その後。

幾ら、大切な孫娘を助けた相手だからと言って……、と困惑するしか出来なくなってしまっていたアレン達を、老人も、孫娘の少女も、屋敷の使用人達さえも、一丸となって引き止めた。

恩人を宿になぞ滞在させたら、恩知らずと世間から後ろ指を指される、との言い分を振り翳した一同の迫力に負け、ひたすらに戸惑ったまま頷いてしまったのが運の尽き、何時しか三人は、船の出港の支度が整うまで、老人と少女の屋敷に滞在する客と言うことにもなってしまい、彼等は一層頭を抱えた。

……だが、件の屋敷にて迎えた初めての夜、アレンに宛てがわれた個室に集って、どうしよう、どうやってこの恩を返そう……、と激しく悩み続けていた三人の許を、彼等が助けた少女が訪れた。

「お寛ぎ中の処、申し訳ありませんが、私の話を聞いて頂けませんか」

躊躇いながらもアレンの客間の扉を叩いた少女は、長椅子に並び座った三人を前に、実は……、と打ち明け話を始める。

「お祖父様から聞かされたかと思いますが、この街には、余所者には船を貸さない、余所者は雇わない、そういう慣しがあります。……それには理由があるんです。未だ、私が物心付く以前のことだそうですが、街の人達が言う処の余所者に貸した船や、雇った余所者を乗せた船が、悉く沈没してしまったんです。余りにも、そんなことばかりが続いたものですから、何時しかこの街には、余所者には……、と言う慣しが出来てしまいました。それでもお祖父様は、悪い偶然が重なっただけだ、と言っていたそうなんですけれども、雇い入れた余所者の船員を乗せたお祖父様の船も…………。……その船には、私の父も乗っていました。父は帰らぬ人となり、報せを受けた母も、心労に倒れて呆気無く逝ってしまい、それ以降、お祖父様は、誰よりも余所者嫌いになってしまったんです」

「………………そうだったんですか」

「はい。……でも、私は。何れ、お祖父様の跡を継ぐ私は、そのような馬鹿馬鹿しい慣しなど、止めてしまうべきだと思っています。余所者を乗せた船は必ず沈むなど、迷信以外の何物でもありません。……ですから。このような話を聞かされて、ご気分を悪くされているとは思いますが、皆さんには是非、お祖父様の船をお使い頂きたいのです。私を助けて下さった皆さんへのご恩返しになるならの一念で、馬鹿馬鹿しい慣しにも、亡くなった父のことにも、お祖父様が蓋出来たこの機会を切っ掛けにしたいのです。……お願いします、お祖父様や街の人達に、お力をお貸し下さいませんか。どうか……どうか、これも人助けだと思って、引き受けては頂けませんか」

どういう訳か、少女は、長椅子の中央に座っていたアレンではなく、彼の右隣を占めていたアーサーばかりを見詰めながら、彼女の祖父や、この街の抱える事情を語って、親身になって話に聞き入り、率先して相槌を打ったアーサー相手に訴えた。

「実を言えば、貴方や貴方のお祖父様の心配りは、僕達には過分だと思っていたんです。こちらこそ、船をお借りしたり、この屋敷にご厄介になる恩をお返しないと、と。ですが、そういうことでしたら、お言葉に甘えさせて頂きます。お借りした船は、必ずお返ししますから、安心して下さいね」

「……はい! 有り難うございます!」

少女に聞かされた話より、そういう事情があるなら多少は気が楽になる、とこっそり息を吐いたアレンやローザの気持ちを代弁する風に、アーサーはその整った面に完璧な微笑を浮かべ、彼に笑い掛けられた少女は、嬉しそうに顔を綻ばせる。

「でも……、それでも未だ、申し訳ない気がするんですけどね」

「…………ああ、でしたら。もう一つ、私共のお願いを聞いて頂けませんか? 皆さんが為される航海の序でで構わないのですが、海に沈んだ財宝探しをして頂きたいんです」

「財宝……探し?」

「ええ。少し前、お祖父様が懇意にしている貿易商の方の船が、嵐に巻き込まれて沈没してしまったんです。魔物が人を襲うようになって久しい所為か、この数年、何処の海も荒れがちで、遭難する船は多いのですけれども、その方の船も残念ながら……。不幸中の幸いで、自ら船に乗り込んでいたその貿易商の方の命だけは助かったのですが、ほぼ全財産に当たる積み荷の財宝は沈んでしまったんですね。……そういう訳で、その方は、このままでは破産だと、財宝を引き上げる仕事を引き受けてくれる人を探しているのですけども、北海の何処か、と言うことしか判っていない財宝の引き上げ仕事など、引き受けて下さる方は早々いませんから、困ってらっしゃるみたいで……」

