DRAGON QUEST Ⅱ ─ROTO─ 舞台裏

『皆の秘密』

ロトの武具の封印を解くには不可欠な、ロトの印を借り受ける為とは言え、ローレシアに戻ったら一体どうなってしまうやら、と戦々恐々としつつ訪れたのに、これと言った悶着一つ無かった処か、拍子抜けする程簡単に訪問の目的が果たせてしまった。これを、肩透かしと言わずに何と言おう。

────と、そんなことを、その時ローザは思っていた。

けれども彼女は、「もう過ぎたことだし、今更どうでもいいわね」と小さく肩を竦めて気分を変え、アレンやアーサーと共に手に入れたばかりの、『ロトの印』が納められていたローレシア王城宝物庫がある一画に背を向け、目的を持って歩き出す。

「ローザ? どうかしたのか?」

今の今まで一緒に宝物庫漁りをしていたのに、一体、何処に行くつもりなのだろうと、己達とは真逆の方向に進み始めた彼女を、アレンが訝し気に振り返ったが、

「大したことでは無いの。気にしないで。ローレシアの王太子殿下を困らせるような真似はしないから、大丈夫よ」

喉の奥から小さな笑い声を洩らしつつ、ローザは、冗談を以て彼よりの追求を躱した。

「いや、その。別に、ローザがそんな真似をするなんて、毛頭思ってはいないんだが……。……まあ、いいか……」

からかわれた、と思ったのか、それとも、口を出し過ぎた、とでも思ったのか、途端、アレンは若干頬を染めてばつ悪そうに前へ向き直ると、わざとらしい大股で歩き始め、

「……ローザ? 何か企んでます?」

「嫌だ、アーサーまで。そうではなくて。一寸、厨房を覗かせて貰いに行くだけよ」

先んじたアレンの背を盗み見つつ、「うん、判り易い」と口の中でのみ呟いたアーサーにも、先程のアレンと似たり寄ったりのことを問われたローザは、又、喉の奥で笑って、後でね、と軽く手を振った。

「……ああ、そういうことですか。──ええ、では、又後で」

その直後、厨房目指して進む彼女の足取りは、何処となくうきうきしたそれになり。

「…………ローザも、判り易いですよねぇ」

自身は、少々焦りの滲む足取りでアレンの後を追い掛けながら、微苦笑を洩らしたアーサーは、再び、ボソッと呟いた。

ローレシア王城に住まう者達の為の『縁の下の力持ち』の一つでもある厨房は、王城地階の、最も裏門に近い隅の一画に位置している。

朝から晩まで、料理人達や下働きの者達が忙しそうに出入りしていて、何時でも騒がしく、場所が場所故に、アレン以外の王族や貴族達が足踏み入れることは、先ず滅多に無い。

況してや、客人が訪れることなど有り得ない。

……が、未だ午前も半ばなのに既に昼餉の支度で慌ただしいそこを、気後れしているのが有り有りと判る風情で、あちらこちらの様子を落ち着きなく窺いつつのローザがやって来たものだから、厨房に詰めていた者達は、一瞬、全員が全ての動きを止めた。

「あの……、恐れながら、ローザ殿下であらせられますか?」

「ええ。私が、ローザ・ロト・ムーンブルクです。──今、お邪魔でなければ、料理長に会いたいの」

旅立つ以前は、撮み食いを建前に自分達の顔を見に来てくれていたアレンが、と言うなら判るが、どうして、ムーンブルクの王女殿下が、と甚く不思議に思ったけれども、ローレシア王城の者達は、下働きに至るまで躾が行き届いてるので、誰も、そんな疑問はおくびにも出さず、入り口近くにいた女中の一人が、にっこり笑顔で話し掛ければ、ローザも、にっこり笑顔を浮かべながら用向きを告げた。

「料理長でございますか?」

──ローザ殿下。料理長は、私でございます。如何な御用でございましょう」

彼女のその声は、シンと静まり返ってしまっていた厨房中に響いて、直ぐさま、料理長当人が御前に進み出た。

「あの……、その。実は、そのぅ…………」

と、途端、口籠ったローザは俯く。

「ローザ殿下?」

「…………その、ね。私達がしている旅は、普通の旅とは違うから、どうしても、私達自身で食事の支度をしなくてはならない時があるの。──だから、少しで構わないの。お料理を教えて貰えたら、と思ったのだけれど、駄目かしら?」

