時代の移り変わりと共に、何時しか人々から忘れ去られた、又は失われた術の一つに、レミーラ、と言うものがある。

闇を照らす為の、言わば照明の役を果たす魔術で、アレフの竜王討伐物語には登場するのに、僅か百年前後の間に使役する者が絶えてしまったそれ。

その、世界から消えた筈の術が、竜王城の地下深くを照らし出しているらしく、唐突に増した光量に射抜かれた瞳を忙しなく瞬かせながら、アレン達は辺りを見回した。

辿り着いた地の底は、大きく刳り貫かれた空洞になっていて、見上げ、目を凝らしても天井は朧げだった。

人には到底築けぬだろう、霞むまでに高い円形状の天井の中央に、まるで太陽の如く、レミーラの術が生んだ巨大な火の玉が浮かんでおり、昼日中と見紛うまでに一帯を照らしているばかりか、壁や床さえも、石を荒く削っただけの物から、色とりどりの装飾が施された回廊へと変わっていた。

……この地の底だけは、百年の時を隔てても、当時の姿を留めているのかも知れないが、ひょっとして……、と。

目にした様から、ここには何かが住まっているのかも、と思わされた三人は、慎重に奥へ進む。

──すれば、やがて。

回廊は突き当たりを迎え、アレフの竜王討伐物語が謳う通りの、大きな玉座が現れた。

座す者と共に。

「え…………?」

「嘘よ。だって、曾お祖父様が……」

「竜王…………!?」

────辿り着いた地の底の最奥の間の、直中に設えられた玉座に座す者は、魔導士達が好む風な裾の長い法衣を着込んだ、人の『ような』姿形をしていた。

…………但し。

巨漢と言われる者達よりも一回り以上も大きな体躯をした『それ』は、黒い頭巾に覆われた二本の角と、金色に輝く爬虫類の目と、口許から覗く尖った牙と、青い肌を有しており、玉座の肘掛けにゆるりと預けている両手指からは、鋭く長い爪が生えていた。

即ち、『それ』は人でなく。

勇者アレフの伝説が語る、竜王の仮の姿そのものでもあり、対峙した『それ』を前に呆然と瞳を見開きつつも、アーサーとローザは魔導士の杖を握り締め、アレンは鋼鉄の剣を抜き構える。

「早まるでない、愚か者共。其方達が竜王と呼んだ者は、確かに、ロトの血を引きし勇者、アレフによって倒された。百年と少し前にな」

だが、身構えた彼等を酷く面倒臭そうに見比べた『それ』は、やれやれ……、とわざとらしい溜息を吐いてから、何処までも緩慢に頬杖を付き、忍び笑いながら言った。

「え……」

「そこの青いの。其方、アレン・ロト・ローレシアに相違なかろう? ……善くぞ参った。儂は、王の中の王、竜王。……の、曾孫じゃ」

「初対面の相手に、『青いの』呼ばわりされる覚えは……。……って、え!? 竜王の曾孫……?」

装束の色を以てして『青いの』などと呼ばれ、ムッとしたアレンは思わず突っ掛かりそうになったが、『それ』に、間髪入れず、竜王の曾孫と名乗られ、は? と益々目を丸くする。

「曾孫……? お前が、竜王の曾孫…………?」

「どういうこと……でしょうか……」

「さ、あ……。竜王は、曾お祖父様が倒されたのでしょう? なのにどうして、曾孫なんか……」

アレンのみならず、アーサーとローザも、これは一体……、と戸惑いを露にし、

「……ふむ。一々、竜王の曾孫、と言われるのもいけ好かんな。──よし。其方達、儂のことは、竜ちゃん、と呼べ」

その呼び方は止めろ、と眉間に皺寄せた竜王の曾孫は、やけに軽い調子で自身の呼び方を指定してきた。

「り、竜ちゃん……?」

「竜王の曾孫じゃから『竜ちゃん』。判り易かろ?」

「だが、選りに選って、竜ちゃんは……」

「四の五の言わず、言われた通りに呼べば良い。儂が、そうしろと言っておるのだ、大人しく従わんか。何なら儂も、アレンちゃん、と其方を呼んでやる」

「…………………………断る。絶対に、そんな風には呼ぶな」

「……其方、つまらん男じゃな。……まあ、其方の、若い割りには堅い頭の出来なぞどうでも良いわ。つまらんが。────処で。其方達、何をしにここに参った? その様子では、儂の存在など知りもしなかったであろうに」

