「せめて、一発くらい殴れば良かった」

「でも、殴れます? あの人」

「……アーサー。何が言いたい」

「…………えーと。御免なさい」

「あのふざけた彼の方が、私達よりも強いだろうと言うのは認めるけれど。私も、バギくらいお見舞いしたかったわ」

闇の覇者であり、王の中の王であり、一度は曾祖母を攫い光の玉をも奪った、世界の、そして曾祖父の敵だった竜王の曾孫と言うからには、良くも悪くも、魔の王としての威厳を持つ相手だと思ったのに、言ってみれば『とんでもない輩』だった『竜ちゃん』へ、三名が垂れる文句は中々尽きなかった。

「あいつの言いたいことが、判らなかった訳じゃない。あんな態度を取られた理由も。今の僕達は…………。……けど! それとこれとは話が別だ。何が竜ちゃんだ、あの竜王の曾孫なのにっ。そもそも、あいつは本当に竜王の曾孫なのか?」

「竜ちゃんの玩具にされちゃったんでしょうか、僕達。あんな所に一人でいたら、退屈しそうですしねー……」

「大体。彼は、私達の何を以て無知と断じたと言うの? 結局、その理由は打ち明けないままで。悔しいったらないわ」

荷物を詰めた袋を開き、取り出した干し肉を齧り始めても、一同の文句垂れは続いたが。

「全く。あいつのお陰で胃の臓が……。…………う。痛い……」

「大丈夫ですか、アレン。あんまり、気に病まない方がいいですよ。体に良くないです。──それはそうと。彼がした、五つの紋章の話。あれ、本当でしょうか」

「…………本気で悔しいけれど、その件に関して、彼が嘘を吐く理由が見当たらないわ。竜王の曾孫として、アレフの子孫である私達を憎んでいるから、困らせてやろうと思って出鱈目を言った、と言う考え方も出来るでしょうけれど、彼が幾ら酔狂でも、嫌がらせでしかないことはしないと思うの。アレフの曾孫である私達が憎いなら、あの場で殺せた筈だもの。その方が、復讐の形としては判り易いでしょう?」

「相手は竜族だ、人と同じ考え方をするとは限らないけれど、確かに、憎んでいるからこその嫌がらせ、とは考え辛いし、復讐の形としても一寸、と僕も思う。それに正直、彼が嘘を言っているとは感じられなかった。………………どうする? あいつの話に乗ってみるか?」

「僕は、竜ちゃんの言う通りにしてみるのがいいかな、って思いますね。本当の話なら、一寸した光明ですし。でも、その前に。彼曰くの、『僕達の力になるモノ』を手に入れませんか」

やがて、三人の話題は、竜王の曾孫の言う通りにしてみるか否かへと移った。

「何故? そちらを優先する理由は?」

「理由は幾つもありますよ。例えば、僕達は、ロトの兜と盾の在処だけは知っていますから、その気になれば何時でも手に入れられますが、五つの紋章は、そういう訳にはいきません。それに、彼が、わざわざロトの剣を見せびらかしたのは、暗に、ロトの武具を揃える旅をしろと言っている、とも考えられますし、同時に、光の玉同様、ロトの剣が、ロト三国の何れにも伝えられず、ひっそりと歴史の表舞台から姿を消したのを、僕達に気付かせる為だった、とも考えられます。……おかしいと思いません? 何故、ロトの剣が竜王城にあるんです?」

「そうね……。確かに変よね。曾お祖父様も、竜王城でロトの剣を見付けられたそうだけれど、それは、勇者ロトが置き去って、ラダトームの城に安置されていたあの剣を、竜王が奪い隠したから。曾お祖父様が竜王を倒されて以降、ムーンブルク王都が陥落するまで、ロトの武具を奪った者も、奪おうとした者も現れなかった。だから、曾お祖父様ご自身が、あの城に置き去ったとしか考えられないわ。理由は判らないけれど。それに、アーサーの考え通りなら、竜王の曾孫は、ロトの剣を私達に託したいのかも知れない」

「又しても、『曾お祖父様の秘密』か。光の玉と、ロトの剣……。……曾お祖父様は、何を隠されたまま逝かれたのやら……。────判った。じゃあ、手始めに、ロトの兜と盾を手に入れるとしよう」