「……判りました。それも、何とかやってみます。──アレン、ローザ、いいですよね?」

「ああ。勿論。こちらの旅の合間に探すだけで充分だと言うなら」

「ええ。何処かの街で、その方の船の話も聞けるかも知れないし」

とは言え、それでも未だ気が引ける、と言ったアーサーに、少女は更なる依頼を持ち出し、三人は、沈んだ財宝探し依頼を一も二もなく引き受けた。

少しでも、少女の祖父より船を借り受ける理由が増えた方が、彼等の心情的には有り難かったから。

「良かった……。有り難うございます、皆さん。それでは、お休みなさいませ」

だから、少女は一層嬉し気に笑み、夜分に失礼しましたと言い残して部屋を出て行った。

「良かった、と言いたいのはこっちだな。これで、気持ちが楽になる」

「そうね。ご老人やこの街の人達が憑かれてしまった迷信を破ったり、沈んだ財宝を見付けたり出来たら、ご老人や彼女への恩返しになるもの」

「漸く、向こうとこちらと、対等になれた感じもしますしね。──じゃ、寝ましょうか。僕達も、明日から早速、船旅に出る支度をしなくちゃいけませんから」

部屋着の長い裾を翻しながら、少女が、僅かばかり恥じらいつつ去った途端、はー……、と三人は一斉に肩の力を抜く。

「……そうだな。そろそろ」

色々な話が怒濤の内に進んでしまった一日だったけれど、これで、船の貸し借りのことで頭を悩ませる必要は無くなったようだ、と立ち上がったアレンが、アーサーの言う通り、今夜はもう寝よう、と伸びをしながら部屋の寝台を振り返れば。

「僕の部屋のもそうでしたけど、この部屋の寝台も大きいですから、このまま眠れますね」

「枕は、人数分なくともいいものね」

アーサーとローザも、彼の為の寝台へ向かった。

「………………。二人共、又一緒に寝る気なのか……? 折角、ご老人が、三人分客間を整えてくれたのに」

「あら、いいじゃない」

「そうですよ、三人一緒の方が楽しいですよー。……あ、アレン。もう、灯り落としちゃっても大丈夫ですからー」

又か、又なのか、どうしてお前達は自分の部屋に戻らない!? とアレンは顔を強張らせたが、彼を差し置いて、キャッキャとはしゃぎつつ、大層寝心地が良さそうな、掛け値なしに豪奢で大きな寝台に乗り掛かっていたローザもアーサーも、駄目? と可愛い子ぶって小首を傾げてみせたので。

「……駄目……ではないけれども…………」

あーもー! と己の髪掻き毟りながらごにょごにょと答えたアレンは、燭台の火を落とすと、どうにでもなれ! と柔らかい寝台に勢い良く飛び込んだ。

翌朝、毎度の日課と朝食を終えて直ぐ、アーサーとローザは、精霊達との契約を交わしたいからと、連れ立って礼拝堂へ出掛けて行った。

長の船旅に挑む支度を整える為の買い出しや、武具の新調には、三人揃って行こう、と二人に約束させられていたので、彼等が戻って来るまで手持ち無沙汰になってしまったアレンは、少女に誘われるまま、北海に沈んだ財宝の持ち主だと言う貿易商の許を訪れ、詳しい事情を訊くことにした。

財宝に関する詳細、と言っても、結局、既に少女から聞かされていた以上の目新しい話は一つも出てこなかったのだが、持ち主当人から、正式に財宝探しを託されると言う形が取れただけでも、足を運んだ甲斐はある、と滞在中の屋敷へ戻る道を辿っていた最中。

「あの……。アレン様?」

彼の半歩ばかり後ろを歩いていた少女が、小さく彼を呼んだ。

酷く、何やらを問いたそうな顔をして。