最初から勝てる筈など無かった『戦い』を挑まれ、呆気無く膝を折ったラダトーム王城の者達相手に、自分達の言い分を完璧に通したアレン達は、その日の内に、王城の宝物庫漁りを始めた。

だが、期待していたような物は、中々見付けられなかった。

「…………この箱の中身……何だ? 人骨?」

「少なくとも、魔法具ではないみたい。……ぶら下げる為の麻紐が結ばれてるのは何故かしら」

「もしかしたら、あれかもですよ。ほら、ロト伝説に出てくる『船乗りの骨』」

「あ。海峡に掛けられたオリビアの呪いを解く為、彼女の恋人のエリックの魂が乗った幽霊船を探すのに、勇者ロトが使った骨のこと? ……だとしたら、歴史的遺産ね。ロトが生まれた、空の彼方の異世界の人の骨と言うことにもなるもの」

「まあ、でも。僕達にとっては只の骨だな。…………何だって、勇者ロトは、わざわざ、空の彼方の異世界から、こんな物持って来たんだろう」

「案外、整理整頓が下手だったのかも知れませんね、僕達の遠い御先祖様は。何でも彼んでも突っ込んだ荷物袋担いだまま、こっちの世界にやって来た、とか。……うわぁ、そうやって考えると、伝説の勇者ロトが、激しく人間臭くなりますねー」

「…………止めて頂戴、アーサー。夢を壊さないで。ロトの称号を授かった勇者アレクが、大雑把過ぎる人だった、なんて思いたくもないわ」

本来なら、ラダトーム王家の者達以外の立ち入りは許されない宝物庫だが、彼等との駆け引きに敗北を喫して尚渋い顔した城の者達へ、「自分達も、ここが生家のローラ姫の血を引いているから」との建前を与えてやった為に入室を許可されたそこを片端から引っ繰り返してみても、出てきたのは、『勇者ロトのお伽噺』に登場する『船乗りの骨』──あくまでも、多分──だったり、硬貨ではないらしい小さなメダルのような物だったりで、この全て、勇者ロトの物だったとしての話だけれど、何故、彼は、このような謎な品々まで携えこの地に降り立ったのか、と三人は唸り、

「それはそうと。勇者ロトが、竜の女王から託された光の玉──曾お祖父様が、竜王から取り戻したあれ。あれは、何処にあるんだろう。この城にある筈なのに」

「そうですね。光の玉がないのは変で──。…………ん? あれ? 一寸待って下さい、アレン。正史の中に、光の玉が、守護していたラダトーム王家に戻されたのを示すような記載って、ありましたっけ?」

「あ…………。言われてみれば、そうだわ。──そうよ。歴史書には、曾お祖父様は竜王を倒した後、奪われた光の玉を取り戻して掲げ、その光を以て魔を祓い、世界に再び平和を齎した、とは綴られているけれど、光の玉の行方は書かれていなかったわ。成り行きから言えば、ラダトームに戻されるのが当然だから、そうなったものと思い込んでいたけれど」

「……何ででしょうね。何で、正史は、光の玉のその後を伝えていないんでしょうか。曾お祖父様は、取り戻したそれをどうされたんでしょう? ……アレンは、どうして光の玉のこと気にしたんです?」

「どうと言う程のこともない、軽い気持ちでだ。僕も、光の玉はここに戻されたのだと勝手に思い込んでいたから、拝借出来ればな、と。ロト伝説に曰く、光の玉には、強大な力があるだろう? 大魔王ゾーマが纏っていた、如何なる攻撃も跳ね返す『闇の衣』を剥ぎ取って、昼の無かったこの世界に光を齎した。それ程に強い魔を祓う力を持った玉なら、僕達の旅や戦いの為にもなるんじゃないかと、単純に考えただけなんだ。拝借した処で、この世界から昼が消えたりはしないだろうし。曾お祖父様の時もそうだったろう? 竜王に光の玉を奪われた所為で、世界から『光』が消えたと言うのは、人の世の平和が消えたと言う意味で、実際に、陽の光や昼が消えた訳じゃない。だから、と思ったんだけれども……、本当に、光の玉は何処に行ったんだ……?」

そう言えば……、と。

この城内の何処かに収められているとばかり思っていた『光の玉』が何処にもない、否、そもそも、勇者アレフは光の玉をどうしたのだ? と彼等は顔を見合わせる。

「…………何となくですけど。気になりません?」

「ああ。どうにも釈然としない。何かが変だ」

「……ねえ、二人共。何百年も昔のロト伝説は兎も角としても、曾お祖父様──勇者アレフの竜王討伐からは、未だ百年程しか経っていないし、生前のアレフやローラ姫を直接知っている人達も存命してるでしょう? だから少なくとも、光の玉の存在そのものを疑う必要は無いと思うの。なのに、正史にもその行方が記されていないのは、何か、意図があってのことなんじゃないかしら。勇者アレフだけが知っていた、正史には記せなかった何かが遭ったんじゃないかしら」

