一晩を過ごさせて貰った西の祠を発った彼等三人が、過酷としか言えないムーンブルク西方砂漠を往き始めてから四日と少々が経った。

三人が三人共に、内心で、「自分達はこのまま乾涸びて、ミイラになってしまうのでは……」との不安に駆られながらの道行きだったけれども、五日目の未明、漸く、微かながら水の香りが嗅げて、何が何でも辿り着かなければ確実に死ぬだろう、目指していたオアシスが漸く……、と悟った彼等──主にアーサーとローザは、尽きてしまいそうだった元気と気力を取り戻し、「現金だなあ……」と苦笑するアレンを従えつつ、しっかりと自分の足で歩き始め、数刻後の夜明け、姿を見せ出した朝日に照らされて輝き始めた水面を目にするや否や、

「やったーーーー!! オアシス! オアシスー!」

「嬉しい! 気にしないでお水が飲めるわ!」

……と、喜び勇み、小走りでオアシスヘと近付いて行った。

──! 二人共、止まれ!」

だが、いきなり荷物を放り出して駆け寄って来たアレンに、アーサーもローザも襟首引っ掴まれて引き摺り倒される。

「え、ちょっ……──

──アレン!」

突然の狼藉に、一体何を、と彼女も彼も憤慨し掛けたが、日の出を迎えたばかりなのに既に熱い砂の上に倒れ臥す最中の二人の瞳に、パカリと大きく口を開いて、己達へ襲い掛かろうとしていたマンイーター目掛け、アレンが抜き去った剣を振り下ろす姿が映った。

見渡す限り砂に埋め尽くされた、不毛としか言えない砂漠でも、稀には見掛けられる只の茂みだと思っていた、けれど正体は魔物──マンイーターだったそれは、アレンが倒してくれた。

が、戦いの最中、眠りを齎す胞子を浴びたアレンも、マンイーターに止めを刺すと同時に倒れ込んでしまって、以来、数刻が経っても目を覚まさず、眠り続ける彼の看病をしながら、ローザは泣き出したい心地に駆られていた。

────絶命するや否や緑の茂みに能く似た身を枯れさせ始めたマンイーターと、縺れるように倒れ込んだまま動かなくなってしまったアレンを、アーサーと二人、眼前に迫ったオアシスの畔まで引き摺っていた時には、ローザの胸の中には怒りしか無かった。

何時も何時も、そうやって自分ばかりを二の次にして、アーサーや私を庇ってばかりいるから、無理ばかりしているから、こんな憂き目に遭うんだ、と。

内心、彼女は息巻いていた。

しかし、やっとの思いで引き摺って行った水辺の木陰に横たわらせて休ませても、彼は一向に目覚めず、彼女の怒りは徐々に何処かに消え、心配でソワソワし始めた。

……何度確かめてみても、彼の何処にも怪我は無かったが、念の為と、ホイミやベホイミを掛けてみた。マンイーターは毒を持っていない筈だけれど、やはり念の為にと、キアリーも掛けてみた。

それなのに、アレンは懇々と眠り続けたままで、やがてローザは、泣き出しそうに面を歪めつつ、そっと、己の膝にこうべを乗せた彼の頬に指を這わせ、深い自己嫌悪に陥る。

先程、水を汲んでくると言って立ったアーサーが、ぽつりと、「魔物の『甘い息』を浴びただけで、こんなにも長時間眠り続けてしまうくらい、アレンは疲労困憊していて寝不足も酷かったのかも知れない」と呟いたのを聞いてしまったのも相俟って。

アーサーの言う通りなのだとしたら──いや、きっと彼が想像した通りの理由で、アレンは今。なのに、どうしてこうなってしまうまで、私は何も気付かなかったのだろう、とか。

この有様には、絶対に、『アレンの隠し事』が関係している筈だ。自分達にさえ何かを隠して、隠し通して、その所為でこうなってしまったのだ。魔物達と共に戦う仲間の自分達にも秘めて、独り『何か』と戦う毎日ばかりを繰り返していれば、その内確実に限界を迎えるだろうと、アレン自身にも判っていただろうに、とか。

……でも、それくらい。きっと、それくらい、アレンにとって、私は頼りなかったのだろう。この間、そんなことは無い筈だとアーサーは慰めてくれたけれど、やっぱり、私は何の役にも立っていなかったんだ、とか。

自己嫌悪に陥った彼女は様々に思い巡らせ、結果、更なる自己嫌悪に陥り、とうとう、目尻に涙を滲ませたが、今度は、泣いている場合じゃないのに、とか、何で私が泣かなくてはならないんだろう、とか、自分の不甲斐無さに涙するなんて悔しい、とか、後から後から湧いてくる取り留めも無い想いが、彼女の涙を塞き止めた。

「…………そうよ。何で、私が……」

そうして、ふと。そもそも私は、一体何が、泣きそうになるくらい悲しいのだろう? と、彼女は思わず首を傾げる。

開き直りでしかないけれど、生まれて初めて、こんな旅に出てから未だ二月も過ぎていない私が、いきなり使い物になる訳も無い。旅立った日から今日までに同じく、アレンやアーサーの役に立てるように努力していけばいいのだと、前向きになれば済むだけのことでは……? と。

