を付けた見応えある体躯の男に、彼等は絡まれた。