そのまま相談を続けた彼等は、癪に障るが、竜族の長の助言を参考にしてみよう、と決める。

「ええ。そうしましょう」

「私も賛成」

「…………と、なると。次に行く先はローレシアか……」

「ですねえ。ローレシアに行って、アレンのお父上に目通り願って、何としてでもロトの印を貸して頂かないと、サマルトリアが守護しているロトの盾の封印も、聖なる祠に預けられたロトの兜の封印も、解けませんものねー……」

「だけど……、ローレシアに戻って平気なの? アレン」

「ああ。少し覚悟が要るが。この間も言った通り、下手に戻れば軟禁され兼ねないし、父上に、命に背いた相応の罰が待っていると思え、と断言されている僕は、牢に放り込まれてもおかしくないけれど。……ま、まあ、何とか……」

が。

その為には、出来れば避けたかったローレシア王都行きに踏み切らねばならず、ちょっぴり嫌な想像をしてしまったアレンは、何処となく引き攣った笑いを浮かべながら、うー……、と頭を抱えた。

「以前お目に掛った際、僕は、ローレシア王は穏やかな人となりの方とお見受けしましたけれど。もしかして、武人の見本のような方、との噂通り、本当は『怖い方』なんですか?」

「うん、まあ……。小さかった頃は甘やかされもしたけれど、父上の基本的な教育方針は、鉄拳制裁なんだ。因みに、母上も。どんな理由での帰還だろうと、戻る以上、骨の一本や二本、二人掛かりで折られるだろう程度の覚悟が要る。少なくとも、僕には」

「…………私、万全の体調でローレシア王都に入れるように整えるわ。何時でも、ベホイミの術が使役出来るようにしておくから」

「もう、幾月も前の話になりますけれど。ムーンペタでも、ローザをローレシアに送り届けたら、僕達……、みたいな話になったじゃないですか。あの時に立てた、軟禁されちゃった場合に備えての、ローレシア王城からの脱出計画。もう一回、きっちり、完璧に立て直しましょうね……」

ローレシアへ赴いたら、アレンは固より、自分達も説教くらいは頂くだろう程度はアーサーもローザも想像していたが、説教の次元を軽く越える試練がローレシアには待っているかも知れない、とアレンより聞かされ、二人は、「恐るべし、『武』の国ローレシア……」と若干顔色を変えながらアレンを励ました。

実際は、余り励ましにはなっていなかったけれども。

ルプガナの礼拝堂にて精霊達と交わした契約によって、ローザが操れるようになったトヘロスの術──魔を寄せ付けなくする結界呪文で安全を確保してより、毎度の如く、アーサーとローザはアレンの腕を枕にしながら、アレンは二人の枕にされながら、三人揃って仲良く眠り、目覚めた翌朝、手漕ぎの上陸艇で船に戻った彼等を出迎えた水夫達は、どうしてか、顔色を悪くしていた。

「……お。戻ったか、アレン坊」

「ああ。……皆、顔色が良くないけれど、何か……?」

「それがなあ……。今朝早く、変な奴が来たんだ。ゾロっとした法衣姿だったし、気付いたら甲板の上に立ってやがったから、ルーラとかが使える魔導士じゃないかと思うんだが……どうにも薄っ気味悪い奴でよ。そのくせ、やり合った処で俺達じゃ到底敵わねぇだろう雰囲気でな。どうしようかと思ってたら、そいつ、渡すのを忘れたから、お前さん達に、って、変な巻物置いてったんだ。『りゅうちゃんは心が広いから、これはくれてやるとアレンに言っとけ』って言伝と一緒に」

「は? 竜ちゃん……?」

「ああ。言うだけ言ったら、とっとと消えちまったしよ、何かされたって訳でもねえんだが、未だに薄気味悪くっていけねえ。……その、りゅーちゃん、だか、リュウ・チャン、だか言う奴。知り合いか? アレン坊」

「知り合いと言えば知り合いだが……、知り合いとは言いたくないと言うか、何と言うか……」

並大抵では動じない剛胆な船乗り達が、揃って蒼褪める程の何かが遭ったかと、駆け寄って来た船長にアレンが問えば、船長は、事の成り行きを語りつつ、『竜ちゃん』から預かった巻物を差し出した。

「何だろう……」

首捻りながらもアレンが受け取った、縁の所々が綻び始めている、年代物らしい羊皮紙の巻物に描かれていたのは。

アレンも、彼と一緒になって開かれた巻物を覗き込んだアーサーやローザも、世界中の海を知る船長達ですら心底驚かせた、この世には存在せぬ筈の、精巧な世界地図だった。