それなのに、どうして私は泣くの? 一体、何が悲しいの? と。

「でも、私は…………」

────……そう。徒然に心に浮かんでは消えた、涙をも塞き止めた想い達の所為で、ローザは、頭の半分だけが妙な具合に冷めてしまって、小首を傾げ続けたが。

自己嫌悪が齎した悲しみと涙は完全には消え去らず、悩みつつ嘆き、嘆きつつ首捻っていた彼女の目尻から、ポロリと、涙が一粒だけ零れた。

転がる風に頬を伝った涙は、自身の白い手の上に落ち、嫌だ……、と彼女が思った次の刹那、身動いだアレンの左手が、そこに重なった。

……寝返りを打った所為だろうけれど。故に、偶然でしかないけれど。

途端、ローザは己の心の臓が強く跳ねたのを悟り、もう一つのことも悟った。

…………ああ、そうか。私は、アレンが好きなのだ……、と。

「……バ、ラ…………?」

「アレン? 気が付いた? 大丈夫? 気分は?」

その直後、今度はアレンから夢見心地な声が洩れ、彼女は慌てて彼の顔を覗き込む。

「ローザ……? ……薔薇……の香りが、する……。良い香り…………」

「あの、アレン…………」

顔近付けたローザの目の前で、アレンは再び身動ぎ、彼女の膝に面を埋め、ローザは戸惑いつつも、微かに頬を染めた。

「え。……え!?」

「駄目よ。急に起き上がったりしてはいけないわ。……気が付いて良かった…………」

その頃には、半日以上閉ざしていた瞼を開いても、ぼんやりしたままだったらしいアレンの意識もはっきりしたようで、しっかりと開いた眼で辺りや自身の様を見比べた彼は、慌てて飛び起きようとし、ジタバタと足掻く彼を、ローザは微笑みながら制した。

それから。

彼女と、オアシスの水に浸した冷たい布を片手に戻って来たアーサーとで、アレンの『隠し事』を暴いたり、彼に説教を喰らわせたり、との一幕があって──数刻後。

夜を迎えた頃。

説教されて降参して、又もや眠ってしまったアレンは熟睡中のままで、アーサーとローザは、「どうしようか……」と顔見合わせていた。

オアシスの畔──要するに、比較的安全な場所ではあるが、時期が時期故に夜間は冷えるし、もう少しだけでも真っ当な寝支度で眠り直させた方が、とも思ったのだけれども、熟睡、としか言い様ないまでに寝入ってる彼を、一旦でも起こすのは忍びなく。

結局、彼と彼女は、焚いていた火を小さくし、聖水を用いての結界も張ってから、毛布を一枚、直ぐそこの草の上に敷いて、もう一枚を折り畳んで枕にし、その上にコロコロとアレンを押し転がして、最後の一枚を分け合って掛けつつ、左右からアレンに引っ付いて眠ることにした。

「お休みなさい、ローザ」

「ええ。お休みなさい、アーサー」

就寝の挨拶を告げるや否や、実の処は疲れ果てていたらしいアーサーは瞬く間に眠り、ローザも、うつらうつらとし始める。

それでも、何とか眠気を堪えて眺めたアレンの寝顔は甚く穏やかで、ふふ……、と小さく笑みを零しながら、彼女は今度こそ瞼を閉ざした。

────そんな夜が明けた、朝。

目が覚めるや否や、ローザは、自分もアーサーも、アレンに抱き込まれるように眠っていたと気付いた。

逆の言い方をすれば、アレンが、自分達の肩を抱いていてくれた、と。

だから又、彼女の胸は、ドキリと音を立てた程に跳ねたが、彼女も、そしてアーサーも、何でもない風を装い起き出し、一日の支度を始めた。

……アレンは結構な焦り顔になって、何かを誤摩化すように毎度の鍛錬に逃げてしまったけれど。

「…………天然?」

「……ええ、多分」

そんな彼の背を揃って盗み見、アーサーと言い合った彼女は、勢い、笑い出す。

好きだと気付いた、色々がちょっぴり不器用で、けれどとても優しく強いあの彼は、面白い人でもあるかも知れない、と思いながら。

End

後書きに代えて

ご協力をお願い致しました、2014年のサイト開設記念企画アンケートで頂いた、『ロレムンで:ムーンブルクの王女がローレシア王子への想いを自覚。ローレシア王子の1つ1つの行動にドキドキする。』とのリクエストに基づき書かせて頂いたものです。

ローザさん自覚編。

余り、ローザがドキドキしていないかも知れない。申し訳ありません…………。

後、アレンが寝てばっかりいる。おおう……。

──ローザが、自分はアレンが好きなんだ、と気付く話なので、折角だから、と(私が勝手に)思い、『ROTO』本編の舞台裏な短編の中に組み込ませて頂いちゃいました。

尚、この話を書き出した時に、エルビス・プレスリー聴いてた、なんて言わない<タイトル

んで以て、うちのアレンとローザは、アーサーがいてくれなかったら、永遠に関係が発展しなかったかも知れない(笑)。

リクエスト下さった方、有り難うございました。お楽しみ頂けましたら幸いです。

──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。