DRAGON QUEST Ⅱ ─ROTO─ 舞台裏
『王族男子の事情』
─婚約中編─
冒険の旅の終わりから、一年と少しの歳月が流れた。
今、ローレシア王国王都ローレシアは晩春で、もう間もなく、一年で最も過ごし易い時期と相成る。
彼の都が春真っ盛りだった頃、ロト三国の盟主の名に恥じぬ、盛大で厳かな戴冠式が行われた為、無事に国王の位に就き、漸く、誰もから「陛下」と呼ばれることに慣れてきたアレン・ロト・ローレシアも、大切な祖国の色鮮やかな緑溢れる季節に相応しい面を、拵えていなければおかしいのだが。
その夜の彼は、それはそれはブッスー……とした顰めっ面をして、『先王』の地位に退いた──要するに楽隠居を決め込んだ──父より譲られた国王の自室の長椅子に、沈み込む風にしていた。
「………………見るからに、不貞腐れてますね、アレン」
自らルーラを使役出来る故に、宵の口が終わる頃、こっそりこそこそ、ローレシア王城のその部屋を訪れたアーサー・ロト・サマルトリア──こちらは未だ父王が踏ん張ってくれている為、王太子の立場に甘んじられている彼は、ローレシア国王陛下が手ずから振る舞ってくれた葡萄酒のグラスを取り上げつつ、どうやらご機嫌斜めらしいアレンの様をチロリと眺めて、その面を覗き込む。
「……すまない。折角、訪ねて来てくれたのに」
「いえ。そこは、気にしないで下さい。今夜辺りなら、アレンも時間が取れるかなと思って、僕が勝手に押し掛けて来ただけですから。……ほら、僕は今は未だ、アレンやローザよりは気楽な立場ですし。……でも、どうしちゃったんです？ 何か遭ったんですか？」
無二の親友殿に、大丈夫か、と言わんばかりの声音を出され、苦笑したアレンは、良くない態度を改めるべく、自身も酒のグラスを掴んで姿勢を正し、低めの卓を挟んだ対面の、やはり長椅子に腰掛け中のアーサーは、若干身を乗り出した。
────彼等の旅が終わって程無い頃、親友同士として交わした内緒の約束通り、アーサーは、秘かに且つちょくちょく、こうしてアレンの自室を訪れている。
ルーラを駆使すれば雑作も無いから。
何時何時に訪れても、アレンは彼を手放しで迎え入れるし、アーサーとて、互いの状況や時間や頻度は、きちんと考慮している。
極稀に、その限りで無くなることもあるけれども、そうなるのは大抵の場合、何方かが悩みを抱え込んでしまっている時で、アレンにしてもアーサーにしても、唯一無二の親友を想って一旦だけ立場を脇に退け、相手へ心砕いた結果、『羽目外し』に繋がるだけだ。
アーサーが秘密裏にアレンを訪ねているのを薄々勘付いている、彼等の傍近くに仕える者達も、『歳若い親友同士の事情』にも勘付いているから、二人の稀な『羽目外し』には、余り目くじらを立てない。
……だが、流石に今夜は拙かったかな、とアーサーは内心でのみ反省した。
アレンが国王に即位して、そろそろ二ヶ月が経つ。
と言うことは、些少なりとも慣れが生まれ始める頃で、故に、却っての疲れや愚痴が生まれるだろう頃でもあるので、労いの意味も込めて訪ねてみたのだが、休ませた方が良かったかも知れないと、親友殿の顰めっ面より思わされたから。
「いいや。何も無い。無いからこそ、少し苛ついてしまっている」
しかし、アレンは今度は据わった目をして、ゴトリと、彼にしては行儀悪く、掴み上げたばかりのグラスを卓に戻した。
「無いからこそ？」
「ああ。………………アーサー。悪い、話を聞いてくれないか。自分でも有り得ないくらい煮詰まりそうなんだ」
