DRAGON QUEST Ⅱ ─ROTO─ 舞台裏

『王族女子の事情』

─婚約編─

冒険の旅の全てを終えたローザ・ロト・ムーンブルクが、無事、祖国への凱旋を果たしてより数ヶ月が経った。

もう間もなく、大陸中央部は特に常春に近い気候のムーンブルクでも、暦の上では秋を迎える。

今、ローザがいるムーンペタの街──新王都の建設が或る程度進むまで、彼女自身が仮の王宮を置くと定めたその街は、ムーンブルク王国の中では北東部に位置するので、かつての王都よりは四季があるけれども、晴れ渡った空の色も、街中を渡って行く風も、まるで春の如くなそれだった。

「……はぁ…………」

……が、街の長の別邸を借り受けて設けた、現在のムーンブルク王宮とされている館の執務室にて、執務椅子に座し続けるローザは、窓の外に広がる清々しい景色に反する溜息を吐いた。

────帰国した彼女が、ムーンブルクの新女王に即位してより、凡そにして四ヶ月前後になる。

仮の王宮を据えただけの、辺境に近いムーンペタで執り行われた彼女の戴冠式は、現在の王宮に同じく、一先ずの、としか言えない細やかなもので、兎にも角にも、ローザが即位した事実を生む為だけのものだった。

とは言え、だとしても、彼女が現ムーンブルク女王であるのに違い無く、新王都や新王城の建設に関わることや、約二年もの間、君主不在となってしまった国政の滞りを挽回する為の執務は未だに膨大で、現在のローザに、務めの手を止められるようなゆとりは余り無いのだが、彼女は、今度は朝から握り続けていた羽ペンを放り出し、ぼうっと、窓の外を眺め始めてしまった。

「ローザ陛下。失礼致します」

と、そこへ、彼女にとっては折悪く、ノックの音と共に、女性が一人、入室して来た。

「…………ああ、女官長。何かしら?」

「午後も半ばでございます。少しだけでも、お休み為されるのは如何かと思いまして」

故にローザは、悪戯が見付かってしまった子供のような、ばつ悪そうな目を女性へ呉れたが、休憩の為の茶の支度を乗せた銀盆を携えている、女官長、と呼ばれた彼女は、にっこりと笑みつつ優しくローザへ語り掛ける。

……即位して四ヶ月の彼女同様、ムーンブルク王宮の新たなる女官長の地位に就いて程無いその女性は、このムーンペタで、変化へんげの呪いより解かれたばかりのローザの面倒を見てくれた、あの、かつてローレシア王城にて女官を務めていた彼女だ。

ムーンブルク王都が陥落したあの夜、有力貴族達も、城勤めをしていた者達も、悉く魔物に命を奪われてしまった為、現在のムーンブルクは人材不足甚だしい。

政方面の人材集めや人事に関しては、ローザが不在の間、国を託されていた例の賢者殿が請け負ってくれているが、王宮の奥向きに関しては、男であるが故に偉大な賢者殿とて余り手出しの出来ない事柄な為、女王自ら、人を募って人事に当たった。

その際、ローザは真っ先に、元女官の自宅を直接訪れて、ムーンブルクの新女官長になって欲しい、と頼み込んだ。

他国でとは言え、彼女は宮仕えの経験を持っている、身元も礼儀作法もしっかりした良家の子女なので、その意味でも相応しいと思えたし、何より、あの三日の間、心より自身に尽くしてくれた彼女の献身や誠意を、決して忘れぬとローザは誓っていたから。

結婚を機にローレシア王城の女官職を辞して数年、夫と共にムーンペタにて暮らしていた彼女は、己には到底務まらぬと、直ぐには引き受けてくれなかったけれども、ローザの熱意に負け、二つの条件と引き換えに、最終的には頷いてくれた。

元女官の彼女が出した条件の一つ目は、新王都の建設が進み、そちらに王宮を移す支度が整ったら、自身の家族も移住させて欲しい、と言うもので、条件の二つ目は、三月前後で構わぬから、ローレシア王城で女官としての修行をし直させて欲しい、だった。

一つ目の条件に関しては、ローザも固よりそのつもりでいたし、元女官の夫は、ムーンペタでは誠実で有名な豪商だった為、財政管理の仕事に携わって貰えたら……、と心密かに考えてもいた新米女王陛下には願ったり叶ったりで、二つ目の条件の、ローレシア王城で……、と言うのは、元女官の彼女が『ローレシアの怖い女官長様』の如くになってしまわないか、との意味で若干不安だったものの、有り難い申し出ではあったので、ローザは二つ返事でその条件を飲み。