「ふむ……。曾お祖父様だけの秘密、ですか」

「もしも、本当にそうだとすると、放っておいてはいけないかも知れないな。百年前、曾お祖父様に何が遭ったのかを知る術などないから、それに関しては忘れるとしても、光の玉を、歴史からも世界からも消えた物として扱うのは良くないかも。万が一、ハーゴン達の手に渡りでもしたら、大事だ」

「物凄く嫌な想像ですけど。邪神教団が、既に光の玉を手に入れてる可能性もありますよね。だから、百年前、竜王が世界をおびやかしていた頃みたいに、魔物が人を襲うようになった、と言う可能性」

「そうね…………。……雲を掴むような話だから、深追いはしない方がいいでしょうけれど、少しだけでも、光の玉探しをしてみない? 無駄にはならない気がするの」

────この旅に出て初めて気付かされた、正史にも綴られぬ、約百年前の『歴史の穴』。

恐らくは、曾祖父アレフが自らだけの秘密とし、歴史の向こう側に隠してしまった何か。

その何かの所為で行方が知れなくなった光の玉探しを、自分達はしなくてはならぬやも、と思わされ、宝物庫漁りを中断した三人は、うん、と頷き合った。

そうと決まれば早速、と。

上等な借り物の服を埃塗れにしてしまったのも気にせず、宝物庫を出た彼等は、今度は城の図書室へと傾れ込み、文献の山を引っ繰り返した。

勇者伝説の膝元、ラダトーム王城に蓄えられた貴重な蔵書達ならば、光の玉の行方に関する手掛かりも示してくれるのではないか、と目してのことだったが、やはり、期待はあっさり裏切られた。

歴史書やお伽噺が語る以上のことは、山のような蔵書の何処にも記されてはおらず、一度ひとたび、三人は落胆する。

「駄目だわ……」

「こっちもです。勇者アレフが、竜王の手から光の玉を取り戻して掲げた以降の記述は、見付かりません」

「…………なあ、ローザ。アーサー。素直に考えて、と言う奴だが。なら、可能性は二つ、ってことにならないか?」

「どんな可能性です?」

「物が物だから、どんな事情があったにせよ、曾お祖父様も扱いは慎重にされたと思う。だから、光の玉がラダトームにはないなら、曾お祖父様は、取り戻した光の玉を携えたままアレフガルドを去った──即ち、ローレシアに持って行ったか、然もなくば、竜王城の何処かに隠したか、の二つ」

幾つも灯した燭台の火を頼りに、石床に直接車座になって本を読み漁り、が、何一つも知れなくて、肩を落とした彼等は溜息ばかりを吐いていたが、ひょっとして、そういうことなんだろうか、とアレンは伏せていた顔を上げた。

「そうね。何方も有り得るわ。竜王城だった所に忍び込もうなんて考える人は、今でもいないもの。当時なら尚のこと、何かを隠すには打って付けね。ローレシアに、と言うのも。竜王まで倒した、世界の誰よりも強かった勇者が光の玉を守るのが、最も安全な方法だったでしょう」

「あ、そうか。そう考えると、正史から光の玉が消えた理由も、説明付けられるかも知れませんよ。勇者ロトの時代から、数百年間、光の玉を守護していたラダトーム王家の面子を潰さない為に、光の玉の行方は有耶無耶にしてしまった、みたいな成り行きだったのかも」

「言えてる。……あー、でも…………」

「でも、光の玉を探しにローレシアに戻るのは……、ですか?」

「ああ。──ローレシアに光の玉が隠されてる、なんて少なくとも僕は聞いたことがない。本当にそうなら、父上は些少なりとも弁えているだろうけれど、出奔同然に城を飛び出したまま、報せの一つも入れない馬鹿息子の言うことに、耳を貸してくれるかどうか、と思うし、三人纏めて軟禁され兼ねない、とも思うし……」

「んー……。ローレシア王は、アレンのこと、馬鹿息子扱いはしないと思いますけど、迂闊にローレシアに戻ったら、二度と何処にも出して貰えなくなる、と言うのは、無きにしも非ずですね。ルプガナでも精霊達と契約出来たお陰で、僕、ルーラ使えるようになりましたから、例え、そんなことになっても何とかは出来ますけど」

「なら、竜王城へ行ってみない? 竜王城の跡地を調べてみて、何も掴めなかったら、ローレシア行きを検討してみる、と言う風にするのはどうかしら」

これまでに巡らせた想像が正しいならばだが、と前置きしつつアレンが語った考えに、ローザもアーサーもそれなりの納得を示し、竜王城跡地の探索に挑んでみよう、と三人は決めた。