DRAGON QUEST Ⅱ ─ROTO─ 舞台裏

『悪の勇者達 Ⅰ』

─悪と書いて傍迷惑と読む先祖達と不憫な子孫のお話─

アレン・ロト・ローレシアが、長き旅を終えてより約三月みつきが経ち、彼の故郷、ローレシア王国王都ローレシアに、夏の足音が響いて来た頃。

その日の午前、アレンは、王城内に幾つか存在している図書の間の一つで、お目付役の宰相を背後に従えつつ、陸軍や海軍の将軍達による講義に耳を傾けていた。

────ハーゴン討伐を叶えたアレンが、共に旅したアーサーやローザと共にローレシアに凱旋したあの日、「新しい時代が到来したから」との建前と、「そろそろ楽隠居を決め込みたい」との本音を以って、彼の父王が譲位を宣言してしまった為、順調に事が運べば、来春、アレンは第四代ローレシア国王に即位する。

今は未だ王太子殿下な当人に言わせれば、「嫌々ながら」でしかないけれども、国王陛下の上意には逆らいようが無いので、嫌がろうがどうしようが、その決定は揺らがない。

……なので、即位と同時に、総軍の指揮権もその手に委ねられることとなる彼は、王宮の者達同様、おのが職務に関して暑苦しく燃え盛る質をしている老将軍達に、諸々を仕込まれている最中だ。

その日の講義はその仕込みの一環で、アレンも最初の内は、生まれ持った性分通り、真面目且つ熱心に彼等の講義を受けていたのだが、如何せん、只でさえ熱血なご老人達の講釈は、暑苦しいだけでなく必要以上にクドく、開始から一刻以上が経とうとしているその頃には、流石の彼も、繰言の如くな話に嫌気が差して来てしまい、お目付役な爺やの視線を気にしつつも、頭の片隅では、どうでもいい事を考え始めていた。

帳面へ要点を書き記す為のペンを握る手も揺れがちになり、腰の座りも悪くなってきて、然りげ無く、彼は身動みじろぎをする。

「…………ん?」

と、刹那、胸許が暖かくなったような気がして、アレンはペンを置いた。

左手で頬杖を付きつつも、きちんと講義を聴いている振りだけは装い、将軍達や爺やの目を盗んだ彼は、上着の懐に右手を忍ばせる。

そうして、『そこ』に入れてある暖かくなったモノ──ラーの鏡の破片より拵えた小さな手鏡を指先で摘んで引き摺り出し、そう……っと膝上に置いて目線を落とせば。

鏡面の向こう側で、「やっほー!」とばかりに、彼のご先祖様方──二つの伝説の二人の勇者が、ぶんぶんと手を振っていた。

あの旅が終わっても、こうしてラーの鏡の破片を通して、又はアレンの夢を介して、然もなくば『力技』で、可愛くて仕方無い子孫を構うのを止めない先祖達は、今正に、『毎度のちょっかい』を掛けてきたらしく、

「一応、取り込み中なのですけれども……」

何故、今なんだ? と困りながらも、退屈凌ぎ代わりにアレンは、誰にも聞こえぬ小声で、先祖達──勇者ロトと呼ばれたアレクと、ロトの勇者と呼ばれたアレフに話し掛ける。

すれば、今は未だ、鏡越しでは声までは届けられない──その内、慣れを味方に付けて、普通に喋り掛けてくるようになるだろうが──先祖達は、パクパクと大きく口を動かし何やら訴えてきて、

「……? 『今夜・酒・用意』……ですか?」

読唇出来た単語を繋ぎ合わせてみたアレンは、酒って……? と首を捻った。

アレフは数十年前の遠い昔に、アレクに至っては数百年前の遥か昔に、この世を去っており、現在の彼等は『精霊もどき』と言うか、精霊と幽霊の合いの子と言うかな存在で、その正体が何であれ、実体なぞ在る筈もない先祖達が、何故なにゆえ、酒を求めてくるのだろう、と。

「アレン殿下。酒がどうか致しましたか」

「……何でもない。その前に、酒なんて言ってない」

だから、彼の盛大な首傾げと、思わずの呟きは宰相に見咎められ、咄嗟に服の裾で膝上の手鏡を覆い隠したアレンは、空耳だろう? との顔をして、空っ惚けた。

「…………ほう。殿下は、この爺の耳が遠くなったと仰せで。────アレン様! 爺に、嘘など通用致しませんぞ!!」

尤も、そんな稚拙な誤魔化しは呆気無く見破られ、彼はその後暫く、爺やからも将軍達からも、山のような説教を喰らう羽目になったのだが。

多分、僕は悪くない、と喉元まで出掛かったそれをグッと堪え、宰相やお歴々達よりのお小言を殊勝に受けてから、昼餉も終えてのち

何が何だか能く判らないが……、と思いつつも、アレンは、アレクとアレフの求めに添うべく、早速、宵の為の支度に取り掛かった。

何で酒? との訝しみは拭い去れなかったが、神や精霊に供物を捧げるのと同じことをしろと言われているのかも、と想像した彼は、自ら城の酒蔵に足を運んで、先祖達への捧げ物に相応しいだろう葡萄酒を数本選び、「お二人への供物なのだし、他にも何かあった方がいいのかな?」と気も回して、やはり自ら厨房へ行くと、『何となくそれっぽい何か』を拵えてくれるよう、とっても曖昧な注文に思わずの戸惑いを頬に浮かべた料理長達に頼んで──因みに、アレンはその際、料理長達の困惑には気付かない鈍感振りを発揮した──、準備万端整え、迎えた夜半。

人払いをした自室に一人籠り、寝所の続きの間の卓に、用意した全てを几帳面に並べ、真似事と言えど、とグラスも幾つか用意し、長椅子に腰下ろしてから懐の手鏡を取り出して、そっと、供物達の向こう側に据えた小さな台に立て掛けると、

「アレク様。アレフ様。お二人へのお供物の用意が出来ました」

少々緊張の滲む声で、アレンは告げた。

──────……すると。

次の瞬間、アレンは、景色も何も無い、靄のような白いモノだけに満たされている所に座っている自分に気付いた。

「…………あれ?」

そこは、大分見慣れてきた、先祖達が『力技』を発揮する度に引き摺り込まれている毎度の場所で、何でだ? と又もや首を傾げるや否や、

「アレンー……。お供物って言うのは、一寸なあ……。墓石と向かい合ってる訳じゃないんだし……」

「こう……我々が何やら、とんでもないモノとして扱われているような心地に陥るから、止めてくれないか」

ひょい、と何処からともなく姿を現して、目の前に座り込んだアレクとアレフに、一斉に、アレンは苦情を喰らった。

「ええと……。……アレク様? アレフ様?」

「うん。──あ、ここで会うのは、少し久し振り、アレン」

「で? どうした、アレン?」

「あー…………。何はともあれ、申し訳ありません。その……、お二人の今が今なので、てっきり、供物を求めておられるのかと思いまして……」

そんな先祖達に、「やっぱり、僕は悪くないと思う」と訴えたいのを堪え、一応、彼が頭を下げれば。

「……成程。そっか、そういう誤解をされても不思議じゃないのか」

「言われてみれば、確かに。だが、そういうつもりだったのではないよ」

あれ? 自分達にも、ちょっぴり非がある? と思い至ったらしいアレクとアレフは、頭まで下げずとも良いと、ぽふぽふ、可愛い子孫の頭を撫でた。