曾祖父に倒された、かつての世界の敵の曾孫──と自称する『それ』に、「竜ちゃんと呼べ」と言われた処で、「はい、そうですね」などと頷ける筈も無く、はあ……? と、うっかり馬鹿面を晒しそうになったアレンを少々からかってから、『竜ちゃん』は、頬杖の腕を変えつつ三人に問う。

「あー、その…………」

「……何じゃ。はっきりせんか、アレンちゃん」

「っっ。だから、そんな風に呼ぶなと──

──はいはい。アレン、落ち着きましょう。────……えーと。竜ちゃん。僕は、サマルトリ──

──言わずとも良い。知っておる。アーサー・ロト・サマルトリアであろう? そこな女性にょしょうは、ローザ・ロト・ムーンブルク。……で?」

「…………はあ。……あー、だからですね。えっと……。一言で言えば、僕達は、光の玉を探しにここまで来たんです」

すっかり調子を狂わされた挙げ句、再びからかわれ、声を荒げそうになったアレンを宥めたアーサーが、『竜ちゃん』の問いに答えた。

「光の玉、な。…………何故なにゆえ?」

「竜ちゃんは、邪神教団と言う集団や、ハーゴンと言う者を知っていますか? 詳しく語ると長くなるんですが、どうしてか行方が判らなくなっている光の玉が、彼等の手に渡ったら大変なことになると考えたので、一寸、光の玉探しをしてみようかと思ったんです」

竜王の曾孫と言う割には、否、だからこそか、どうにも掴み所のない相手を前にしても、アレンよりは自分の調子を崩さずに済ませられているアーサーが、内心では、「どうして竜王の曾孫相手に、僕達、暢気に話し込んでるんだろう……?」と悩みつつも話を続ければ、

「邪神教団のことも、ハーゴンとか言う者のことも知っておる。最近、随分と偉そうな顔をしてのさばっておると噂の、あれじゃろう? 実に不愉快じゃ。…………が。彼奴等に光の玉が渡ったら、か。成程のぅ」

王の中の王の血を引く竜族の彼は、腹を抱えながら、声立てて笑った。

「……何がそんなに可笑しいのかしら。邪神教団やハーゴンを知っているなら、彼等が何を企んでいるのかも知っているのでしょう? こんな風に私達の相手をしても、所詮は貴方も、闇の覇者と言われた竜王の曾孫──魔族でしかないと言うことかしら? 人の世など、滅びればいいと思っているの?」

そんな彼の態度と笑声しょうせいは、今度はローザを怒らせたが。

「ローザ・ロト・ムーンブルクよ。そういうことではない。其方達の、余りの無知振りを笑わせて貰っただけだ。勇者ロトの末裔であり、我が曾祖父をも倒したアレフの子孫じゃと言うに、其方達は、本当に何も知らんのだな。……否、知らぬのではなく、知らされておらぬ、と言った方が正しいか? ────アレフめ、何も伝えずに逝ったか。…………尤も? それも又、伝えられずに、と言うべきなのじゃろうがな」

「………………どういう、ことだ? 何が言いたい? その……竜ちゃん?」

笑い続けながらも竜族の長はローザの怒りを鎮め、「お前のしている話がさっぱり見えない」と、アレンは彼へ視線をくれた。

「其方……、頭が堅いだけでなく、律儀じゃな」

すれば、躊躇いつつも言われた通りに彼を呼んだアレンを凝視し、『竜ちゃん』は、堪え切れぬ風に爆笑した。