「…………？ アレン、言ってることが、激しく矛盾してませんか。何も無いのに、何で煮詰まるんです？」
「だから、何も無いからだ。……即位して二ヶ月近く経って、本当に少しずつだけれども勝手が判ってきて、陛下と呼ぶ声に、うっかり父上の姿を捜すような真似も仕出かさなくなって、時間の作り方の要領も掴め出して。この間、漸く。久し振りにローザを訪ねられたのに────」
「──ああ。その『何も無い』ですか。……成程」
そのまま彼は、捲し立てるようにぶっちゃけ始め、アーサー以上に身も乗り出し、「そっちの件だったか」と、先程覚えた反省をポイっと放り投げつつも、アーサーは逆に、おっと、と背を仰け反らせる。
「君が相手だからこその話だが、あの旅の途中から抱え続けていた、君に背を押して貰えなければ打ち明けも出来なかったローザへの想いを叶えられて、疾っくに正式な婚約も果たせて、婚礼の日取りをどうするかの話まで出てるのにっ。手も握れないって、何なんだ…………」
「ええっ!? 未だそこなんですかっ!?」
……だけれども。
手も……、とのアレンの白状の直後、アーサーは俄然、前のめりになった。
「まどろっこしくて仕方無かったアレンとローザの背を強引に押しちゃったあの時に、二人には気付かれないよう見守っていた、いっそ出歯亀みたいだったこの城の方々の前で、迂闊な真似は！ と思って、敢えて接吻を邪魔したのは僕ですけど！ 子供は婚礼してからにして下さい、と言ったのも僕自身ですけど！ もう接吻くらいは許されますよ、恋人同士なんですから！ ………………あ。ひょっとして、ローザは、それすら婚礼後でないと、みたいな考え方とか？」
「………………え。あの時の君の邪魔は、わざとだったのか──じゃなくて。……流石に、そこまでじゃない……と思う。多分だが。……だーかーらー。問題は、彼女じゃないんだ。彼女の慎みや貞操の次元が、とんでもなく高いとか鉄壁とかじゃなくて。……まあ、或る意味、鉄壁は鉄壁だけど。…………要するに、僕が向こうに行った際も、ローザがこちらに来た際も、衆人環視なんだ。一から十まで。一分の隙無くっ！」
「…………あーーーーーー………………」
「お互い、報せも入れずに、なんて真似は間違っても無理だから、訪問の旨を伝えるだろう？ そうすると、旅の扉を潜ったそこに、もう、うんざりするくらいの人数が待ち構えていて、取り巻くように付き従われて対面。何処までも付き従われながら茶会。然もなければ昼餐か晩餐。後はお二人で……、となっても、絶対に侍従か女官が呼ばなくても駆け付けられる所に控えてる。……そんな中で接吻なんか出来るか！ 手だって握れないのに！」
「うーわーーー……。……予想以上ですね、ローレシアもムーンブルクも……」
「……なあ、アーサー。僕だって、婚礼以前に不埒な事をとは、思いもしない。でも、せめて！ 手を結ぶとか、抱き締めるとか、それくらいはしても良くないか!? 生涯の伴侶と思い定めた相手に、僅かばかりなら触れたっていいだろうっ!? 婚約者同士なんだからっ！」
「…………………………アレン、一寸待って下さい。僕、今、色々が涙ぐましくて、少しクラッとしちゃいました。確かに状況も酷いですが、そこよりも、アレンの望みが細やか過ぎて、泣けてきそうです」
身を乗り出し顔も寄せたら、アレンは益々捲し立て、その訴えの内容に、「ローレシアもムーンブルクも、いい加減にしろ？」と、確かに思ったが。
思いはしたが。
何よりも、アレン自身の望みが、悪い意味で余りにも可愛らし過ぎて、そっ……とグラスを卓に置いたアーサーは、暫し、長椅子の上に身を伏せ、轟沈した。