事前に宰相に言伝を頼んであったので、宝物庫を守る二人の衛兵は、訪れたアレン達を見遣るなり扉を開け放ってくれた。

初代の勇者アレフ以降、代々のローレシア国王は、揃って、余りその手のことには頓着しなかったのか、将来は四代目の国王となるアレンも初めて足踏み入れたローレシア王城宝物庫は、年代物らしきそれから新しめのそれまで、かなり雑多に詰め込まれていた。

「……ねえ、アレン。これは、もう少しだけでも改めた方がいいのではないかしら」

「そうですよ、アレン。ロト三国の盟主たるローレシア王国の宝物庫なんですから、管理はきちんとした方が」

この中から、ロトの印が納められた宝箱を探すのか? と、ちょっぴりうんざりしながらあちこちを探れば、薬草だのキメラの翼だのと言った、どう考えても宝物庫に納めておく必要の無い品々が転がり出てきて、うわぁ、と顔を顰めたローザとアーサーは、アレンを捕まえ小言を垂れ出し、

「……ああ。僕もそう思う」

この様は、僕の所為じゃないんだが、と内心では思いつつも、アレンは大人しくお叱りを受けた。

彼自身、流石に、これはどうだ? と感じてしまったので。

「お祖父様もそうだったし、父上も、こういう処は大雑把で、失くならなければ良い、みたいな考え方だから……。……あー、もう。空箱まである」

「空って。空ってどうなんですか、空って」

「そう言わないでくれ、アーサー。その内、何とかさせるから」

「…………あ。この箱は違う? 魔法具のような感じが伝わってくる鍵が掛かっているわ」

──そんな、文句を零さずにいられぬ宝物庫漁りが暫し続いた頃、本当に奥の奥から、ローザが、中振りの赤い箱を見付けた。

その箱には、他の箱とは全く形の違う錠前が嵌っており、きっと……、と差し込んだ金の鍵を回してみれば、カチリと音立てて施錠は外れ、独りでに箱の蓋が開いた。

「わぁ……」

「これか」

「これが、ロトの印なのね」

まるで彼等を待ち侘びていたかのように開いた箱の中には、別珍に包まれた、金色に輝く真円の板が仕舞われていた。

板……と言うよりは、大きめの金貨と言った風のそれは、そっと取り上げたアレンの掌にすっぽり収まる程度の大きさで、裏面に刻まれていた文様は、単なる幾何学模様なのか文字なのかの区別も付かなかったが、大粒の紅玉が嵌められた表面には、神鳥ラーミアの紋章と、明らかに文字と判る物が彫り込まれており、三人は顔寄せ、『ロトの印』を覗き込む。

「何と読むんだろう」

「判りませんけど……、もしかしたら、ロト、かも」

「ルビス様のお名前かも知れないわよ。ロトの印とは、精霊ルビスが勇者ロトに与えた、『聖なる守り』のことなのでしょう?」

幾度か引っ繰り返し、矯めつ眇めつ眺めてみても、彼等に判ったのは、それが『ロトの印』であることと、ラーミアの紋章が刻まれていることのみで、

「……うん。でも。ロトの印は手に入ったから、直ぐにでもサマルトリアに行けるな」

見た目の大きさよりも遥かにズシリと来るロトの印を一度だけ握り締め、別珍で包み直したアレンは、丁重に、腰の革鞄に仕舞い込んだ。

「今度は、ロトの盾ね」

「はい。……あ、そうだ。アレン。鳩を貸して貰えませんか。夕べの内に、簡単な事情を綴った手紙を父上に宛てて書いておいたんです。先に、ロトの盾を借り受けに行くと報せておいた方が、話が早いかと思って」

「判った。爺やに頼んでくる」

────これで、ローレシアでの用は済んだ。……と頷き合った三人は、早くもサマルトリアへ思い馳せながら、宝物庫を後にする。

「あら…………」

が、数歩と行かぬ内に、ふとローザが足を止め、何かを探るように辺りを見回し始めた。

「どうした、ローザ」

「……ねえ、アレン。あの先には何があるのかしら」

「この通路の突き当たりの階段を下ると、地下牢だ。宝物庫や地下牢があるこの一画は、僕も今まで立ち入らせて貰えなかった所だから、ある、としか判らないけれど。……地下牢が、どうかしたのか?」

彷徨っていた彼女の視線が定まった場所に目をくれたアレンは、ああ、と言う顔をして、その先には地下牢が、と彼女に教える。

「大したことではないのだけれど……。寒気がしたの。少し嫌な寒気だったから、気になって」

「確か、爺やが、地下牢には海の水が引き入れてあってどうの、と言っていた覚えがあるから、それの所為じゃないか?」

「……ああ、そうね。きっと、そうだわ」

嫌な肌寒さを感じた為か、ローザは顔も顰めていたけれど、彼の説明に、「そういうことなら」と面を塗り替え、くるりと踵を返して、地下牢へと続く暗い通路に背を向けた。

その後。

何を思ってか、ローザは厨房に行ってしまい、アーサーも宰相と共に祖国への文を託した鳩を飛ばしに行き、今の内に、とアレンは、昨日は出来なかった母への挨拶をしに向かった。

息子の訪れを、今か今かと手ぐすね引いて待ち構えていたらしい母──王妃殿下にも、「無事の報せの一つや二つ、入れるのが筋と言うもの」と盛大に殴られ、説教まで喰らったが、言うだけ言ったら母妃も満足したようで、人目を憚りそっと抱き締めてくれたし、

「男子である貴方には、告げてはならぬことなのでしょうが……辛くなったら、何時でも帰って来ていいのですよ。意地を張らないで、休みたい時には戻っておいでなさい。旅に疲れても、休めば、再び旅立てるでしょう?」

とも言ってくれた。

「はい」

久方振りの母との対面、と言うだけで気後れしていたにも拘らず、小さな子供のように扱われ、誰に見られている訳でもないのに恥ずかしくて仕方無くて、その腕の中から逃げ出し掛けたけれど。

母の温もりは少しばかり心地好くて、懐かしくて、自分は未だ未だ子供なんだな……、と感じつつ、彼は母の腕に抱かれた。

……ああ、そうか、と。

早くに生母を亡くしたアーサーも、突然に父母を奪われてしまったローザも、もう、こんな風に母親に甘えたり出来ないんだな……、と秘かに胸を痛めながら。

「では、いってらっしゃい、アレン。体には気を付けて。無事に戻って来るのですよ。それから。私が言うまでもありませぬが、アーサー殿下とローザ殿下を大切に為さいね。両殿下共、貴方のことを、とても想って下さっているわ」

そうして、長らく息子を抱いてから、漸く腕を解いた彼の母は、にこりと笑んで別れの言葉を告げ、次いで、アーサーとローザの名も口にした。

「はい。お二人共、大変良くして下さいますし、サマルトリア、ムーンブルク両国にとって、掛け替え無き方々。必ず、お守りするつもりでおります」

母の『忠告』に、無論、とアレンは頷く。

しかし。

何故か母妃は、アレンにしてみれば、複雑怪奇、としか言えぬ顔になった。

「母上?」

「いえ、何でもありません。────さあ、アレン。陛下にご挨拶しに行かないと。今日の内に、サマルトリアへ発つのでしょう?」

如何んとも例え難い、敢えて言葉にするならば「ええ!?」との顔を母にされ、妙なことは言っていない筈だが……、と彼が訝しめば、母妃は取り繕う風な笑みを浮かべ、ボソリと、「未だ子供なのね……」と呟きながら、自室より息子を送り出した。