「料理を……でございますか? ……それは、私で宜しければ。ですが、それには少々時間が入り用ですが……」

「え? ……あ、そういう意味では無いわ。煮炊き程度は私でも出来るから、手取り足取り教えて欲しい訳では無いのよ」

「では、如何様なことで?」

「……………………アレンの──アレン殿下のお好きな物が知りたいの」

「……ああ、そういうことでございますか」

唐突に俯いてボソボソ声を出し始めた彼女の様に戸惑い、飛び出た、料理を教えて欲しい、との乞いにも戸惑い、「はて……?」と内心でのみ盛大に首傾げつつ無難な受け答えをしていたら、目一杯低めた小声で、アレンの好物を、と漸く『真の目的』を打ち明けられた料理長は、思わず破顔した。

「そ、その。他意は無くてよ。殿下には良くして頂いているから、せめて、そういうことで、と思っただけなの。それに、ローレシアから離れれば離れる程、口に合わないと言うか、そういうお料理が増えるかも知れなくて、それはやっぱり、アレン……殿下もお嫌かも知れないでしょう? そういう訳で、あの……」

それまでは、礼を失せぬ為の畏まった顔を崩さずにいたのに、いきなり、面の全てを使って笑み零した料理長を眺め上げたローザは、モゴモゴとこの上無く言い訳がましいことを言い出し、

「はい。ローザ殿下の仰せの通り、習慣が違います為、異国の食事は口に合わない場合もございます」

何処にも嘘一つ無いが、しれっと、『かなりの勢いで空っ惚けたこと』を、料理長は告げる。

「そうでしょう? だから、ローレシアではアレン殿下の、サマルトリアではアーサー殿下の、それぞれお好きな物を、と考えたの」

「成程。アレン殿下をお気遣い下さって、誠に有り難うございます、ローザ殿下。──では、少々お待ち下さいませ」

故にローザは、さも、「我が意を得たり!」な調子になって、そんな彼女へ、彼は今度は、城仕えの者として完璧な笑みを拵えると、恐らくは料理初心者だろうローザにも作れる程度の難易度に収まる、アレンの好物の作り方を三つ程、紙片に綴った。

ローレシア王城に仕える料理長が書き記してくれたそれを受け取り、礼を告げるや否や、そそくさとローザが去って直ぐ。

「アレン殿下は果報者ですねー」

あははー、と笑いながら、未だ年若い料理人の一人が言った。

「……あれって、やっぱり、そういうことよね」

「そりゃあ、そうでしょ。どう考えたって、何処からどう見たって、『そういうこと』よ」

同じく、年若い小間使い達は、小さい、が、黄色い悲鳴めいた声を上げつつ、興味津々と言った顔でお喋りを始め、

「お似合いだしなぁ」

「ですねぇ。……夕べ、陛下と殿下方の茶席のお世話をした女官達が噂してましたけど、アレン殿下もアレン殿下で、ローザ様と他の方々に向ける笑顔が、ぜんっっぜん違うらしいですよ?」

料理長自身も、副料理長と一緒になって、あーだこーだ語り合う。

「ムーンブルク王都があんなことになっちまったから、こんなこと言っちゃいけないんだろうけどさ。おめでたいねぇ……。お小さい時から聞き分けが良過ぎて、剣のお稽古にしか興味が無さそうだったアレン様にも、想われる方が出来たんだねぇ……」

「本当になあ……。アレン様が、あんなに別嬪な王女様と『春』になるなんてなあ……。めでたいとしか言えねえやなあ」

中老の年頃のパン職人夫婦は、『かなり気の早い何やら』を想像したらしく、目尻に涙さえ滲ませ出して。

────結局、その日は一日。

アレン達がサマルトリアへ発っても、ローレシア王城の厨房は、アレンとローザの噂で持ち切りだった。