ローレシアの怖い女官長様のもと、厳しい修行を終えた元女官の彼女は、ムーンブルク女官長として女王陛下に仕え始めた。

約三月に亘った修行の結果、こっそりとローザが覚えた不安通り、『武』の国の女官出身、としか言い様の無い女官長へと成長してしまったけれども、相変わらず彼女は献身的で、誠心誠意尽くしてくれるので、女官長の『武』の国仕込みの逞しさその他は、ご愛嬌の範疇だ。……多分、だが。

「……そうね。一息入れようかしら」

「はい。そう為さいませ。余り根を詰められて、お体に障ってはなりませぬ。……さあ、どうぞ、陛下。本日の茶葉は、ローレシアのアレン王太子殿下より贈られました、薔薇の紅茶でございます」

──そんなムーンブルク女官長は、ローザが、執務机の上に行儀悪く羽ペンを転がしてしまったのを咎めもせず、アレン・ロト・ローレシア──女王陛下の婚約者殿でもある彼よりの贈り物の紅茶を注いだ茶器を、彼女の眼前に差し出した。

「…………ああ、この間の……」

その茶葉は、数日前、旅の扉を伝ってムーンペタを訪れてくれたアレンの土産の一つで、嬉しそうに茶器の中で揺れる飴色を見詰め、カップを手に取り口を付け……、が、一口ばかり飲んだ処で、ローザは又も、何処と無く重たい溜息を吐く。

「陛下、どうか為さいましたか? 何か、無作法でも……」

「いいえ。そうではないわ。………………ねえ、女官長。この先は、女官長で無く、一人の女性として──伴侶を持つ夫人として、私の話を聞いて貰えないかしら」

「恐れ多くはございますが、わたくしで宜しければ」

愛しい恋人よりの贈り物であるそれを前に、聞き逃せぬ溜息を吐いた彼女へ、女官長は微かに不安気な顔をしたが、ローザは、「ここから先は、身分を忘れた女同士の話よ」と彼女を見上げ、女官長は畏まった。

「この上を望むのは、贅沢で我が儘なことだと、私自身思ってはいるの。アレンにも、私にも、身分も立場も事情もある、と言うのも、判っているつもりなの。互い、ローレシアとムーンブルクの跡継ぎ同士だったのに、周囲にも私達の仲を認めて貰えて、公の婚約も交わせたのだから、満足はしているのよ。だから……贅沢だとは思うのだけれど……、でもね……。私、やっぱり、アレンから、その…………──

「…………陛下。私のような者が、誠に差し出がましいことと存じますが、ローレシアのアレン殿下は、男女の機微と言うものに関しましては、慎ましやかで控え目な方であらせられますから、ローザ陛下のお悩みが何であれ、余り、お気に為さらぬのが宜しいかと存じます」

だから、ローザはボソリと、繰り返し吐いている溜息の理由を語り出し、けれども言葉半ばで口籠って、そんな女王陛下へ、女官長は眉一筋も動かさず、当たり障りの無いことばかりを告げ出す。

「……貴女も、彼のその部分は、控え目と感じていて?」

「恐れながら、御意にございます。私が、ローレシア王城の女官職を得ました当時、アレン殿下は十を越えられたばかりでしたが、既に、ローレシア王国王太子として相応しくあらねばと、ご自分を厳しく律しておられて、私的なことは二の次にされがちでございました。私があちらを退官させて頂きました時には、殿下も十五になられておりましたが、それでも、『その部分』のみならず、ご自身の私的な事柄にまつわる何も彼も、とても控え目でございましたよ」

「そう…………。貴女達の目から見ても、アレンは、子供の頃からそんな風だったのね」

「はい。──陛下。そう言う次第でございますから、アレン殿下とのことに関してましては、大きく構えられませ。陛下は、遠からずアレン殿下の正妃となられる身。お気持ちをおおらかに持つのも肝要かと」

次いで女官長は、「要するに、アレンは男女の仲に関しては激しく鈍く、且つトロい」と言うのを、幾重にも歯に衣着せてローザに言って聞かせ、やんわり彼女を宥めると、冷めない内に、と再度茶を勧めた。